第39話
母が殺された。
自宅のリビングで、首をかき切られて死んだ。
まだ高校二年生――子どもの絹衣はクローゼットの中で失禁しながらも必死に身を隠す。
白コートを身に纏った犯人のひとりは、家に火を点けた。あっという間に燃え広がった。
若干のやり取りを終えると、母を殺した方は高笑いしながら家を出ていった。
「正義を執行しに来ました」
そう言って、長髪の男がこの場に残った。
どうしてこうなったのか、絹衣にはわからなかった。先ほどまで二島家では家族水入らずで食卓を囲んでいたというのに。突然、白コートの男がふたり侵入してきて、見せしめに母を拷問し、挙句の果てには殺害。父がクローゼットに隠れておけと言わなかったら、絹衣も白コートに何をされていたかわかったものではなかった。
父は涙を枯らしながら、しゃがれた声で懇願する。
「子どもにだけは手を出すな! 頼む……っ!」
見たことないほど厳めしい父の姿も印象的だったが、それよりも絹衣の中に渦巻いたのは、白コートに対する憎悪だった。
どうしてこうなった。なんでこんな目に遭わなきゃいけないのか。
絹衣は白コートの顔を凝視した。男なら珍しい長い黒髪も目を引くものがあったが、それよりも彼にはもっと目立つ特徴があった。
瞳の色が左右で異なるオッドアイだった。左が黒、右が紫であった。
しっかりと白コートの顔を脳に焼き付けたところで、天井が崩れ落ちた。
今しかない、と判断した絹衣の行動は異常なほど早かった。クローゼットを勢いよく抜け出し、一気に出口へと駆け抜けた。
もちろん父と一緒に逃げたい、まだ話したいことがたくさん残っている。そんな思いが絹衣には溢れんばかりに存在していたが、それでも父を置いて逃げるという選択が一瞬でできたのだ。どんなときでも論理的に、現実的に決断できるのも、絹衣の数多くの才能のひとつだったのかもしれない。
当然、逃げる絹衣の背中を白コートは追いかけてきた。
息を荒げ、ただ逃げることだけ考える。途中で母の左腕に躓きそうになるが、絹衣は足を止めなかった。
炎に焼かれながらも、玄関の扉を開けて、無事に外に出る。とはいえ安心することは一切なく、そのまま走り続けた。気が付いたら誰も絹衣を追いかけていなかったが、それでも逃げ続けた。
十数分の間、ノンストップで逃げていると、武装した無童係の集団に出くわした。どうやら白コートを追いかけてたどり着いたらしい。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 何があったか説明できる?」
「わ、わたしを無童係に入れてください!」
辻褄の合わない返答だった。
それだけ言って絹衣は気を失ったのだ。
後日、二島家が全焼。両親は焼死体となって発見され、犯人と思われる白コートふたりは逃走。この事実を絹衣は病院のベッドで聞いて、慟哭したそうだ。ようやく感情が爆発したのである。気の毒な性格だ、と絹衣のカウンセリングを担当した者が言った。
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