第10話 元宇宙人探偵への初依頼

「いらっしゃいませ」

 重厚な玄関ドアを開けて出迎えると、珍しく渋い茶系の和服を着た中年の夫婦が小声でえっ、と驚き、ぶしつけに俺の顔を見、全身を見た。


「何か?」

 ハッと夫の方が俺の顔を見上げた。

「あ、申し訳ない。こんなにお若いとは思わなかったもので」

「ああ。安心してください、戸籍上は36歳なんで」

 俺よ、36ならなぜ安心できるのか、その根拠は?


「36?! 十代にしか見えないわ! どういった美容法を実践されているんですか?!」

「美容法? 探偵にはそんなもの必要ありませんよ」

 カッコつけてニヤリと笑う。

「まあ、男前。さすがは探偵ですわ」

「顔は十代に見えるが着ているスーツは私と同じ店の一流品だし、高級腕時計にハイブランドの靴。何よりこの日本一地価の高い街に建つ超高級マンションに事務所を構えているのだから信頼できそうだ」


 昨日から初めて嘉純さん以外の現地生物と関わりを持ったが、この地は頭ぶっ飛んだ人間ばかりなのだろうか。

 アニメの中の方がまともな人間多いんだけど、今んところ。


「ご依頼ですね? 金の準備ができているなら、どうぞお入りください」

「お邪魔するとしよう」

 挑発的に笑った俺に、夫が受けて立とうと言わんばかりの笑顔を返す。


 一応それっぽく揃えた超高級黒革のソファと何とか木材を使ったナントカ加工の超高級テーブルの応接セットへ案内をする。

 夫婦でソファに身を沈めると、これは……と顔を見合わせた。


「天外さん、あなたはホンモノのようだ」

「もちろんです」

 初仕事でこの貫禄を出せるところだけは素直にすげーな、俺よ。

 表の思考はこの地に暮らして二十年、ひとつだけたしかなことを学んでいる。


 嘉純さんに頼れば間違いない、ということだ。この応接セットも嘉純さんがすべて手配してくれた。


 依頼を聞くにあたり、テレビを消そうとリモコンを持つ。


「あ」

 ――昨日の娘の両親か、この中年夫婦。


 今目の前にいる夫婦がテレビの中で昨日のお嬢様の誕生日パーティで招待客を見送る様子が放送されている。


 ――首相が娘の誕生日を祝いにノコノコ来るほどだ。よほどの金持ちに違いない。相当金を引っ張れる!

 最初の依頼がこんな大口案件だとは、商売するなら金持ちの中だな!


「依頼内容をお伺いしましょう」

 本人が映ってるのに消すのも何だから、リモコンを置きテレビを背に夫の前に座る。

 目に強い感情を込めた夫がテレビを指差した。


「今映っている美しい女性が、私たちの愛娘、嶌田しまだあやです」

 今、自分の娘を美しいと言った上に愛娘だと紹介しただろうか、このバカ親は。

「しまだ?」

「申し遅れました、私は嶌田良吉りょうきち、こちらは妻の紗也香さやかです」


 ――しまだ……聞いたことはある。


 目をつぶり、頭の中の細長四角の中に「しまだりょうきち」と入力、虫眼鏡ボタンを押す。


 ――うわっ、情報が多すぎて……娘の方にしよ。

 しまだ、あや、と……ああ、これくらいならちょうどいい。

 縄文土器の時代から続く伝統工芸の大家の家元の一人娘。

 幼い頃からかわいらしい容姿であったため、金目当てと幼女目当てで誘拐事件はもうまさに数えられないほど巻き込まれているな。


 これで今までよく無事だったものだ。ケガのひとつもしたことがないとは、もはや奇跡。なんという幸運の持ち主だ。

 ……いや、こんなにも誘拐されてる時点で間違いなく幸運ではないな。

 俺も頭ぶっ飛んできたか。って、裏にいる俺は順応しねーだろっての。


「なるほど……日本の最底辺の大学、桜マラカリア大学民芸学部在学中。頭の方は推してしかるべしといったところか」

 最底辺の大学なのに裏口入学感がすごい学部だ。

「な……なぜ、綾の秘密を?」

「探偵たるもの、膨大なデータベースから必要な情報を検索するなどたやすいこと」

「おお……その少年のような頭にはそんなにも膨大な情報が……」


 嶌田夫妻が絶句してらっしゃる。検索とは比喩表現だと思ったようだが、本当に検索しているだけでこのアウストラレレント星人初のボンクラは何も知らねーぞ。

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