第25話 恋愛脳の推理

「いじめとは?」

 込み入った話になりますから、とアヤに促され人気のない中庭に来た。まだ大きなひまわりが咲いている。


「廊下近くの席の女子生徒の会話が聞けたんですが、愛月ちゃんに接触していた男子生徒は海老名えびな克哉かつやという名前です」


 ――まるでエビカツじゃないか。うまそう。


「この新学期に転校してきたばかりだそうです。転校生かつ、あのイケメンっぷりですから、当然女子はウキウキでモテモテです」

「ほう。イケメンだとモテモテでウキウキなのか」

「ですが、転校生は大人しい愛月ちゃんを好きなんじゃないでしょうか。さっきも愛月ちゃんが選ばれたら立候補していましたし。それで、愛月ちゃんは女子からねたまれているのだと思います」


「アヅキちゃんを好き? 彼はアヅキちゃんとやらを食ったのか。人間は食えない。うまくもないのになぜ好きになる」

 いつものほほんとしている恋愛脳のお嬢様が、珍しくキッと鋭く俺を見る。

「何を言ってるんですか、淀臣さん! 好きになるのは何ももやし炒めだけではありません! 人が人を好きになる、愛ですよ、愛!」

「愛?」

 本気でポカンとする俺に驚愕のお嬢様だが、仕方のないことなんだ。卵を吐いて繁殖する我らアウストラレレント星人には愛だの恋だのといった感情がない。ないものを理解しろと言う方が無謀なのだ。


「愛月ちゃんは彼のことをさして意識していないように見えます。イケメン転校生に惚れられながら気付きもしないなんて、まるで少女漫画の鈍感な主人公ですね、淀臣さん!」

「ほう。アヅキちゃんに興味があるのか、アヤ」

「そりゃあ、何の非もない主人公が理不尽ないじめにあっているんですから、ほってはおけませんよ! 探偵として、このいじめから愛月ちゃんを救いましょう、淀臣さん!」

「ならば、アヅキちゃんとお友達になって来い。話を聞きだすんだ」

「え?」



 チャイムが鳴ると、人目を避けてか風呂敷包みを持った望田愛月の方から中庭に現れた。

「行って来い、アヤ」

「セーラー服を着たハタチが中学生に声をかけるなんて、普通に不審者ですよ!」

「大丈夫だ、彼女はアヤを親友だと思っている」

「そんな訳ないじゃないですか!」

「本当だ。俺を信じろ、アヤ。俺の言うことが信用できないのか?」

「淀臣さん……」


 だから、恋愛脳をじっと真剣な眼差しで見つめるんじゃない。

「分かりました。信じています、淀臣さん」

 俺の目を見て、アヤが小さくうなずく。この地の人間にはあり得ないことなのに、なぜ信じられるんだ、アヤよ。


 アヤが意を決して弁当を手に愛月ちゃんへと歩いて行く。

 俺はその後ろをついて行きながら、

「彼女はシマダアヤ。君の大の仲良しの親友だ。一緒に弁当を食おう」

 と直接望田愛月の脳内に語りかける。

「シマダアヤ……」

「アヤとでも呼んでくれ」

「アヤ……」


 愛月は、中庭にポツンとあるガーデンテーブルにひとりで座り弁当を広げた。

 その隣の椅子をアヤが引く。

「あ……愛月ちゃん、えーと、その」

「アヤちゃん! 一緒にお弁当食べよう」

 笑顔の愛月にアヤが驚いた。


「え、う、うん」

 ぎこちなく笑いながら、アヤも弁当を広げる。その横で俺も2個目の弁当を食べるとしよう。


「愛月ちゃんはその、転校生の子のことはどう思ってるの?」

 単刀直入だな、アヤ。中学生の恋愛模様に興味を持ってんじゃない。

「かっちゃんのこと? 転校してきてびっくりしたよー。まさか幼なじみが転校してくるなんて思いもしないから」

 愛月が笑った。

「幼なじみ?」

「あれ? 言ってなかったっけ? かっちゃんのパパと私のパパが同じ会社だから同じ社宅のお隣同士で、半年前私のパパが転勤になってこっちへ来たの。それから離ればなれだったけど、かっちゃんのパパも転勤でまた同じ社宅だから同じ中学に転校してきたの」


