第12話 元宇宙人の初めての食事
あー、俺よ。
頼むから何か食ってくれ。このままでは探偵の仕事なんてできやしない、餓死してしまう。
「へえ、嶌田良吉から依頼が……早速依頼が舞い込むなんて、さすがは淀臣ね」
嘉純さんが色っぽい流し目をくれてほほ笑む。あー、嘉純さんに触りたい!
嘉純さんに呼ばれ、部屋にやって来てすぐ、探偵活動報告を行った。
特に求められてもいないのだが。
嘉純さんはこんなガキみてーな奴のガキっぽい探偵ごっこなんか興味もないだろうに、ニコニコと聞いてくれる。
なんて優しいんだ! 嘉純さん!
「嘉純さん、最近腹の辺りからグーグーと音がするんです。何だと思いますか? 心当たりあります?」
俺が腹に手をやりながら嘉純さんへ首をかしげて尋ねる。
「おなかがすいているんじゃないの?」
不思議そうに嘉純さんも首をかしげながら答える。
そうなんです! さすがは嘉純さん! 大正解です!
「おなかが? 何ですと?」
ああ、と嘉純さんが笑顔を見せる。
「そう言えば、淀臣が何か食べてるのを見たことがないわね」
「食べる? とは?」
「あら、本当に食べたことがないのね。少し待っていて」
なんで20年この地で生活してきて食べるってことを知らねーんだよ。
お前が大好きな祖父を敬愛する高校生の名探偵なんて、しょっちゅう腹減ったーって言ってるイメージあるんだけど。
嘉純さんを待つ間にも、限界を超えている腹がグーグーと鳴る。
あー、腹減ったー……。
どうやら、内臓器官までもが順応し始めたようだ。
ゲル状のアウストラレレント星人には心臓なんてないし、血も通っていない。ケガをすることも病気になることもなく、死ぬ理由は寿命一択である。
ある意味無敵ボディを誇る訳だが、このまま順応化が進めばいつかは俺もこの地の人間のように日に3食食べて睡眠をとるようになるのだろうか。
「お待たせ、淀臣」
嘉純さんが小瓶とスプーンを手に部屋へ戻ってきた。
嘉純さんの部屋は庭側と道路側の二面に窓がある。俺が出入りをする庭側ではない窓の前には、上品な丸いテーブルと椅子二脚が置かれている。
その椅子に座ると、瓶のフタを開けた嘉純さんが笑って俺を手招く。
俺が嘉純さんの隣に座ると、瓶の中の小さな黒いツブツブをスプーンで少しすくって品良く口へと運ぶ。
「食べてみて」
嘉純さんはそのスプーンを俺に持たせた。
見よう見まねで俺もスプーンを使って食べてみる。
――おお! なんだ、この嗅いだことのない強い香り!
おお! ツブツブを噛んでみると刺激的な味!
語彙力がないのもあるが、圧倒的に経験不足だから許してやってくれ。俺はこの地に来てからほとんど嘉純さんの住むこの白鷺邸か自宅マンションに滞在している。
海に行ったこともないし、初めての食事だから知ってる味覚が皆無なのだ。表現できないのも無理はない。
だが俺は高知能を誇るアウストラレレント星人として得たこの地のありとあらゆるデータを覚えている。
これはあれだ、磯の香りという奴だ。
そしてこの刺激は強い塩味。
想像していた味とは違うな。塩入れ過ぎたイクラって感じだ。
「おいしい?」
「おいしい! 嘉純さん、これは?」
「キャビアよ」
The金持ちフード。
金持ちの家には食パン感覚でキャビアがあるものなのか。
キャビアとは、言わずと知れた世界三大珍味のひとつで高級食材だ。そんなスプーンに山盛りすくって食らいつくようなものではない。
「なんだか腹も気持ちも満たされました!」
「たったこれだけで満腹なの? 食べ始めたばかりだからかしら」
そうだろうな、さすがは嘉純さん。おそらく、今は離乳食を始めたばかりの赤ちゃん程度の量で満足するが、俺の順応性をもってすればすぐにこの体に合った量を食べるように順応していくだろう。
「私も料理をしたことがないから教えられないけど、お料理動画でも見て作ってみてもいいんじゃないかしら。食材だけならシェフからもらってきてあげるわ」
「動画?」
「ええ。淀臣のスマホを貸して。ほら、こういうの。丁寧に料理のいろはを解説してくれる動画もあるから、食べることすら初心者でも作れるかもしれないわ」
――へえ、食べるものってこんなにたくさんあるのか。全部食べてみたい!
この世の全てを食い尽くしたい!
魔人の誕生だよ。
表の思考は金のことしか考えないと思っていたが、食べることにも異常に興味を示しているな。
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