第38話 元宇宙人探偵とカメラ映像

 紅茶を飲み干したアヤがあ、とつぶやいた。

「淀臣さん、カメラの映像を見せてもらうのを忘れていましたね」

「ああ、そうだった。いつの間にか依頼人もいない」

「さっき、23歳のメイドさんが勇樹くんに練習の時間だって言ってましたからお部屋かもしれません」

「行ってみるか」


 俺も紅茶を飲み干し、立ち上がる。応接室を出ると、ちょうど依頼人である富岡美咲とその息子、勇樹が階段を下りてくる。その後ろから白い大きな犬もふたりの後を追っている。美咲が俺たちに気付くと小走りでやって来た。

「ごめんなさい、マジックの練習の時間だったものですから」

「客よりマジックとはいい根性してますね」

「いえ! こちらこそ貴重なお時間をいただいてすみません」

 憮然とする俺をアヤがフォローしてくれている。世話おかけしますね、俺が。


「遺言書を映しているカメラの映像を見せてください」

「分かりました。どうぞ、こちらに」


 神棚のある広間に入り、デデン! とあるテーブルの上のビデオカメラに美咲がノートパソコンを持って来てつなぐ。

「これが24時間前の映像です」

「24時間前?」

「はい。24時間経つと自動で消去されます。容量の都合で」

「その24時間の映像は誰がチェックしているんですか?」

「みんながちょこちょこ見ています」


 ザル過ぎるだろ。本気で犯人を暴く気あるのか。


「皆さん、本当は家族を信じたいんですよ。分かります。家族の中に犯人はいるはず、そう頭では理解していても、家族の誰かが自己の利益のために他の家族を欺こうとしているだなんて、それが誰かだなんて、本当は知りたくないんですよ」

 アヤと美咲がうんうん、とうなずき合い、アヤがそっと美咲の頭をなでる。


 そうだろうか。

 この家族、何やらみんながみんなやたらと忙しそうだからめんどくさいだけじゃなかろうか。


 24時間も見ていられないから早送りして見ていくも、時折家族の姿が映るだけで特に何の動きもない。

「ふわ~あ」

 早々に飽きてあくびをするんじゃない、俺よ。


 まあ、容疑者は全員超一流のマジシャン。映像を使ったトリックの知識も豊富にあるだろうから、今回に限っては映像を信用するのはミスリードされる恐れがある。

 この家の者たちもそれが分かっているから映像を重視してはいないのだろう。


 日常の中で遺言書は消えるのだから、犯人がこの家族の中にいるのは間違いない。使用人にまでドローンを付けたから、全員の監視ができる。


「帰るぞ、アヤ。腹が減った」

「あ、はい。迎えの車を呼びますか?」

「そうしてくれ。腹が減って歩ける気がしないし眠い」

 食べない、眠らないアウストラレレント星人とは思えぬ言葉をサラッと吐くようになったもんだ。我ながら順応性が高すぎる。


「美咲さん、今日はこれで失礼いたします。また何かありましたらご連絡ください」

「分かりました。ご足労いただきありがとうございます」


 腹が減るとしゃべらないと分かっているアヤが俺に代わって告げる。

 マジックの道具がたくさんある玄関に、美咲と勇樹、そして白い大きな犬ピックが並んで見送ってくれる。

「ああ、探偵さん帰られるんですか。忙しくてお構いもできませんですみませんね」


 赤いじゅうたんが敷かれた階段を下りてきた美咲の父、赤川卓がいびつな笑顔で頭を下げ広間へと入って行く。

 入れ替わりに出てきた青山智子がこちらに目をやった。


「あら、お帰りですか探偵さん。犯人は分かりました?」

「近々分かると思うので楽しみにしていてください」

「その時は家の者を集めて推理ショーでもしてくださる?」

「いいですね! やりましょう、推理ショー!」


 智子は笑いながら冗談で言ったのであろうが、腹ペコで沈んでいた俺の顔がパッと笑顔満開になる。

 苦笑いの智子がせわしなく階段を上っていく。本当にこの家の人間は何がそんなに忙しいんだろうか。


「では、次回は推理ショーをご堪能あれ!」

「え、あ、はあ、はい」

 手を上げてさっさとドアを開けて外に出る。

「あの、失礼します。お邪魔いたしました。ごきげんよう」

 アヤが慌てて俺に続く。


 門を出ると、すでにアヤの運転手付きの高級車がスタンバイしている。

 車に乗り込み、ふう、と息をつく。


 ――ああ、腹が減った……。


 車が走り出すと、アヤがバッグから何かを取り出し差し出してきた。

「良かったら、召し上がりますか? 私がおやつに食べようと用意していたもので良ければ」

「食い物なのか、それは」

「はい。麦チョコです。私これが大好きで」

「麦チョコ?」

 駄菓子屋で売ってそうな素朴なパッケージのお菓子である。本当にこの娘はいいとこのお嬢様なのか。


 アヤが袋を開けて手のひらに数粒出してパクッと食べ、幸せそうにもきゅもきゅと味わう。

「おいしいですよ。どうぞ」

 と俺の手にもザーッと小粒なチョコの塊を載せる。


 パクッと俺もまとめて口に入れると、甘いチョコと珍しい食感の麦のハーモニーがうまい。

「うまい!」

「お気に召して良かったです」


 笑ったアヤが、悲しげに目を伏せた。

「日本の理想の家族とされている赤川家が、実はあんなにギクシャクした暗雲立ち込める雰囲気だったなんてショックです」

「観客に気付かせずに仲良く素晴らしいマジックショーができるならプロとして申し分ない」

「プロのマジック団としてはそうかもしれません。でも、赤川家は7年も連続で日本の理想の家族に選ばれているんですよ。私も、理想の家族だと言われるような家庭を築きたいと思っていたのに」


 なんだなんだ、マリッジブルーというヤツだろうか。ほっといても婚約破棄するんじゃないだろうな。


「築けばいい」

「なんだか自信がなくなりました。理想の家族だなんて、しょせんは幻想なんでしょうか。みんな、最後は自分だけがかわいいものなのでしょうか」

「理想も幻想も人が想い描くものだ。好きに想えばいい。アヤにはアヤの理想の家庭を描いていけばいい。その先に理想の家族が出来上がるのだろう」


 まっすぐにアヤを見て言うと、アヤは目に涙を溜めて笑った。

 俺よ……アヤに婚約破棄させるという依頼を受けていながら、よくもまーいけしゃあしゃあとそんなことが言えるものだ。


「ありがとうございます、淀臣さん。私は私の理想の家庭を、築いていきます」

 アヤの目から涙が頬を伝う。アヤの肌を離れた涙を条件反射のように手の甲に乗せ、成分を分析。


「まるで甘みがない。アヤの涙は、悲しみの涙だ」

 一瞬、真顔になったアヤがすぐに笑って涙を拭った。


「そんなはずありませんよ。私、婚約中なんですよ? 幸せいっぱいです」

「そうか。ネットで得た情報だから、信用に値しないものだったのかもしれないな」

「ネットの情報を鵜のみにするのは危険です」

「ああ、まだ腹が減っている」

「麦チョコはおいしいけれど、おなかに溜まりませんね。事務所で何かお食事を作りますね」

「やったあ! その言葉を待っていた!」


 ――何作ってくれるんだろう? 楽しみだな!


 もう食べ物のことしか考えていない俺の横顔を見ながら、屈託なくお嬢様が笑っていた。

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