第24話 不自然な3年2組
――アヤの婚約者、ホストのケイと接触していた女子中学生・
いくら我がアウストラレレント星人の情報収集能力をもってしても、一般中学生の個人データまではない。
365万年もの間、宇宙船内でこの地のデータを飽きるほど読み込んだが、さすがにない。
日本人になる予定などなかったから、日本に限らず全世界の情報を読み込んでいたし。
ワイワイとにぎやかな3年2組の生徒たちだが、誰も愛月にはおはようのひと言すら言わない。
不自然なほどに、彼女をいないものとしているかのようだ。
――教室中がうるさくて会話の内容が聞こえない。音で聞こえないなら文字にして集めよう。タグ検索、開始だ。
目を閉じて頭の中の細長四角に「#望田愛月」と入力する。校内で望田愛月の名が呼ばれたことがあれば、関連するキーワードが見つかるはずだ。
おお、けっこう数がある。見ている限りは誰も話しかけないのに、名前はよく出るということか?
「淀臣さん、男子生徒が1名接触しています」
アヤがヒソヒソと報告する。
目を開けて見ると、ポケットに手を突っ込んだふてぶてしい態度で愛月に話しかけている。黒い短髪に大きな目で凛々しい眉の整った顔立ちのイケメンだ。
「かっこいい大人になりそうな子ですね」
たしかに、周りの鼻水垂らしてそうな男子と比べ、背は低く小柄だが大人びた顔立ち。それでいてあどけなさを併せ持ち、思春期特有の大人と子供が入り混じった顔をしている。走るの速そうだし、いかにもモテそうだ。
彼は担いでいたカバンから風呂敷包みの弁当箱らしき物を取り出して愛月に押し付け、嫌がる彼女からかわいらしいピンクのランチバッグを奪い取る。
チャイムが鳴ると、そのピンクのランチバッグを持って行ってしまった。
「チャイムが鳴ったから先生が来ますね。隠れましょうか」
見つかると面倒そうだ。職員室は1階にあったから、階段を上り踊り場を曲がった所で待機する。
――この間に調査を進めるか。
再び目を閉じ、タグ検索を再開する。
トップに上がっているサジェストキーワードは「望田愛月 海老名克哉」。
――なんて読むんだろう、これ。全然読めないな。
おそらくエビナカツヤだ、俺よ。漢字の勉強をがんばろうか。
男の名か。もしかすると、先ほどの男子生徒だろうか。苗字が違うから親や兄弟ではなさそうだ。
――こっちで検索してみるか。
「#海老名克哉」で検索すると、出てきたサジェストキーワードは「海老名克哉 転校生」がトップである。
海老名克哉は転校生なんだろうか。
「#望田愛月 #海老名克哉」をセットにして検索してみると、トップに出たキーワードは「望田愛月 海老名克哉 ムカつく」。
ムカつく?
――このふたりがムカつくということだろうか。
ではセットではなく望田愛月単体ならばどうなるんだろう。
「#望田愛月 #ムカつく」。出てきたキーワードは「海老名克哉」。
ならば、「#海老名克哉 #ムカつく」では? 「望田愛月」。
――行き詰ったな。
行き詰るのが早い! そして検索が下手すぎる!
なんで同じキーワードを使い回して検索してんだよ! まどろっこしいな!
