第34話 深紅の魔術師レッドローズの願い
赤い皮張りのドアを富岡美咲が両手で重そうに開ける。
「こちらが、おじい様のお部屋です」
室内はだだっ広く、入って真正面に大きな医療用ベッドが置かれており、周りには点滴やバイタル測定のための機器がある。
おお、重病人の部屋って感じの重苦しい空気が充満している。
「自宅で療養できるくらい、病状は落ち着いているということですか?」
アヤが気遣いながら小声で尋ねる。
富岡美咲が目を伏せる。落ち着いているとは言えそうに見えないな。
「執事の森さんは、元々祖父の主治医だったんです。医師を引退されるにあたり、幼なじみの祖父が独り身の森さんを案じて、この家で住み込みで執事として働かないか、と」
「住み込み? あの執事さんもここに住んでいるんですね?」
「はい。ですので、病院よりも自宅で、その……最期の時を迎えたいという、祖父の希望で自宅療養をしております」
「メイドさんも?」
「あ、はい。住み込みで働いてもらっています」
――この家に住んでいるのは、家族だけではないってことか。
ワンチャン、遺言書に自分に遺産を、と書かれていたりしないかな、と淡い期待を抱いている可能性がある。
「おじい様。少しだけ、大丈夫ですか?」
ベッドのかたわらへと富岡美咲に続く。
「天外淀臣。探偵です」
横たわる老人を見ると、生気なく青白い顔をしている。うっすらと目を開けて俺を見ると、ニヤリと笑った。
「いよいよ探偵のおでましか。私が天才マジシャン深紅の魔術師レッドローズこと、この家の家長である赤川新三郎だ」
舞台にでも立っているかのように、意外なほどその声はしっかりとしている。
驚いた俺が富岡美咲を見ながら老人を指差す。
「元気そうだが」
「口だけは達者なんですけど、もう、体の方は……森さんからは、あとはその時を待つだけだと、言われております」
「その時とは? どの時を待っているんだ?」
「ですから、その……天からのお迎えを」
「天から? 何が迎えに来るんだ?」
「え、あの、犬と名画を見た後に天使が迎えに来るじゃないですか。あれです」
「名画?」
「淀臣さん、そんなにしつこく聞いては失礼ですよ。ほとんど死にかけているってことです」
「ああ、死にかけのマジシャンというわけか」
ちょっ、とアヤが慌てているが、お前の物言いがおかしかったせいだからな。
「はっはっはっ、死にかけのマジシャンか」
高らかな笑い声が響く。
「うれしそうだな。死にたかったのか」
「逆だ、若き探偵よ。死にたくない。だからこそ、素晴らしい。死にたくない、そう思える人生を生きることができた。わしは幸せ者だ」
「おじい様……」
富岡美咲が老人の手を握る。握り返す力は、ごく弱そうに見える。
「才能あふれる弟子たちが毎日わしのためにマジックを見せに来てくれる。みんな確かな腕を持っている。わし亡き後も、我がレッドマジック団は人々を喜ばせることができるだろう。わしの愛息、
――まだ会ってないから分かんないけど、卓も智子もそんなにすごいのか? ただの親バカフィルターじゃないのか?
「そんな悲しいことを言わないでください。全国ツアーが始まるんでしょう? CM見ましたよ。また、家族そろってのマジックを見せてください」
冷徹なほどに落ち着き払った俺とは対照的に、アヤはもう泣きださんばかりである。
「大好きなマジックをもっともっと続けたい。まだ勇樹と舞台に立っていない。勇樹も共に、家族そろって舞台に立ちたい。まだまだ考案中のトリックも山のようにあるのだ。だが、病魔に棲みつかれたこの体はもう、思うように動かんのだよ」
悲し気に微笑む天才マジシャンが健気にすら見えてくる。
――儚いものだな、この地の人間というものは。寿命という宿命に立ちはだかる術がない。
……ハムスターだと、2年から3年ほどか……やっぱり、飼うのやめようかな。
目の前に病に弱った老人がいるってのに、ハムスターと重ねて寂しさを募らせるんじゃない。
我らアウストラレレント星人には立ちはだかる術があるが、それは踏み入ってはならない神の領域。冷たいようだが、天寿をまっとうしてもらうほかない。
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