第27話 少年少女の告白

 海老名克哉が立ち上がり、後ろを振り向いた。

「海老名? どうした?」

 メガネをかけた30代くらいの男性教師が驚きつつも優しく尋ねる。

「あづ!」

 が、完全無視である。悪いな、今少年は焦燥感に駆られているのでな。


「あづ! 俺、あづが好きなんだ。ずっと好きだった。言えなかったけど、ずっと好きだった」

 ギャー! と悲愴な声が上がる。

 そんな周りの生徒たちを見回し、

「あづをいじめたら俺が許さない! 人をいじめるなんて陰険なヤツ、俺は大っ嫌いだ!」

 と最後は入り口ドア近くの女生徒を見ながら言った。


 気まずそうに女生徒が目をそらす。克哉が愛月に目を向けると、真っ赤になって呆然と愛月も克哉を見つめていた。

 途端に、火が付いたように克哉も真っ赤になった。


 ――あのふたり、暑そうだな。冷やしてやろう。


 空気中の水蒸気の温度を下げ、克哉と愛月を包み込む。

「えっ……」

 柔らかな淡い虹色の光のベールを被ったようなふたりに、教室内の生徒たちだけでなくアヤも声を上げた。


「うわあ……何あれ……」

「運命なんだよ、きっと」

「運命の相手と結ばれると、人って光るの?!」


 ――やべえ。誤情報が出回りだした。


 慌てて空気の入れ替えを行い、ふたりも元の状態に戻る。


「愛月! 本当にごめんなさい。今の美しい光を見たら、自分がどれだけ愚かだったかよく分かったわ」

 入り口ドア近くの女生徒が立ち上がり、愛月に向かって頭を下げた。

「え……若菜わかな……」

「ごめんなさい、望田さん」

「私も、ごめんなさい」


 次々と女子たちが愛月に向かって頭を下げていく。主犯は4人か。あとの女子は郷に入っては郷に従え感覚でこの若菜って女子生徒に従っていたのかもしれない。

 たしかに、活発で気が強そうだ。愛月と若菜、どちらにつくかと問われればほとんどが若菜につくだろう。強い者はとかく有利だ。


「帰ろう、アヤ。腹が減った」

「はい! もう大丈夫ですよね、愛月ちゃん」

「彼らはもうただの幼なじみではない。アズキモチに何かあれば、守るのはエビカツの役目だ」

「はい!」


 立ち去ろうとした時、

「待って!」

 と声がした。


 振り向くと、望田愛月が教室から飛び出してくる。

「ありがとう、アヤちゃん」

 我々がしたことなど知りようもないのに、屈託ない笑顔を向ける。

「私は何も……」

 アヤも困惑するばかりである。だが、今回スムーズに解決できたのはアヤの恋愛脳のおかげだ。俺ではとてもいじめの原因が恋だなんて結論にならない。


 ――あ、そうだ。ひとつ大切なことを確認しておかなきゃ。


「アズキモチ」

「……アズキモチ?」

「ホストを知っているだろう。ケイという名の」

「え?!」

 アヤが驚いている。


 ――まさか婚約者が中学生に手を出していただなんてショックだろうが、甘んじて受け入れ婚約を破棄してもらおうか。できれば1~2ヶ月引き延ばしてから。


「ケイという名か分かりませんしホストかどうかも知りませんが、たしかにホストっぽい人なら知っています」

「名前も知らない?」

「はい」

「どうして、あなたがケイ様を知ってるの?」

「それは……」


 うつむいて、話しにくそうにする。が、話してもらわねばならぬ。


「先生、アズキモチさんはおなかが痛いそうなので保健室に連れて行きます」

「アズキモチ?」


 教室の先生へと声をかけ、階段を下り誰もいない中庭に出る。


「ここなら、誰にも聞かれない」

 優しく微笑んで言うと、愛月は小さな声でありがとう、と言ってうつむきながらも口角を上げた。


「私、人見知りで……3年生になるのと同時にこの学校に転校してきたんですけど、半年も経つのに友達がなかなかできなくて、やっとできた友達が若菜だったんです。いつもひとりでいる私に、たくさん友達がいる若菜が話しかけてくれて、仲良くしてくれて」

「実はいい子だったんですね、あの子」

「はい。若菜のおかげで他の子たちとも話をする機会も増えて、とても楽しかったんです」

「それが、どうして、その……」

「いじめっ子といじめられっ子に進化したんだ?」

「淀臣さん!」


「いいんです、その通りですもん。先週、学校が始まったらかっちゃんが転校してきて、私若菜に幼なじみだって言おうとしたんです。始業式が終わって話しようと思ったら、先に若菜がかっちゃんのことめっちゃ好みだって、一目惚れしたって言いだして」

「一目惚れ……」

「わ……私も、本当はかっちゃんのことが好きだったから、なんか、幼なじみなんだって言えなくなっちゃって」

「どうしてだ。別に好きでも言えばいい」

 また真っ赤になっている愛月を無表情で見下ろす。ごめんね、愛月ちゃん、怖いよね。


「分かります、愛月ちゃん。愛月ちゃんは優しいんですよ。友達が好きな人を自分も好きだとは言いたくないものです。ライバルになってしまうんですもの。ですが、それを言わずに幼なじみだと言ってしまうとエンジェルをお願いされてしまうかもしれない。友達と好きな人をくっつける手助けなんて、誰もしたくありませんよ」

 キューピットの間違いだろ。なんで誰もツッコまないんだよ。


「でも、そんなことかっちゃんは知らないから、幼なじみとして話しかけてくれる。私も半年ぶりに会えて、うれしくてうれしくて、若菜に配慮できてなかったと思います。突然、若菜の態度が変わってしまって……」

「若菜ちゃんもつらかったでしょうね……」

「孤立する私をかっちゃんは心配してくれたけど、私がちゃんと話しなかったのが悪いんだし、私と若菜がかっちゃんを好きだなんて話をかっちゃんにできないし」

 誰にも話せず、自分を責めるばかりか。この気弱そうな女子生徒には、たいそうな重荷となったことだろう。

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