――これはもう、現場に張り込んで情報を得るしかない。アヤが。
「アヤ。弁当は持って来ているか」
「はい。言われていた通り、私の分と淀臣さんの分はふたつ」
「ひとつを寄越すんだ」
「今食べるんですか?」
「俺はここで弁当を食べているから、アヤはアズキモチの観察に戻ってくれ」
「分かりました」
あのお嬢様、俺の言うことに何ひとつ疑問を持たないな。
俺に弁当を渡すと、素直に教室前の廊下へと戻って行く。
――うまそう! この黄色いのから食べよう! うまい! かむと何かがじゅわっと出てくる。
これはだし巻き卵だ、俺よ。たしかにうまい。お高い料亭のだし巻き卵のようにたっぷりの上品な薄味のだしが超うまい。
いや、弁当はいいから、俺も望田愛月の観察に行くとしよう。
アヤが廊下から隠れて教室内の様子をうかがっている。俺は体から抜ければこの地の人間からは見えないから堂々と教室に入る。
愛月は真面目に授業を受けている。休み時間になると、あの少年がまた彼女の席へとやって来る。
「あづ! 次、遠足係決めるだろ。女子ひとり男子ひとり。一緒にやろうぜ」
「え……」
おっとりとした様子の彼女が困った顔をするのを見て、少年が楽しそうに笑った。
「私はいいよ。かっちゃんはやったら」
「俺ひとりじゃあ意味ねえんだよ」
ぶっきらぼうに返す少年。どういう意味だ? 彼女に遠足係をさせたいのだろうか。
チャイムが鳴ると教室に教師が入って来る。先ほど少年が言っていたように教師が
「遠足係を希望する人ー?」
と問いかけた。
愛月が手を上げないのを見て、苦々しい顔をしながらもかっちゃんも手を上げない。
「これ回して」
と小さな声が聞こえた。
かわいらしいパンダのイラストを描かれた小さなメモが女子を中心に回されている。が、愛月には回って来ない。男子であるかっちゃんにも回っていないが、大きな目でそのメモを追っている。
こっわい顔して。何が書いてあるんだろうか。
この地の人間には見えないのをいいことに、髪をふたつくくりにした女子生徒に回って来たメモをのぞき込むと「あのバカをすいせん」と書かれている。
あのバカ? すいせん?
「では、推薦で決めまーす」
くすくすと笑い声が聞こえる。ああ、推薦か。
この教師はいつもこうなのだろう。自薦がなければ他薦で決めるパターン。
「望田さんがいいと思いまーす」
「賛成でーす」
「異議なーし」
ほとんどの女子が手を上げる。数人、つられてかメモが回っていた男子なのか男子生徒も手を上げる。
愛月はうつむくばかりで否定も肯定もしない。どうにも態度の曖昧な生徒だな。
「賛成でーす。男子は俺がやりまーす」
かっちゃんが立ち上がって手を上げる。
ええー! と女子の悲鳴にも似た声が上がった。
何なんだこのクラスは。女子たちの妙な連帯感が気持ち悪い。
「じゃあ、遠足係は望田と海老名で。ふたりこっち来て。あとはしばらく自習!」
困り顔の愛月を少年が迎えに行き、ふたりで教師の元へと行く。
海老名……やっぱり彼が海老名克哉か。なるほど、かっちゃんね。
チャイムが鳴り終わると、廊下から様子をうかがっていたアヤが階段へと戻る。俺も体に戻るとするか。
「なんで海老名くんが……優しすぎるのよ。ほっとけばいいのに、あんなバカ」
「ムカつく。弱々しいフリしてわざわざ海老名くんに迎えに来させて」
「いっつもそうじゃん、あの女」
「あの男たらし」
このクラスの女子は悪口陰口大好物のようだ。5・6人の女子が愛月からは遠い廊下近くの席に集まっている。教室を出ようとしたら普通に聞こえた。他の生徒にも聞こえているだろうに、誰も反応しない。
体の方はと言うと、階段の踊り場で大の字になって寝て通行人の邪魔になっている。おい、人に仕事させて食後のお昼寝か、俺よ。
「淀臣さん、起きてください」
「はっ……53個の弁当は? まだ50個しか食べていないのに」
「たくさんお弁当を食べる夢を見たんですね」
「また夢かあ……ああ、腹が減った。それで、何か収穫はあったか、アヤ」
アヤが神妙な顔でうなずく。
「おそらくですが……彼女はいじめにあっています」
いじめ?
ああ、なるほど。あの女子たちはひとりのターゲットをいじめている連帯感でつながっているのか。
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