天外探偵事務所、開設

第7話 元宇宙人探偵、誕生!

 ――警察署がどこにあるのか、嘉純さんに聞くの忘れた。調べるか。


 歩みを止めて目を閉じ、頭の中に浮かぶ横長四角の中に

『ここから一番近い警察署』

 と入力し、虫眼鏡のマークをタップする。


 ――徒歩三十分か。

 三十分歩けば、探偵になれる!


 なれないぞ、俺よ。

 警察署に行けたとして、生活安全課に無事に届を出せるとも思えない。

 職員の説明を正しく理解することすらできるのか。


 お、さすがは二十年この地で生きてきただけのことはある。

 意外にもすんなりと生活安全課にたどり着いた。

 警察官らしい、凛々しい女性が対応してくれる。


「探偵業開始届出書と手数料3600円、下記添付書類が必要となります。あと、こちらに届けていただいた内容に変更が生じた場合は」


 ――長々と何をしゃべってるんだろう、この人。

 俺はただ探偵になりたいだけなのだが。

 ええい、めんどくさい。

 目の前の女の脳内に直接問いかける。


「俺は探偵になりたい」

「探偵に……天外 淀臣さんですね」

「探偵。天外探偵事務所をつくりに来た」

「天外探偵事務所……分かりました、つくります。登録内容の不備はこちらで何とかします」


 できるのか、公務員。

 不正だぞ、この内容で認めるならば。


「私はあなたの下僕」

 スピリチュアルが激しい人なのだろうか。

 何も仕掛けていないにも関わらず勝手に自主的に能動的に下僕に成り下がったのだが。


 それでいいのか、行政手続き。としか思えないが何らかの力が働いていたのだろう。

 手続きを終えて警察署を出ようとガラスドアに映った俺は、身長も低く金髪碧眼の美少年であった。

 いや、何らかのじゃねーわ。単に無意識に宇宙人パワー発動しただけだわ。


 ――やったあ! ちゃんと手続きできた!

 俺はもう、天外探偵事務所の名探偵、天外 淀臣だ!


 ごきげんさんだな、俺よ。

 名探偵ってのは自分で名乗るもんじゃねえんだよ。あのタイトル、自分で名乗ってるように聞こえるけどな。


 自宅と言っていいのか、嘉純さんが旦那さんから譲り受けた超高級マンションに帰るべく歩く。


 日が落ちてきて女性に対する犯罪におあつらえ向きな細い路地裏では、うら若き乙女が男ふたりに黒いワゴン車に押し込められようとしている。

 事件に遭遇する辺りは、いっちょまえに探偵っぽいな。


 誘拐だろうか、強姦だろうか。


 そんなことを俺は思っていたけれども、表の思考はおじいちゃんを敬愛する名探偵か小さい子供にされた名探偵になりきっているらしい。黒いスーツにサングラスをかけ、黒い革手袋をしているいかにもな男ふたりに駆け寄る。


「彼女を放せ! じっちゃんの姓にかけて真実はいつもたぶんひとつ!」

 と、あいまいなことをのたまう。両方だったか。混ぜちゃダメだろ。


 男たちは突如現れた背は高いが顔は子供っぽい上に言うこと支離滅裂な俺にギョッとしている。

 ひとりが早くも我に返った。ポッケから刃渡り10センチほどのナイフを取り出し、こちらに向ける。


「逃げてください! 私は大丈夫です。誘拐なんて日常茶飯事ですから!」

 若く美しいお嬢さんよ、どんな日常を送っているんだ。余程の金持ちの娘か有名人の娘か何かだろうか。


「お嬢様の言うことを聞いて、大人しく今見たことは忘れて逃げれば見逃してやるよ。こいつはこけおどしなんかじゃねーよ? 俺ら頭ぶっ飛んでるから躊躇なくお前にコレ突き刺すよ?」

 ナイフを見せ付けつつニヤニヤと笑う。余裕ある犯罪者だな。見逃してほしいのはお前らだろ。


 ――お嬢様? この娘、金持っとんのか。ならば、見逃さない!


「その娘をこちらへ寄越せ」

「何?!」

「その娘は俺のもんだ。その娘を置いて消えろ!」

 お前は悪役か。

 お嬢様は美しい顔を真っ赤にしていらっしゃる。こっちはこっちでどうした。


「娘! 俺の所に来るんだ!」

「そんな! お気持ちはうれしいけれど、出会ったばかりでそんな!」

「お前、俺たちの獲物に手ぇ出してんじゃねーよ!」

「お前たちになんか、やるもんか!」

「やめてください! 私のために争わないで! 私どちらも選べない!」


 このお嬢様も頭ぶっ飛んでんな。まるで違うストーリーを思い描いていらっしゃるようだ。これが恋愛脳ってやつか。


 お嬢様へと俺が手を伸ばすと、男が振り下ろしたナイフが俺の腕を滑る。


「キャー!」


 こそばっと思わず笑ってしまいつつも、手は引っ込めない。

 容赦なくお嬢様の腕をつかんだ。


「娘! 叫んでないで、こっちへ来い!」

「え? なんだ、今の感覚?」

「お前、何やってんだよ! 貸せ!」


 もうひとりの男が仲間の手からナイフを奪い、振りかざす。

「キャー!」

 お嬢様が俺から顔を背けギュッと目をつぶった。

 俺の背中でタプン、と音がする。

「え?!」

「あはは!」

 こそばゆい! 笑っちゃうからヤメロよ、もおー。


「え?! なんで刺さんないの?!」

「そんな物でこの俺を傷付けられるとでも思ったか!」

 ふんぞり返る俺の胸やら肩やらにナイフを何度も突き立ててくるが、こしょばいだけだ。


「お前、何者だ!」

「俺は天外 淀臣。探偵さ」

 早くも言いたかったヤツ言えて良かったな。

 ただ、先方が知りたい情報とは明らかに違うけどな。


 現在は日本人だが元はアウストラレレント星人である俺は、ヒト型だろうが原料はゲルである。

 弾力あるゲルがこんなナイフごときはじく。


 男たちが執拗にナイフを俺の肩にツンツンしてくるうちに、ナイフの方が音を上げてポッキリと折れてしまった。

「バケモノだ! こいつ、バケモノだ!」

「逃げるぞ!」

 男たちが動揺しまくってまともに歩けない状態ながらなんとか車に乗り込もうとして、娘へのガードがいなくなった。

「バケモノじゃなくて探偵だ! 娘はもらうぞ!」

 返事はない。


 ――いいよーってことかな。

 さて、この娘、いくら持ってるんだろう?

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