第28話
盲愛のハゲワシの魔の手から逃げのびた日の深夜三時ごろ。
絹衣は結愛の家に泊まっていた。ひとりでいるのは不安だろうという結愛の配慮ゆえだった。
ふかふかのベッドで、同じ布団をかぶって、ふたり並んで寝転んでいる。
時間帯も相まって相当眠いはずなのだが、絹衣は一睡もできないでいた。
絹衣に合わせて、結愛も起きていた。
「眠れへんの?」
「ええ」
「子守歌、歌った方がええ?」
「いや、いい」
「ふーん、じゃあ九重と何かあったんや」
「え!?」
「あ、ほんまにあったんや、おもろ」
「……結愛?」
「ちょっとちょっと、図星つかれたからって抓らんとってや。絹衣ちゃんがわかりやすすぎるのがあかんねんで」
絹衣がジト目になっても気にしないとばかりにケラケラと笑う結愛。
そのままもぞもぞと寝返りをうって、ズイッと身体をピッタリくっつくまで寄せてくる。
「ちょっと、近すぎるわよ?」
「ええやん、女の子同士やし」
あろうことか、結愛はフッと耳に息を吹きかけてきた。
「ひゃうっ!?」
「それともこういうのは九重にされたいん?」
「だ、だからそういうのじゃないって」
「違うん? 今日なんか助けに入った時からずっと九重のこと見てたから、てっきりそうなんやと……」
「別に見てなんか…………見て……わたし、あいつのこと見てたの?」
「うん、ばっちしな」
「べ、別にそういうんじゃ――」
絹衣の弁明は最後まで続かなかった。
結愛は気を遣ったのか、あるいは面白くなりそうだと思ったのかフォローを入れてきた。
「まあ九重って変にやさしいとこありそうやもんなー」
「え?」
「あ、ウチも話したことはあんまないねんけどな。絹衣ちゃん助けに行くとき、一緒に潜入したんよ。そんときウチは正直足手まといみたいやってんけどな、九重はウチに劣等感を悟らせへんように気ぃ回しとったんよ。九重って余計なこと言うし言葉の使い方がめっちゃ下手くそやけど、やっぱそういうの目の当たりにするとやさしいんかなーって」
「……まあ、それはわたしもちょっと……ほんとにちょっとだけならわかるけど」
「素直じゃないなーこのこのっ」
結愛がツンツンと頬をつっついてくる。
ただ少しだけ結愛とは異なる感想を絹衣は抱いている。
九重はやさしいというか、どちらかというと義務感で動いているような気がするのだ。
自分の手の届く範囲であれば、すべて自分が解決しなければならないと、何かに追い立てられているかのように。
結果、九重の行動で多くの人が救われているのであれば、それは世の中的には有益なことだ。
だが彼の行動をやさしいと評価するのは、本人ではなく周りの人間。
やさしいは副産物でしかないのではないか。
そこまで考えると、九重を突き動かしている何かとは何なのか、非常に気になるところではあるが、絹衣はそれを口にしない。
結愛との会話はそこが論点ではないからだ。
ツンツンしてくる指をピッと摘まみ、絹衣は言う。
「たしかに危険を顧みず、わたしのことを助けてくれたことには感謝してるし尊敬もできるけど、好きとかじゃないから」
「えーほんまにー? 何か他に心境の変化とかないん?」
そう言われて、絹衣は濡れて透けた下着を見られた時のことを思い出した。
心境の変化――
絹衣は下着を見られた時、真っ先に『恥ずかしい』という感情が湧き上がったのだ。
このことは絹衣にとってはイレギュラーな事態だった。
絹衣は昔から下卑た視線で見られたり、セクハラまがいのことをされたりすると、『恥辱』よりも『憤怒』の方が湧きたつのである。
『最低、二度と近づくな』と脳内で(時には口に出して)罵ったり、『どうやって報復してやろうか』とはらわたを煮えくり返したりと。
いつもは明らかな『敵意』が浮き立つのに、今回ばかりは違った。
『九重にはこんな恥ずかしい姿、見られたくない』
脊髄反射でそう感じていた。
それも、身体が芯から火照るほど恥じらっていたのである。
確かに心境の変化はあった。ただし、その変化が一体何を表しているのか、絹衣にはぼんやりとその輪郭を捉えることはできても、答えにはたどり着けない。
本人が認めたくないからだ。
それでもひとりで抱え込むのが億劫になり、結愛にひとつ質問してみる。
「ねえ」
「ん?」
「結愛って好きな人に裸を見られたらどう思う?」
「へ? そんなん恥ずかしいって思うに決まってるやん」
「ふーん、ま、そうよね、普通」
「えーなになに、めっちゃ気になるねんけど?」
「別に、何でもないわ」
「絶対なんかあるやろ? 嘘吐いとるんバレバレやで」
「知ってる? 本当に大事なことを隠したいときは、たくさんのわかりやすくて小さい嘘に紛れ込ませると案外バレないものよ」
「意味深なこと言ってもウチは逃がさへんでー」
そうして結愛の尋問がやり直されるが、疲労がピークに達し、ふたりとも寝落ちしてしまった。
『好きな人に裸を見られたらどう思う?』
好きな人じゃなくても、大抵の人間は恥ずかしいと答えるのだろうが……。
そんな当たり前の返答は、絹衣に九重を意識させるには十分であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます