第46話 お嬢様の婚約報道

 いつものように名探偵アニメのブルーレイを見ようとテレビを付けると、昼のワイドショー番組をやっている。


「速報です! ビッグカップルの誕生です! あの、縄文時代から続く日本を代表する伝統工芸の大家、嶌田工芸の家元嶌田良吉氏のひとり娘、嶌田綾さんと、総理大臣の息子であり人気俳優、河本こうもと駿介しゅんすけさんの婚約が発表されました!」

「こちらは春に首相官邸で催された梅を愛でる会でのおふたりのご様子。この時にはもうお付き合いされていたんでしょうかねえ?」

「こちらは嶌田綾さんの誕生日パーティでのご様子ですね。まあ、おふたりとも笑顔で幸せそう!」


 どちらの映像もふたりとも頭を下げ合いあいさつをしているようにしか見えない。

 え、アヤが総理大臣の息子と婚約?


 ――アヤはすでにホストと婚約しているはずだが。婚約とは何人とでもできるものだったのか。


 いや、そんなはずはないぞ、俺よ。どうなっているんだ? 


 ピーンポーンとロビーへの来客を知らせる音が響く。

 インターホンモニターを見ると、アヤだ。


 玄関の鍵はかけていない。アヤが部屋へと入って来る。いつもはよく通る声で「失礼いたします」と入って来るのだが、今日は無言である。


「どうした、アヤ。なぜ泣いている」


 アヤが声も出せないほどに泣いている。

「家に……マスコミが……」

「ああ。婚約おめでとう」

「うわああああん」


 子供のように大声で泣きだしてしまった。

 この婚約報道はおめでたい話ではないらしいな。


「アヤ」

 優しく声をかけながらアヤの頭をなでる。

「メシでも作って落ち着いたらどうだ、アヤ」

「……はい……」


 アヤがキッチンに立ち、俺はテーブルでスプーンを握りしめ食う準備はバッチリだ。

 って、何を泣いてる人間にメシを作らせてニコニコしながら待っているんだ。鬼畜か、俺よ。


「どうぞ」

「いただきまーす!」


 料理をすることで落ち着きはしたらしい。静かに涙を流しているアヤをほったらかして目の前のメシを食う。俺がガツガツとかっ食らう様子を見ているうちに、アヤが泣き止んだようだ。


「どういうことだ、あれは」

 腹が満たされ、ようやく表の思考も疑問を持つ。


 テレビでは、河本駿介と嶌田綾の婚約祝い特番が始まっている。まず、嶌田良吉の紹介VTRが流れる。


「父が勝手に決めたことです。私にはケイ様がいるのに……」

「父? シマダリョウキチが?」

「はい。実は、以前から河本駿介さんとの縁談話はありました」

「ほお。初耳だが。どういう経緯だ」


「淀臣さんと初めてお会いした日、私のハタチのバースデーパーティーがありました。パーティを終えた私は祖母の家に行こうとして誘拐未遂に遭い、淀臣さんに助けられました。その後のことです……」


 アヤが目を伏せ、しょんぼりと背中を丸めて俺の隣の椅子に座る。


「家に入ると、ばあやから大広間で父が待っていると告げられ、行ってみると父と河本駿介さんがいらっしゃいました。河本駿介さんから求婚の申し入れがあったと……父は大喜びでした」

「ほお」

「我が嶌田家は、この日本一地価の高い聖天坂で白鷺家とツートップと呼ばれています。ですが父は、縄文時代からこの地で栄えてきた嶌田家と、総合商社社長として急成長した白鷺家と同列に扱われることを嫌悪していました」


 歴史が違う、というところか。

 あの嶌田良吉ならば気にしそうだ。


「父は、日本のトップの息子と私が結婚して河本家とパイプができれば、白鷺家を出し抜き聖天坂の頂点に立てると考えているのだと思います。私も伝統ある名家に生まれた者として、家のために学び働くのだと教育を施されてきました。父の言うことにはいつも従い、逆らったことなどありません。ですが、ハタチになった途端に首相の息子だからと42歳のろくに知らない人と結婚だなんて……」


 またアヤの目に涙が浮かぶ。

 たしかに、この恋愛脳のお嬢様に政略結婚など、耐えられるものではないだろう。


「私は思わず家を飛び出し、夢中で走りました。そして出会ったのがケイ様です。ケイ様は私を優しく慰めてくださいました。私は運命だと直感し、即日婚約に至ったわけです。私も強行だったと反省はしています」

「強行には強行をか。世間にアヤは首相の息子と婚約したと発表し、アヤが結婚するしかない状況を作ろうとしているんだな」

「そうだと思います……もう、私、どうしたらいいのか……」


 両手で顔を覆って泣き出してしまった。

 テレビのチャンネルを変えてみるも、各局婚約を祝う特番を放送している。速報からわずか数分だというのに。もはや電波ジャックだな。


 ――シマダリョウキチがアヤとホストとの婚約破棄を依頼に来た時、すでに首相の息子と結婚させようと考えていた。

 それを俺には秘密にし、こうして根回しが完了するまでアヤが勝手に入籍しないようお目付け役にしたってことか。

 この俺をだまして利用するとは、あの和服のおっさん、許さん。

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