第38話
二島絹衣は昔から、我の強い女の子だった。
幼稚園の頃。
積み木の取り合いになってケンカを始めてしまった友達ふたりから、ケンカの元になった積み木を取り上げ、こう言った。
「これは今からわたしのものだから。ぜったいさわらないでね」
当然、ケンカに巻き込まれた。
しかし、そのケンカは絹衣が敵で、もうふたりが手を取り合っている構造だった。
絹衣の挑発がその子たちの仲直りのきっかけになったのだ。
ケンカしているふたりを止めるには、共通の敵を作るのがいい、と幼いながらも論理を組み立て、何のためらいもなしに正論をつきつけられる力が絹衣にはあった。
または小学生の頃。
クラス委員長を務めていた絹衣は、クラス内のいじめを許さなかった。
よく筆箱の中身を盗まれたり、給食のおかずに砂を入れられていたりしていた子がいた。そのことに気付いた絹衣は、いじめっ子に同じことをやり返したのだ。筆箱の中身を盗み、給食のおかずには砂を入れた。
当然、揉め事に発展した。
しかし、絹衣は言ったのだ。
「自分がやられて嫌なことを人にやるな、バカ」
普通は思うだけで言えないような正論も、絹衣は臆せずはっきり言う子だった。
では、絹衣のそんな強い一面はいかにして生まれたのか。
すべては家族愛ゆえだった。
たとえいろんな人に嫌われても、家族は決して自分のことを見捨てないという確固たる自信があったのだ。
父と母の三人家族。
絹衣は両親が異常なまでに大好きだった。
母はいわゆる専業主婦で、一緒にいる時間が長かった。絹衣は積極的に家事を手伝い、それを母は喜んだ。掃除や洗濯は成長するにつれて、どんどん手際がよくなり、単純に母の助けになっていた。だが、料理だけは一向にできる気配がなかった。目玉焼きひとつ満足に作ることができず、何度もたまごを無駄にした。それなのに、母は喜んだ。手伝ってくれてありがとう、と笑顔を絶やさなかった。
父は外資系企業に勤めているらしく、家にいる時間が短かった。父はとても忙しいと母からよく聞いていた。それでも父はたまの休みで家に帰ってきた時、必ず絹衣と遊ぶ時間を作っていた。近くの公園に連れて行ってもらうこともあれば、遠くの遊園地で一緒に楽しんでくれることもあった。絹衣が父に「疲れているだろうから肩たたきしてあげる」と申し出たら、「ありがとう。けどお父さんは絹衣と一緒に遊べるだけで疲れが吹っ飛ぶんだよ。だから今日は映画でも観に行こっか」と無邪気に言うのであった。
自分のことを第一に考えてくれる、そんな両親が絹衣は大好きだった。
だから、ある日のこと。
普段からいじめを取り締まる絹衣を邪魔に思ったのだろう。
いじめっ子たちは絹衣を排除する空気を生み出した。
ファザコンだ、マザコンだ、と小学生特有の無差別で気まぐれな罵倒を絹衣は真に受けた。床に叩きつけられて割れた皿のように絹衣の心は壊れた。
自分、あるいは周りの人間が傷つけられるのには我慢できていたが、親を侮辱されるのは絹衣にとって甚大なる苦痛だった。
「お前もお前の親もどっちもキモい」と罵られた時、絹衣は初めて何も言い返せなかった。
その言い分に納得させられたわけではなく、あまりのショックに身体がついていかなかったのだ。泣きそうになりながらトイレに駆け込み、吐いた。吐いてから泣いた。声を立てずに泣いた。それでも誰かに泣いている姿を見せることはなかった。ちっぽけな絹衣の強がりだった。
その日から絹衣へのいじめはエスカレートした。いじめっ子は男女を問わなかった。
女子からの陰口は日常茶飯事。体操服をハサミで切り裂かれ、木工用ボンドで掃除用ロッカーに貼り付けられたこともあった。
男子からは筆箱を奪われることが多かった。絹衣の筆箱を使ってよくドッヂボールをしていた。終わった後、中に入っていた鉛筆はだいたい折れていた。
そして教室内に誰も絹衣の味方はいなかった。教室内の全員が敵というわけではなかったが、味方が誰ひとりとしていなかったのだ。それがいちばんつらかったかもしれない。
以前の絹衣とは違い、向けられる悪意をスポンジのように吸収していた。溢れて絞っても悪意が消えることはなかった。むしろ吸収力を増していた。
端的に言うと、死にかけていた。