 なるほど、転校してきたばかりで転校生が彼女に惚れたわけではなく、元からふたりには幼なじみというベースがあったのか。


「誰だ! おまえら! なんであづと弁当食ってんだ!」

「わ! あ、あの私たちは決して怪しい者では」

 慌てると怪しいぞ、アヤ。

 声の主を振り返ると、当の海老名克哉だ。手にはピンクのランチバッグを持っている。


「エビ……? エビカツくんは、このアズキモチちゃんが好きなのか?」

「ばっ、バカなことを言うな! 好きじゃねえ! あづはただの幼なじみだ!」

 真っ赤になって否定しているが、少年よ、バレバレだ。


「では、あづが」

「おまえはあづって呼ぶな! あづをあづと呼んでいいのは、俺だけだ! 他の誰にもあづとは呼ばせない!」

 大好きじゃないか。それもう告白じゃないか。

「かっちゃん、私は別にいいから」

 望田愛月が困り顔である。告白に気付いていないのか。本当に鈍いな。


「良くない! 先に言っておくが、俺のこともかっちゃんって呼ぶなよ。俺をかっちゃんと呼んでいいのはあづだけだ!」

「呼ばないが。安心してくれ、エビカツくん」

「絶対だぞ!」

 エビカツ呼ばわりはいいのか、エビカツくん。


「行こう! あづ! 教室は女子が待ち受けてるから行けねえけど、屋上の前にちゃぶ台があるのを見付けたんだよ」

「あ! かっちゃん……ごめんね、アヤちゃん」

 テキパキと愛月ちゃんが食べていた弁当を風呂敷包みに戻すと、海老名克哉が望田愛月の腕をつかんで連れ去って行く。


 嵐のように去って行ったな、エビカツくん。

「克哉くん、確実に愛月ちゃんのことが好きですね」

 アヤが名探偵ばりに考えるポーズを取っているが、それは恋愛脳じゃなくとも分かった。

「半年間離ればなれの時期があったと愛月ちゃんが言っていました。おそらく、克哉くんはその半年がものすごく寂しかったんでしょう。でも、あの思春期を濃縮還元したような克哉くんは、素直に気持ちを伝えられない」


 なるほど、寂しさからあれほど過度に愛月ちゃんを構うわけか。


「周りの女子生徒からしたら、さぞおもしろくないことでしょう。ふたりの間には、幼なじみでありながら半年ぶりの再会という、他の女子には入り込めない関係性があります。でも、克哉くんはあの調子ですし愛月ちゃんも口下手なようだから事情を説明できていないんじゃないでしょうか」

「エビカツくんはアズキモチちゃんのことを好きではないと言っていたが」


「あんなの、完全に照れてるだけです。そうだわ、克哉くんは口では好きじゃないと言いながら愛月ちゃんを特別扱いする。克哉くんが愛月ちゃんを好きだと認めれば克哉くんを好きな女子たちだって応援する側に回るなりできるのに、かたくなに認めないから気持ちを消化できないんですよ、きっと」

「ややこしい。わけが分からん」

 表の思考がさじを投げる。スプーンからは手を放さず食べ続けている。


「いじめの発端は思春期の素直になれない少年の恋です。海老名克哉くんが望田愛月ちゃんを好きなことで、他の女子たちの嫉妬の炎が大炎上していじめにつながってしまったんです!」

 アヤが推理を結論付けた。


「消火しましょう、淀臣さん!」

「どうやって」

「うーん……克哉くんがみんなの前で愛月ちゃんを好きだと宣言するのが一番いいでしょうね」

「好きだと言えと脅せばいいのだな。よし、行こう」

「ダメです! あの思春期真っ只中の克哉くんを脅しても、逆に意地でも告白しないと言い出しかねません!」

「では、どうする」


 うーん、とアヤが首をひねる。

「彼は離ればなれだった半年間の自分が知らない愛月ちゃんの交友関係も気になっているでしょうから、焦らせるのが効果的かもしれません。早くちゃんと告白しないと愛月ちゃんを取っちゃうぞって」

「あい、了解」

「了解? どうするつもりですか? 淀臣さん」


 チャイムが中庭にまで響いてくる。

「あ、午後の授業が始まりますね」

「教室へ行くぞ、アヤ」

「え? あ、はい!」

 早足で歩きだす俺をアヤが慌てて弁当を片付け追ってくる。とりあえず、自分が食った弁当くらいは自分で片付けようか、俺よ。

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