第55話 元宇宙人探偵への初依頼、完遂
「失礼いたします」
天外探偵事務所のリビングに入って来たアヤは笑顔である。
嶌田良吉との話し合いは円満に終えたのだろうか。
ソファに腰を掛けどのブルーレイを見ようか選んでいる俺の隣に座った。
「淀臣さん。これまで、淀臣さんのお気持ちを受け入れられず、申し訳ありませんでした。私、ケイ様との婚約は解消いたしました。私は、淀臣さんと生きてゆくと決めました」
え?
この恋愛脳のお嬢様はまた何を言いだしたんだ。
「ほお。では、一緒に暮らそう。アヤ、月にいくら家賃に出せる?」
「お小遣いが月に10万円ですから、その半分くらいでしょうか。5~6万円までですね」
「よし、不動産屋に行こう。家賃5万円台の部屋を探す」
――新たな金づるが現れた。これで家賃の心配はしなくていい。
だが、アヤは金持ちの娘とは言え動かせる金はせいぜい月10万か。心もとないな。アヤに小遣いを増額するよう交渉させるか。
やけにすんなり受け入れたと思ったらやはり金か! だろうと思ったよ、俺よ!
大人だからひとりで生きていくんじゃなかったのか。
ああ、俺の声は表に出ている思考にはやっぱり聞こえていないか。いくら話しかけても返事はない。
アヤを飛ばせるために酒を造った時、たしかに返事をしたと思ったんだが、気のせいだったんだろうか。
……聞こえてるけど無視してるってことは、さすがにねえよな? 俺よ。
ピーンポーンとインターホンが鳴った。もう、俺の様子を見ることもなくアヤが立ち上がる。
「来ていたのか、綾。邪魔するぞ、探偵!」
嶌田良吉が今日も茶色い和服で応接セットへやって来て、俺が座るソファの前に座る。無言の仏頂面で分厚い封筒をテーブルの上に置き、こちらへと差し出す。
封筒を手に取り、中身を確認する。紙の封でまとめられた札束が5つ入っている。
「たしかに、500万円受領いたしました」
「謝礼に100万は保障するとは言ったが、500万は吹っ掛けすぎだろう」
「めっちゃくちゃ経費がかかりましたからね。何台もドローンを飛ばしたり、盗聴器を仕掛けたり潜入捜査のための制服を用意したり大きなオペを行ったり酒造りをしたり、いやあ、この3カ月は本当に大変だったなあ」
普通に別件を入れ込んで費用を盛るんじゃない。ほとんど詐取じゃないか。
「まあ、ホストの方は婚約破棄の慰謝料を辞退したから、その分と思えば、まあ、まあ……」
「それ、何の謝礼なんですか? お父様」
アヤが温かいお茶を入れて持って来る。
「いや、何でもないんだ。綾が気にすることはない」
「アヤとホストの婚約を破」
「綾が世話になっとるようなのでな! 昨日綾から聞くまで知らんかったものだから、あいさつが遅くなって申し訳なかった、探偵!」
「そう思うならば定期的にアヤの世話代をもらうとしよう。あと、アヤの小遣いを増やすように」
少しでも隙があれば付け入って金につなげる様はもはや悪代官である。
嶌田良吉は恨めしげにこちらを見ている。
アヤにホストとの婚約を破棄させ河本駿介と結婚させる。嶌田良吉の策略は半分は予定通りに進まなかったが、それを理由に謝礼の減額を申し出ることは不可能だ。俺への依頼はアヤが自ら婚約を破棄することのみ。その依頼は完遂しているのだから。
初めに計画をすべて打ち明けていれば良かったのに。まさに策士策に溺れたな、嶌田良吉。そして、白鷺達央もまた溺れたひとりである。
「では、探偵。大事なひとり娘を頼んだぞ」
「あい、分かった」
嶌田良吉がそそくさと帰って行く。アヤが見送りから戻って来るとそのままキッチンへと向かう。
俺と自分のお茶を入れてソファに座った。
「父はやはり腐りきっていましたが、すべて丸く収まって良かったです。淀臣さんのおかげです」
「うん?」
「淀臣さんが私たちを監禁したことをネタに白鷺の旦那様を脅して父と総理の秘密会談の音声データを略奪し、今度はそれをネタに父と河本様を脅したおかげです」
アヤがニッコリと笑う。警察に駆け込まれたらこっちが不利なほどに堂々と脅していたがな。
「収められたのはアヤのおかげだ」
「え? どういうことですか?」
「みんながみんなエゴの塊だった。白鷺達央にしても、妹のためなどと言っていたが妹が首相という自己のステータスが欲しかっただけだろう。だが、アヤはどうだ。アヤはいつも人のために動いていた。この天外探偵事務所を訪れる者のため考え、寄り添い、時に涙する」
優しく微笑みながら、アヤの目を見る。
「そんなアヤが重要な駒だったからこそ、俺は堂々と真正面からエゴの塊共を脅すことができた。アヤのおかげだ」
「淀臣さん……」
またしてもアヤの目が潤む。涙腺のゆるいお嬢様だ。
――そして奴らは、その重要な駒を俺に渡す結果となった。100万が500万に化けるほどの重要な駒を!
聖天坂のツートップの弱みは握った。日本一地価の高い聖天坂の頂点は他の誰でもない、この俺だ!
本当に金が絡むと下劣な奴だな、俺よ。これでは、どちらが悪党か分からない。
「淀臣さん、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたしますね。末永く」
そう言ったアヤの笑顔を見て、胸の辺りがキュンと鳴った。
――うん? 何だ? どうして勝手に鼓動が速くなっているんだろう。
さあ? こんな現象は資料にはなかった。
順応化が進んだせいで病気にでもなったんじゃないのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます