第28話 女子中学生とホスト

 切々とだがどこか淡々と、望田愛月が静かに語る。


「先週金曜日に、思い切って若菜と話をしようと思って声を掛けたら、おまえなんかいなくなれ、男たらしって言われて……」

「まあ、ひどい」

「いなくなろうと思ったんです。私なんて、生きてても仕方ないんだって。誰にも迷惑をかけないように、遠くで死のうと思って、隣の天神森の果てに流れている川に身を投げようと自転車で行きました」

 果てとは言え隣町はさほど遠くないが、移動手段が自転車の中学生には十分遠くに感じるのだろうか。


「心はすでに死んでいましたから、ためらいなんてありません。迷わず必死で橋の欄干をよじ登っていたら、ひょいと体を抱え上げられ驚きました。欄干に私を座らせた人が、まったく手入れのされていない長い金髪で派手なメタリックレッドのスーツを着、カラフルなアクセサリーをたくさん着けたホストっぽい人でした」

「ケイ様だわ……」

 お前の婚約者はそんな目に優しくない色味をしているのか。迷惑な男だな。


「たしかにキレイな夕焼けだよね、少しでも高い場所から見たくなるよね、ってその人も欄干に腰かけて言いました」

「夕焼けの中のケイ様……美しかったでしょうねえ」

「それはもう。メタリックなスーツに太陽が反射して、私には彼がとてつもなくまぶしく見えました」

 まぶしく見えたのではなく、実際にまぶしかったのではなかろうか。


「優しい笑顔で、何かあったの? ずいぶん悲しそうな顔をしてるけど、そんな顔をしてたらこれからたくさんある楽しいことを見逃しちゃうよ、って言ってくれて。でも、楽しいことなんてあるはずないし、私はいなくなることを望まれているんです、私なんて死ぬべきなんです、って言ったんです」

 そんな重いことをメタリックなホストに言うとは、この子案外度胸がある。


「そしたら、これを……」

 ポケットから、小さな紙を取り出した。


「俺は君がいなくなることを望まない。絶対、また君に会いたいよ、ってこれをくれたんです。これは宝の地図だよ、二十歳になったら絶対に来てねって……うれしかった……その言葉に、死んでいた私の心は蘇生しました」

 キラキラと目に涙をため、流すまいと愛月は上を向く。手元の紙をヒョイと取り、表、裏と見る。


 ホストクラブの始祖 インバレーズ2号店 店長 ケイ


 ……愛月ちゃん、これは宝の地図ではない。その男の店への地図だ。これは名刺だ。このケイと書いてあるのが名前だ。

 将来の客を勧誘してんじゃねーか! ちゃっかりしてんな、このホスト!


「あづ……俺のせいで、いじめられてたのか……」

 呆然とつぶやく声に振り向くと、海老名克哉が声と同じく呆然と立っている。

 あまりのショックにホストの話は耳に入っていなかったようだな。中3ってみんながみんな、こんなにマイペースなもんだっけ。


「そんな……違うよ、かっちゃん。私がいろいろとちゃんと言っていれば……」

「それは、俺もだ。半年前、あづが引っ越してしまう時に好きだと言おうと決めていたのに、俺は……どうしても勇気が出なくて、なんとか俺のことを忘れてしまわないよう、あづが壊した目覚まし時計を渡すのが精一杯で、携帯番号を聞くことすらできなかった」

「私はうれしかったよ、かっちゃん。ちゃんと壊れたまんま、今も7時にセットしてるのに1時に鳴るよ」

 シチジとイチジって、聞き間違いか。役に立たないどころか迷惑な目覚まし時計だな。


「ごめん、あづ。すぐに告白すれば良かった。ただ、実は男たちの間であづ小さくてかわいいって人気で、転校してきてすぐに隠れモテ女子に告るとかハブられそうかなと思って様子見ちゃってたんだ」

「え? そうだったの?」

「あづが俺のことを好きだなんて思いもしなかったし」

「だって、恥ずかしくって絶対に表に出ないようにがんばってたから……」


 恋愛脳のアヤですら愛月ちゃんは鈍感ガールですね、みたいなことを言ってたもんな。この子、やはり案外デキル子なのではないだろうか。


「今度こそ帰ろう、アヤ。もう腹がペコペコだ」

「ふふっ。そうですね、淀臣さん。おふたり、これからも仲良くしていてくださいね」


 望田愛月と海老名克哉が顔を見合わせて、そろって真っ赤になる。夢の中より糖度高めのカップルになりそうだな。若人たちよ、お幸せに!