誰にも相談できず、いじめられている痕跡を必死に隠す日々。親には迷惑かけたくないという配慮が悪循環を生んでいた。
それでも絹衣のことが大好きな両親は見逃さなかったのだ。
確かに発見は遅れてしまったが、絹衣がいじめられていることを察した母は真っ先に抱きしめ、そして泣いた。「ごめん、ごめんね」と連呼した。
家の玄関での出来事だった。
もう我慢しなくてもいいんだ、と思った絹衣は後先考えずに決壊した。
母はそんな絹衣よりも多く泣いてあげた。絹衣の方が、泣き止むのが早かったくらいだ。
その日、父は仕事を放りだして、帰ってきた。たまたま仕事が早く終わったと言い張っていたが、嘘をついているのが丸わかりだった。
食卓で絹衣はあらましを話した。
一部始終を聞き終え、父は言った。
「絹衣は間違っていない」
頭をやさしく撫でた。絹衣はまた涙した。泣きべそを父のお腹でこすった。父は頭を撫でるのを止めなかった。
「引っ越しをしよう」
父の鶴の一声を咎める者はいなかった。
強いていうなら、絹衣が「そんな、わたしのためだけになんて、悪いよ」と申し訳なさそうな態度を見せたのだが、父は笑ってこう続けた。
「もし引っ越し先でも絹衣がいじめられるのなら、また引っ越ししよう。その先でもいじめられるならまた引っ越ししよう。だからいじめられたらすぐにお父さんかお母さんに言いいなさい。絹衣への愛情とお金はたくさんあるから、絹衣が心配することは何ひとつないんだ」
母は黙って絹衣の手をつないだ。その温もりが底なしの安心感を抱かせる。
「いいか、絹衣。正しさっていうのはすごく曖昧なんだ。肯定されていた正しさも場所が変われば一気に否定されることなんてざらにあるんだ。でもお父さんはこうも思う。正しさを貫く方だって、場所を選ぶ権利ぐらいはあると。絹衣の真っ直ぐな正しさをお父さんは間違ってるとは思わない。だから絹衣の正しさを肯定してくれる場所でお父さんとお母さんは過ごしてほしいんだ。健やかでのびやかに育ってくれれば何も言うことはないよ」
それから二島家は二度、引っ越した。
最終的に居住地を落ち着けたのは、絹衣が中学一年生の時だった。
転校生という立場ではあったが、そこの中学校の生徒や教師はとても温かく迎え入れてくれた。父の言う通り、場所によって正しさの認識はまったく異なっていた。
それでも絹衣は気を抜かなかった。
いつ誰から悪意を向けられてもいいように、絹衣はわかりやすい実力で対抗しようと決意した。学力と武力だ。
日々、努力を積み重ねて、学力は常にトップを維持。また、柔道、合気道、空手、剣道などなど、ありとあらゆる武道をもの凄いスピードで習得していった。元々、才能があったようだ。
絶え間ない努力と孤独の日々を送っていたから、友達こそできなかったが、幸い、いじめられることは一切なかった。あの子は凄い、と校内外で尊敬されるほどだった。
そして時は過ぎ、絹衣は高校二年生に。
有名私学に入学した絹衣は変わらず己への鍛錬を欠かせなかった。
そんなある日、教室でこんな会話を耳にしたのだ。
「親に感謝の気持ちを伝えるのって何か恥ずかしいよねー」
女子生徒が雑談をしていた。どうやら母親が誕生日らしい。
(そういえば、最近お父さんやお母さんにありがとうって言ってないわね)
別に両親が嫌いになったとかそういうわけでは決してない。今まで通り、母も父も絹衣によくしてくれている。ただ、意識的に感謝を伝えることがあまりないな、と漠然に考えた。だから、両親に何かプレゼントしようと思案したのだ。
校則上、アルバイトができず所持金が少なかったため、高価なモノは買えなかった。母には洒落たマグカップ。父には仕事で使える万年筆。プレゼントを贈るのが初めてだったから、喜んでもらえるか不安だったが、両親は感激してくれた。
「いつもありがとう」
絹衣のこの言葉がちゃんと伝わったとわかると、嬉しくてつい涙が流れた。
その時の両親の顔は、大人になった今でも忘れることはない。
だからこそ。
青天の霹靂ともいえる二島家を襲った悲劇は、絹衣の心のより深くに根付いたのかもしれない。
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