頂上決戦

第44話 元宇宙人と満員電車

 昨日届いた新しい名探偵アニメのブルーレイを見ようとテレビを付ける。

淀臣よどおみさんは誰が真の黒幕だと思いますか?」

「そうだな、小学生らしからぬ小学生だろうか」

「全員小学生らしくはないように思いますけどね」

 嶌田しまだあやが作り置きの料理を作りながら楽し気に話している。


「乗車率200%はマジヤバいー。体が浮いたもん! マジで無重力空間体感できちゃってー」

 テレビではニュースをやっている。巨大イベントが開催され、沿線では満員電車がひどかったという平和なニュースだ。

 まだいたんだ、と言いたくなるようなヤマンバのようなギャルがいかに壮絶な満員電車だったか懸命に訴えている。


「アヤ、無重力空間とは何だ」

「宇宙空間ですね。宇宙では地球と違い、重力がないから体が浮くそうです」

「宇宙?」


 いいところに興味を持った! 宇宙空間を365万年漂ってこの地に降り立ったことを思い出せ、俺よ!


「超おもろー。宇宙遊泳できちゃったー。満員電車超楽しいっす!」

 テロップは超絶! 凄惨! 満員電車で起きた悲劇! なのにこのヤマンバ超楽しんでるぞ。


 ――宇宙遊泳……いいなあ、このオニヤンマ。


「アヤ。宇宙遊泳をしたことはあるか」

「ありませんね」

「では、満員電車に乗ったことは?」

「ありません。移動は主に車ですし、遠足で電車に乗ったくらいでしょうか。それも車両を貸し切っていたのでゆったりと座れましたし」

 度を越えた金持ちは遠足で車両を貸切る学校に通っていたのか。


「ますます興味がある。満員電車に乗ってみよう」

「おもしろそうですね。私もご一緒してもよろしいでしょうか」

「構わん。宇宙へと旅立とう!」


 あーあ。世間知らずふたりが意気揚々と乗車率常に100%越えでおなじみの路線目指して電車を乗り継ぐ。

 切符など買ったことがないからいちいちスマホで確認しながらで、ただ電車に乗るだけなのにとんでもない時間をすでに労している。


「満員電車に乗るって、こんなにも大変なんですね」

「オニヤンマにだまされた……全然楽しくない。家でブルーレイを見ているべきだった」


 いや、大変なのはこれからだよ。

 始発駅からすでに満員で、座ることはかなわずドア付近に立っている。まだ余裕はありシルバーの棒をつかんで安定して立っていられる。


 だが、駅を経るたび人が増え、5駅も過ぎればお望みの満員電車である。

「どうしてまだ人が乗って来るんだ。もういっぱいだと見て分かるだろうに」

「もう乗れないだろうと思っても乗れるものなんですね。どれだけ乗って来るんでしょう」

 道路ではありえないほど人と人が密着している。背の高い俺は視界に入るのは人々の頭だらけで気持ち悪くなってきた。


 ふとアヤを見ると、新たな人の波に肩がドアに押し付けられて痛そうに顔をゆがめるものの身動きが取れずにいるようだ。

 駅に着き少し車内に空間ができた隙にアヤを抱き寄せる。


 ――これならばまた人が増えてもぶつからないから痛くないだろう。


「よ……淀臣さん……」

「次にこちら側のドアが開いたら降りよう」

「はい……」


 ――アヤの体が熱いな。こうも人が多くちゃ人の体温と体温が合わさって熱くなるものなのか。


 人の体温が足し算されていくことなどない。俺が抱きしめているから、この恋愛脳のお嬢様はまた何かしら妄想が暴走しているのだろう。


「あれ、淀臣さん、今は心音がしますね。前はしなかったのに。あ、そうか今は捜査中ではありませんものね」

「心音?」

「ほら、ドクンドクンと」


 ちょうどアヤの耳の辺りに俺の左胸が当たっている。ドアが開きホームに降りて、やっと自由に動けるので右手を左胸に当ててみる。


 ――本当だ。何か勝手に動いてる。何だコレ。


 心臓だ。この地の人間の最大の急所である。

 順応化が進み、ついに俺にも急所が備わってしまったのだろうか。


 いや、そこまで順応するにはまだ時間がかかるか。第一、俺には血液がない。送り出す血液がないのだから心臓は仕事ができないはずだ。心臓の真似事が行われているだけか。


 この体はどこまで順応するのだろう。アウストラレレント星人であるこの俺でも、このまま順応化が進みいつかはこの地の人間のように、心臓が止まれば死んでしまう仕様になるんだろうか。

 やっかいなのは確かめる術がないということだ。試しに心臓止めてみるか、ってわけにはいかない。

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