第36話 マジック団を継ぐ者

 ――そうだ。死にかけのマジシャンにも一応ドローンを付けておくか。

 いつ死ぬか分からないし犠牲者の立ち位置だからつい容疑者から外していたが、体が動かないなんて大嘘で自作自演の可能性もある。


 赤い重い扉を開けると、差し込む光で病床の老人が気付いたようだ。左腕からむしってドローンを作り深紅の魔術師レッドローズにも監視を付ける。


 ふと見ると、老人があからさまにがっかりした顔をしている。

「何だ、その顔は」

「卓か智子か、そうでなくても孫やひ孫かと思うたのに、探偵か」

「失礼な老人だな」

「わしゃ寝る」

「おやすみなさい」

 優しくアヤが声をかけると、ニヤリと笑って目を閉じた。


 レッドローズの部屋を出ると、アヤが扉を振り返る。

「本当にご家族を大切にしてらっしゃるんですね。見ましたか、淀臣さん。家族の誰かが会いに来てくれたと思ってのうれしそうなあのお顔」

「見ていない。それよりも、次の家族から話を聞こう」


「こちらにいらしたんですか、探偵さん。祖父に何か?」

「いえ、何でもありませんよ。引き続きご家族の話を伺いたいのですが」

「はい。では、長女の智子おば様たちをご紹介いたします」


 美咲の案内でまた階段を上って2階へと連れて行かれる。先ほどの長男家族がいた部屋の隣の部屋だ。

 アパートみたいな作りの家だな。それぞれの家族に広い1部屋があてがわれていて、その中でさらに生活スペースが区切られている。台所はひとつだから、シェアハウスと言った方が的確か。


「失礼いたします」

 美咲がドアを開ける。中は長男家族の部屋と変わらない。やはり大きなテーブルが目を引く。

 そこで、細身で釣り目がキツそうな印象の痩せた50過ぎくらいと思しき女性と、小柄で見るからに気弱そうな細いメガネをした男性、釣り目の青年がやはり手にトランプを持っている。


「大富豪中申し訳ありませんが、お話を聞かせてください。このマジック団団長の遺言書が消える件についてです」

「私たちはマジックの練習中で忙しいんですが」

「練習でしたか」


「こちらがおじい様の長女で青山智子さん。ご主人の青山俊彦としひこさんと息子の浩二こうじくんです」

「遺言書を隠したのはお兄様でしょ。長男だから自分がこのマジック団団長を継ぐべきだとでも考えてるんじゃないかしら」

「そんなことありません!」

「仮にそうだとして、どうして遺言書を隠す必要が?」

「マジックの腕は私の方が上だからです。遺言書には私に後を継ぐようにと書かれているのではないかしら」

 それは事実のようだ。美咲が口をつぐんだ。


「ご主人のお考えは?」

「妻がそう言うのなら、そうだと思います」

 おどおどとメガネの奥の目を泳がせながら妻の智子を見て言う。分かりやすく尻に敷かれているようだ。


「ママが団長を継いだら、次世代団長は俺で決まりだ。残念だったな、美咲!」

「私は別に、団長なんて考えてませんから」

 息子の浩二が美咲を挑発するも、不発に終わる。が、それでも敵意を持った目を美咲に向け続けている。


「ママと呼んでらっしゃるんですか。失礼ですがおいくつですか?」

 アヤが妙な所で引っかかったらしい。おずおずと尋ねる。

「30だが」

「まあ、30歳男性でママですって、淀臣さん」

 本当に失礼だな、アヤ。まあ、小太りで年齢以上に見える大の大人の男がママって、マザコン感がプンプンするものだが。

「失礼ですが、ご結婚は?」

「未婚だが」

「ですよね」

「失礼だな! 出て行け!」


 ついに浩二に激昂されてしまった。急いで左腕からむしり取った3体のドローンをそれぞれに付ける。

「ごめんなさい、失礼しました!」

 アヤが慌てて頭を下げて出て行く。改めて青山一家を見ると、真っ赤な顔をした浩二の頭を結婚なんかしなくていいのよ、浩ちゃん、と智子がなでている。その様子をオロオロしながら俊彦が見ている。この親も親バカか。


 俺もゆっくりとした歩みで部屋を出る。


 ――なるほど、団長、か。

 遺産も大きいが、誰が団長になるかで生涯に得られる金がかなり変わってくるだろう。単純な遺産相続問題ではなく、マジック団特有の動機があるのかもしれないな。

 孫世代でも団長争いがあるとなれば、この親バカたちは自分の子供こそを将来の団長にと画策しているかもしれないし、気弱そうな長女の夫が一発逆転団長就任を狙っているかもしれない。

 容疑者を絞るのは困難を極めるな。


「このままいくと、団長になるのは誰なんですか?」

「遺言書に何も記載がなければ、長男である父がなると思います。智子おば様がおっしゃっていたように、遺言書で団長が名指しされている可能性もあります」

「ご家族で次期団長の話は出ているということですね」

 美咲が顔を上げて強く軽蔑するような目で俺を見る。


「誰が団長になるかなんて、大きな問題ではありません。それよりも、このように家族がひとつになれていない状態の方が大問題です。遺言書がなくなるようになってからというもの、家族の間に互いを疑う気持ちが行きかっています」

「犯人が分からないということは、誰が犯人でもおかしくないということですからね」

「だから、はっきりさせたいんです! こんな疑心暗鬼な状態で良いマジックショーなんてできるはずがありません! 私たちには家族の絆があるからできるトリックのマジックも多数あります。家族の信頼なくして最高のショーはできません!」


 大人しい美咲の必死の叫びが耳に響く。彼らにとって、一番大切なのはマジックなのだ。


「やりましょう、淀臣さん。家族の絆を取り戻しましょう! もうすぐ全国ツアーが始まってしまいます! 消失マジックのトリックを解き明かしましょう!」

「消失マジック……」

「消えた物が別の場所に現れるマジックです」

 なのに、遺言書は消えるばかりで現れない。ただの消失だ。これじゃマジックではない。


 この家の人間は皆、マジックに精通している。消失マジックのトリックも数多く知っているだろう。

「裏を返せば、観客から見えなければ最初から別の場所にあっても構わない。元からふたつ用意されていた物のひとつが消え、ひとつが見えるようになっても消失マジックは成立する」

「何か分かったんですか?! どういうことですか、淀臣さん!」

「まだまだマジックの勉強をし始めたばかりの俺には分からない」


 分からんのかい。

 頭の中真っ白なのにつらつらしゃべってると思ったら、何も考えなしにそれっぽいことを言いだしただけか。

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