第23話 元宇宙人探偵の潜入捜査

 月曜日の朝8時過ぎ。

 夏休みが開けて1週間は経った頃であろうか、学校のある生活にようやく慣れて来た様子の中学生たちが登校している。


 聖天坂しょうてんざか第三中学校の前に停車した黒塗りの高級車から下り、なかなか降りようとしないお嬢様、嶌田しまだあやに声をかける。

「行くぞ、アヤ。潜入捜査開始だ!」

「本気ですか、淀臣さん。教師として潜入するんですか? じゃあ、なぜ私はセーラー服を?」

「むろん、生徒として潜入する」


 生徒同士の方が、ホストに付けていたドローンから送られた映像の女子生徒が心を開きやすいだろうからな。まず知るべきは、なぜ女子中学生は泣いていたのか。ホストは女子中学生に何をしたのか、といったところか。


 登校してくる男子生徒の制服を凝視して覚える。詰襟の学ラン。目を閉じ、ON/OFFスイッチをON。今覚えた学ランを鮮明に再現する。……よし、実行!


 ――潜入捜査の間はこのままスイッチONにしておくか。何があるか分からない。いざという時のためだ。なんたって、潜入捜査だからな、潜入捜査!


 潜入捜査言いたいだけだろ、連呼しやがって。

 いや、それよりもずっとONになんかしたら、バッテリー減っちゃうんじゃないのか。大丈夫なんだろうか。

 まあ、ちょこちょこしか使ってないからまだまだバッテリー残ってるけど。

 OFFにして金髪碧眼に戻ったら目立つしな。潜入捜査員が金髪ってあり得ないからな。


「さっさと降りて来い、アヤ!」

「はい……あれ? いつの間に着替えたんですか?」

 アヤが学ラン姿の俺に驚いている。元から顔は中高生くらいに見えるし、身長165cmに設定したから多少大人びた中学生と言っても違和感がない。

「探偵たるもの、変装は得意だ」

「あれ? 身長まで縮んでません?」

「普段の身長では中学生に紛れるには大きすぎるからな」

「身長まで自由に変えられるんですか?!」

「潜入捜査に必要とあらば」

「すごい! 本当に探偵って私の知らないことばかり」


 だから、何でもかんでも探偵だからで片付けるんじゃない! そして、納得するんじゃない!


「そうなると私こそ中学生には見えませんけど。身長も163cmありますし」

「怪しむ人間がいたら俺が守ってやる。安心して俺を信じてついて来い」

「えっ、そんな……私にはすでに婚約者が」

「行くぞ、アヤ!」

「きゃあ!」

 強引にアヤの手を取り中学校の門をくぐる。


 恋愛脳相手に何をやってんだ! 完全に愛の告白だと勘違いされるだろ! お嬢様が真っ赤になってずんずん進む俺の後ろ頭を見ている。

 一生涯にひとつのタマゴを吐く繁殖法の我らアウストラレレント星人には、恋愛感情というものがない。表の思考には恋愛脳などまるで理解できないだろう。


 校内に入ると、すぐ職員室がある。どこに行けば映像に映っていた女子生徒がいるのか分からないのに、とにかく真っ直ぐに進む。


 ――まずは、あの女子生徒を探さなくては。顔認証システムを起動しておこう。


 目を閉じると、煌々とスイッチがONと赤く光っている。その横に顔認証システムを開く。映像の女子生徒の顔を登録。

 ――これでよし。同じ顔の生徒がいたら知らせてくれる。


 表の思考のヤツ、俺の存在は一向に思い出さねえくせに能力はバンバン使いやがるな。


「おや? 君たちはうちの生徒か?」

 いかにも生徒指導担当っぽい、竹刀を持ったガタイのいい長身の男性教諭がいぶかしげに近付いてくる。

「あ、あの、私たちは決して怪しい者では」

 怪しいぞ、アヤ。

 助けを求めるようにアヤが俺の顔を見る。


 アヤには構わず、目の前の男性教諭の脳内に直接語りかける。

「俺たちはこの学校の生徒だ。天外てんがい淀臣とシマダアヤ。覚えておけ」

「あ……おはよう、天外、シマダ。変なこと言って悪かったな」

「え?」

 バツが悪そうに男性教諭は笑って去って行った。

「どうして私たちの名前を知っていたんでしょう?」

「そんなたわいないことはどうでもいい」

「そうですね」

 たわいないだろうか。もっと疑問に思って俺にぶつけて宇宙人だったと思い出させてくれないだろうか。


 ワイワイと教室ではしゃぐ生徒たちの顔を確認していく。この中学校は1クラス30人ほどが在籍し、各学年3組まである。なかなかの人数の中から、ひとりの女子生徒を探すのは骨が折れそうだ。


 ――だが、俺はくじけない。探偵は足を使った地道な調査が大切だ。こんなことでめんどくさがっていては名探偵は名乗れない。


 この潜入捜査っぽい状況に悦に入っているようだが、宇宙人パワー使いまくりで地道な調査いろいろすっ飛ばしてるんだけど、俺よ。


 ――腹が減ってきた。こんな無駄に歩き回っていてはますます腹が減るだけだ。もう一度映像をよく見てみるか。何が手掛かりが映っていないだろうか。


 金髪のホストが女子生徒に壁ドンをしながら優しく笑いかけている。女子生徒は涙を流しながらも、笑顔を見せる。その胸元に、名札だろうか3-2と書かれている。その下には名前が書かれているのだろうが、女子生徒の涙を拭うホストの腕に隠れて見えない。

「3年2組はどこだ?」

「え? ああ、この先ですね、きっと。3年1組が見えます」


 ドアの陰から3年2組の教室をのぞく。ひとりの女子生徒が視界に入ると、ピコーン! と頭の中で高音が鳴った。あの子だな。

 一番後ろの席で、窓際から2番目の列に座り、ひとりで本を読んでいる。クリッとした目がかわいい、小柄で華奢な中3にしては大人びたところのないあどけない印象の少女だ。小学生でもおかしくない。


 顔認証システムを閉じ、死神の眼を起動。

望田もちだ愛月あづき……まるでアズキモチだ。うまそう」

 よみがなまで見えるのが便利な能力だ。だが俺よ、女子中学生を見ながらうまそうとか口走るんじゃない。


 ――ついに見付けた! もち……? アズキモチ!

 さて、アズキモチとホストの関係を暴いて、アヤにホストとの婚約を破棄させるとしよう。

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