 アヤの運転手に連絡を入れ、中学校前に来た高級車に乗り込む。

「やっぱりケイ様は素敵な方だわ。本当にポジティブで、話しているだけで元気になれるような人なんです」

「漢方薬のような人間か」

 意味が分からん。漢方薬を知らんだろ、そもそも。


「人の気持ちというものはこうまですれ違うというのに、そんな人間が本当にいるものなのか」

「すれ違う?」

「あの中学生たちは結局、お互いに大事なことを言わなかったのがすべての元凶だった」

「元凶? 愛月ちゃんと克哉くんのことですよね?」


 ほお、意外だな。恋愛感情など持たず、メシと夢のことしか考えてなかったように見えたが、表に出ている思考にも理解できたのか。本当に意外だ。


 海老名克哉は純粋に望田愛月が好きだった。だが、思春期真っ只中の克哉が素直に言えなかったせいで、当の愛月が周りから嫉妬を受け消えてしまおうと考えるまでに追い詰められてしまった。

 素直に気持ちをぶつけていれば、大切な人に辛い思いをさせることなど起きなかったのだ。


「アズキモチは友達との関係を壊したくないが友達とエビカツをくっつけるのはイヤだから大事なことを友達に言わなかった。エビカツはエビカツで、半年の会えなかった期間を経てまた毎日会える環境になったことで甘えが出たんじゃないのか。自分がハブられることへの心配の方がアズキモチに大事なことを伝えるよりも優位になった。人間とは結局は自分が一番かわいいものなのだ」


 嫌な見方するなあ、びっくりだわ。

「それでいいんですよ、淀臣さん」

 ドン引きの俺と違い、アヤは笑っている。


「人間なんてエゴのかたまりなんです。自分の地位の向上のためには、利用できるものは何だって利用したいのが人間なんですよ。いちいち目くじらを立てていては精神を病んでしまいますよ。たとえ親兄弟であっても、誰もが誰もを利用する。そう割り切った方が心が安定します」

 アヤはアヤで笑顔が逆に怖いことを言いだしたな、オイ。お前の精神は本当にその考えで安定しているのか。


 親兄弟であっても、か。

 すっかり忘れていたが今日俺たちがこの中学校に来たのも、アヤの父、嶌田良吉からの依頼があったからだ。

 親は子の幸せを願うものだろうに、相手がホストとは言え、ある意味それをぶち壊せ、と。

 娘に婚約を破棄させろ、と。


 ――あ、そうだ。スイッチ切っとこ。


 ON/OFFスイッチをOFFにすると、一気に金髪碧眼の美少年に戻り、身長も設定していた165センチよりもさらに低くなる。


 って、オイオイオイ……ずっと宇宙人スイッチ入れっぱなしなんかにするから、バッテリーぼろくそに減ってんじゃん!

 地球には充電方法がないから、アウストラレレント星に戻るまではこれ使い切りなんだぞ!


 まさか……そうか、表の思考のヤツ、宇宙人スイッチがバッテリー式なことも忘れてるのか?!

 まずいぞ。これはまずい。

 表の思考は宇宙人パワーが永久的な能力だと思い込んでいる。


 もしも今日みたいな使い方をしたら、一気にバッテリー切れになる可能性がある。

 バッテリーが切れたら……どれだけこの体が順応化しているのか確認する術もないのに、宇宙人としての力は使えなくなり、生身の体しかなくなる。

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