第6話 元宇宙人の密会

「じっちゃんの姓にかけて!」

「ふふっ。タイミングばっちりね、淀臣よどおみ


 お前はガキか! うれしそうに名セリフをかぶせるんじゃない!

 嘉純さん……ああ、嘉純さん、嘉純さん。右ほっぺたの下に感じる嘉純さんの足の感触に全神経を集中させる。


 ――あれ? この殺された女の人は、不倫をしたから殺されたってことか。


 お、珍しく表に出てる思考が何やら考え始めた。

 今観てるドラマの話だな。金持ちのジジイが若妻に浮気されて、名探偵の因縁のライバルにそそのかされて浮気相手と若妻を殺す。

 幾重にも張り巡らされたトリックを名探偵は暴くことができるのか?!


「嘉純さん。嘉純さんは不倫したことあるんですか?」

「私はないわね。淀臣がいるから不倫する気になんてならないわ」

 嘉純さんが表に出てる思考のくだらない質問に目を細めて答える。

 嘉純さん! 俺がいるから……俺も、大好きです、嘉純さん!


「まあ、この状態を夫に見られたら不倫だって言われるんでしょうけど」

 嘉純さんのひざ枕でくつろぎながら、髪をなでられつつドラマ鑑賞中である。

「客観的に見れば、45歳の私と15~16歳くらいにしか見えない淀臣じゃとても不倫関係だとは思わないのに、夫は異常なほどに嫉妬深いから」

 嘉純さんが苦笑する。


「もしも、嘉純さんの旦那さんに見つかってしまったら、嘉純さんも殺されてしまうんですか?」

「さすがに殺されはしないだろうけど、離婚は突き付けられるでしょうね。私は稼ぎもないのにこの家を放り出されてしまうわ」


 ――そうか……嘉純さん自身は金持ってないのか。俺が毎月もらってる30万も、元をたどれば嘉純さんの旦那の金ってことか。

 毎月の金だけじゃない。俺が今住んでいるマンションだって、超高い家賃を旦那さんが毎月支払っていると言っていた。家賃が支払われなくなれば、おのずと退去を迫られるのであろう。

 ……もしも嘉純さんの旦那にバレたら、俺も住むところも金づるも失ってしまうってことか!


 嘉純さんを金づる言うな! なんてヤツだ!


 ――金持ちの妻というのは、案外もろい立場かもしれない。安定して金を得るには、俺も自分でも金を稼いだ方がいいのかもしれない。

 まだ頭脳は大人な名探偵のブルーレイディスクを全巻そろえられていない。そろえるまでは、なんとしても金がいる!

 それに、もう少し文字を覚えたら原作漫画というものも読んでみたい。俺、勉強もがんばりたい!


 さっきまで何も考えずにドラマにワクワクしてたヤツの声だとは思えねえな。金のこと考えだしたらどんだけしゃべるんだ、コイツは。

 記憶を失っても計算高い性格は変わりようもないと言うことか。いや、変わっている。ますます熱い魂が失われている。

 この地に来たばかりの俺は現地生物にもっと興味関心があったのに、もはや名探偵と金にしか興味を示さない。


 20年間、毎月30万もらってたのに金がないのは、ペットのくせに生意気にも嘉純さんと同じ店で服を買ったり小物を買ったりしてたせいだろーが。


 嘉純さんが大好きなこの名探偵もののドラマにハマってからは、派生して名探偵アニメにハマって部屋にテレビを買いブルーレイディスクプレーヤーを買い、次々とブルーレイを買いあさっていたせいだろうが。


「嘉純さん、探偵になるにはどうしたらいいですか」

 何か言い出したぞ、俺。

「探偵?」

「俺もいつまでも嘉純さんに甘えるだけじゃなく、自分でも金稼ぎたいなって思って。もちろん、旦那さんにバレるまでは嘉純さんにも甘えるつもりなんだけど、自分でも稼げたらいいなって思って」

 すげークズなことを言いだしたぞ、俺……。


「まあ、淀臣も記憶を失くしてから20年経って、外に出たくなったの? いいことね。心配もあるけど、私ももう40代半ばだし、いつまでも淀臣の面倒を見られるとも限らないもの。たぶん、淀臣は長寿そうだしね」

 この地の人間からは考えられないレベルで長寿です、嘉純さん。


「でも、どうして探偵?」

「探偵が大好きだからです!」

「まあ、かわいい。がんばってね、淀臣。えーとね、探偵になるためには警察署の生活安全課ってところに開業届と身分証明なんかを届け出ればいいみたいよ」

 嘉純さんはスマホで素早く検索してくれたようだ。さすが、仕事が早いです!


「そうだ、仕事を、しかも自営業を始めるとなるとスマホもいるわね。契約してきてあげるわ」

「ありがとうございます、嘉純さん」

 そんな甘やかさないで、俺に行かせた方がいいんじゃないでしょうか、嘉純さん。そんな優しい嘉純さんが大好きなんですけどね。やっぱり一緒に行きましょうか、嘉純さん。


 広い嘉純さんの部屋を、コンコンとノックの音が響く。

「嘉純、ただいまー」

 と男性の声がする。

「あら、達央さんがもう帰って来たんだわ」

「えっ、旦那さんが?!」

「ごめんなさい、淀臣。急いで出てちょうだい」

「分かりました!」


 自分の靴を持って、慌てて窓を開けて飛び降りる。

 庭に下り立ち、見上げると2階の窓から嘉純さんが手を振っている。俺も手を振り返すと、窓が閉まった。


 庭を回って大きな門へと出ると、使用人が豪邸の前の広い道路を掃除している。

 ――まずいな、普通に出て行ったのでは見つかってしまう。OFFからONに切り替えよう。


 目を閉じて、頭の中に浮かぶON/OFFスイッチを押す。ONと光ったのを確認して、この大きな白鷺邸から軽くダッシュして脱出する。音速を超えれば見えまい。


 無事に出られたから、またスイッチをOFFにしておく。

 すれ違った女子高生が、

「うわ……キレイな金髪……」

 とつぶやいて立ち止まって振り返り、俺の後ろ姿を見ている。


 ――また金髪になってるのか。どうして時々、俺は金髪になるんだろう。あ、見える景色も何だか違う。なんでだろう。探偵だからかな。今日から俺は、金髪探偵だ! なーんてなっ。


 違うぞ、俺よ。探偵だから金髪になるなんて聞いたことねーだろ。元宇宙人だからだよ。

 この地に順応して日本人らしい肌、髪、瞳の色になってるけど、宇宙人としての力を使うと順応した姿を保つことができなくなるらしい。本来の色白金髪碧眼に戻ってしまうし、身長もここに来た時くらいに低くなる。


 ま、順応性バツグンの俺だから、すぐにまた新たに順応して元の色に戻れるから特に問題はない。


 それよりも、だ。

 なぜ能力は使うのに何も疑問に思わないのか、俺よ。

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