第52話 元宇宙人探偵の中のお祭り野郎

 ――アヤ、どこにいる、アヤ。

 ああ、腹が減った……ん? いい匂いがする。間違いない、これは、食いもんの匂い!


 名推理ばりに目を輝かせるんじゃない。

 階段を下り続け、ついに地下2階。その廊下の先に、不自然なほど唐突にテーブルがある。怪しすぎる。


 近付いてみると、テーブルの上に匂いの元が置いてある。これ、もう絶対に罠だな。


「もやし炒め! いっただっきまーす!」

 椅子を引いて座り、スプーンを持って手を合わせる。と同時に、ガシャーンとすさまじい音を立てて大きな檻にすっぽりと収められてしまった。


 ――何だこれ。まあ、いいや。もやし炒めを食べよう。

 あ、これ、アヤが作ったもやし炒めじゃないな。いつものみたいにおいしくない。冷めてるし。


 文句を言いながら食い続けるな。古典的な罠に引っかかりやがって!

 宇宙人スイッチは間もなくバッテリー切れで消滅する! その前に、アヤを見付けてここから脱出しないと!


「ごちそうさまでした」

 両手を合わせて誰にともなく小さく頭を下げる。お行儀だけはいい。


 ――さてと、出るか。あまりおいしくないもやし炒めを食べたらアヤの作るもやし炒めが食べたくなった。アヤを探そう。俺の飯炊き女を返してもらう!


 アヤよ、気を悪くしないでくれ。生涯にひとつのタマゴ吐いて繁殖するアウストラレレント星人には、恋い慕うという感情がないだけなんだ。決して、女性蔑視などという意図はないのだ。


 シンプルな作りの檻だ。あまり金をかけてはいないのだろう、柵が粗い。

 だが、俺は体が大きい。身長180センチをゆうに超える俺では、粗い柵でも横に走る鉄棒が肩に当たって出られない。


 足は檻の外に出られるが、いかんせん体を分断する能力は持ち合わせていない。ゲルだから分断してもくっつくのだが、自分の体を分断することができない。


 ならばとひざを曲げると、頭は通るがひざを曲げた足が柵の間を通らない。


 ――え、もしかしてこれ、出られない?


 型はめパズルのようにうまいこと出られる形はないかと、態勢を変えてチャレンジしてみるも、なかなかピッタリとはいかない。


 無駄な時間を過ごすうちに、ついにボウンと静かな低音と共に赤く灯っていた頭の中のON/OFFスイッチから色がなくなり、スイッチそのものが消えてしまった。


 あー! ついに消えた! どうするんだよ! このどこまで順応化が進んでいるのすら分からない生身の体しかなくなってしまった!


 ――良かった、出られた。なんか急にあっさり出られたな。


 え? 俺は周りの状況を確認したいが、表の思考の見たものしか俺にも見えていない。

 なるほど、目線がずいぶん低い。宇宙人スイッチがバッテリー切れで消えたことで、元の金髪碧眼の小柄な美少年に戻り出られたのか。

 幸い、大柄な俺が小さくなるという情報は知られていないようだ。


 急な順応化はこのタイミングで起こりやすい。自然と順応していくのはごくわずかずつで見ていても気付くことはあり得ないが、普段の姿への順応はどこが変わったか見つける映像クイズ程度には早い。髪や目の色や身長なんかと共に他の部位も急な順応をしていたりするのだが、どこがどう順応したのかは俺にも分からない。


 階段を上がろうとしたら、上から人の話し声がする。現在位置は廊下の端であるから、ひとまず廊下の最奥でひっそりと壁と同化するべくまっすぐに立つ。こちらを向くことなく廊下を進んでくれたら姿を見られる可能性は低い。


「あのお嬢様は?」

「まだ寝てたよ」

「薬の量が多かったんじゃないか?」

「まあ、健康に害のあるようなものでもないから、大丈夫大丈夫」

「適当な仕事しやがって、社長に言いつけるぞー」

「まあまあ。それより今のうちにメシ作っておいてやろうぜ」

「おう、厨房は地下2階……え?! なんでこんな所に外人の子供が?!」

「子供?」


 階段を下りてきたスーツの男ふたりの内ひとりと一瞬目が合ってしまった。驚いて隣の男に目をやった隙に階段を駆け上がる。


「いないじゃん」

「あれ? たしかに金髪のかわいい子供がいたんだけどなあ」

「気のせいだろ」


 ――アヤはどこかで寝てるのか。動かれると入れ違いになる可能性が高い。アヤが動かないうちに見つけたいところだな。


 同感だ、俺よ。急いでアヤを探そう!


 階段を駆け廊下をひた走る。宇宙人スイッチのない生身の体では、階段を上るのに要する体力が段違いに大きくなる。

 息が上がり、鼓動が大きくなる。


 ――誰だ! 俺の体の中でリズミカルに太鼓叩いてるお祭り野郎は!


 心臓だ。この地の人間の一番の急所だよ。

 ゲルでできてるから急所などないアウストラレレント星人と違って、この星の人間は心臓をやられると一発KOなんだよ。


 どこまで順応化が進んでいるんだろうか。

 俺にとっても、この心臓は急所なのか。それともまだ、ただの太鼓なのか。

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