第21話
絹衣がいなくなった夜。
いつもより暗く感じる道を歩き、九重は花屋『ラメダリ』へ足を運んだ。
太陽の光を浴びていないラメダリの花々はどこかしおらしく、甘い匂いも感じなかった。
「おかえりなさいませ、飆灯様」
「三じい、すみません、急に頼んだのに……」
「お気になさらないでください。この盾鷲、あの夜からこの身を飆灯様に捧げると誓っておりますので」
あの夜、というのは九重が帝三を悪童から守った夜のことであろう。
帝三が九重をラメダリに招き入れ、帝三の住居スペースであるリビングへ向かう。
帝三にはすでに事情を電話で話してある。
絹衣の大学で悪童と対峙したこと。白コート――
九重はコの字型のソファに腰を下ろし、口を開く。
「三じい、俺ぁまたひとり人を死なせてしまいました」
首輪をつけられていた黒スーツのことである。
九重は爆発直前、童魔を展開し、己の身を守った。しかし、黒スーツは跡形もなく消し飛んでいた。目の前で人が死んだのだ。
「俺ぁ焦っちまいました。童魔は究極的には想像力があればどうとでもできる。爆発しないよう童素で首輪をコーティングしてやればいくらでもやりようはあったのに、俺ぁできなかった。救える命を目の前で失ったんです」
取り返しのつかない自己嫌悪が九重を襲う。自分には力があるのだから、それを他者のために使わなければ、生きている意味がまるでない。自分なんて必要ない。せめて目に見える範囲の不幸は取り払わなければ、九重は生きる活力を保てなくなる。
「しかも、二島がさらわれちまって。友達すら危険にさらす俺ぁどうして今二本足で平然と立っているんだ? どうして涙が流れてねえんだ? 正しく生きてますか、俺ぁ」
絹衣のことは一緒に過ごす時間が増えたことで、『友達』と思うようになっていた。今まで九重に同年代の友達ができたことがなかったので、その感覚があっているのかはわからないが、少なくとも絹衣が友達であることを望んでいる自分を九重は見出したのだ。
だが、自分でも恐ろしいほど感情に波風が立っていない。他者のことを第一に考えようとしているのに、胸の内に渦巻くのが、沼のようにドロッとした自己嫌悪ばかりであるのが、心底気持ち悪い。
能面のように不気味な九重の隣で、帝三は穏やかな口調で言う。
「……さあ、私は六十そこそこではありますが、まだまだ人生の途中。ゴールに辿り着いていない未熟者の私には、何が正しいのかは答えかねますな」
帝三は後ろ手を組んで、やはり穏やかに笑った。
九重はそんな帝三の言葉に少し救われた気持ちになった。自分の人生はまだ間違っていない可能性が出てきたからだ。
帝三は少し前に出て、九重を優しく見下ろして、言う。
「私ごときでは旅のインストラクターは務まりませんが、お供ならどこへでもついてゆきますぞ。飆灯様がお進みになれば私も進みますし、止まられるのであれば、私も足を止めます。前の町に戻られるのであれば、喜んで舞い戻りましょう」
歳不相応に子どもっぽく目を細める帝三。
軽々しい肯定でも突き放したような否定でもない。決して見捨てず見守るという返答に九重の胸は温かくなった。
「ありがとうございます、三じい」
「滅相もございません、飆灯様。それでは今から武装いたしますか?」
「はい」
九重は首肯して、帝三から戦闘用のナイフを数本もらった。
戦闘態勢を整えて、九重はラメダリを後にしようと、出口まで移動する。
とはいえ絹衣の場所を把握していないので、まずは彼女を探すところから始めなければならない。洗練された九重の童素をもってしても、骨の折れる作業である。
ラメダリに来た時は雲に隠れていた月が、今は完全に顔を出している。
帝三は声を掛ける。
「今宵はあの夜のように月が明かるうございます。俯いていても、月光は道を照らしてくれるでしょうな」
ハハッ、と緩やかに帝三は笑った。
「いってらっしゃいませ、飆灯様」
「いってきます、三じい」
肩の荷がほんの少し軽くなった九重はラメダリに背を向けた。
その直後。
日常系アニメのキャラソンが誰もいない夜道で響いた。九重のスマホの着メロである。
「どうしたんすか、加藤さん? まさか愛の告白ですか俺ならいつでもオッケーすよ」
電話の相手は炎の悪童事件の時に会った雪の童器を持つ無童係の加藤結愛だった。
あの時、三人組のリーダー、川坂が「せっかくだから連絡先を交換しておこう」と提案してきて、九重はそれに応じていたのだ。
九重は自己嫌悪している自分を誰かに知られるのがもっと嫌なので、わざとおちゃらけた調子で電話を受け取ったが、電話口から聞こえる結愛の深刻な叫びが耳朶を打った瞬間、九重の意識は覚醒した。
『た、助けてください! ぬ、絹衣ちゃんが!』
「わかった。ゆっくり事情を話してくれ」
それから九重は結愛から、絹衣が何者かに誘拐されたという内容を聞いたのと、椅子に縛られて、スタンガンで拷問を受けている動画が送られてきたのだった。
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