第40話
「
絹衣は十九歳、すなわち無童係に入ってから約二年で大出世を果たしたのだ。
両親の訃報を知った日。絹衣の面倒を見てくれることになった無童係のひとり――通称ピエロに絹衣が頼み込んだ。無童係に入れてくれ、と。
ピエロは無童係の中でも最強クラスの童貞ゆえにある程度、いや、かなりの融通が利く。
ピエロが進言したことで、絹衣は怪我が回復してから、試験を受けることになった。
内容はサバイバルゲーム形式での模擬戦闘。絹衣ひとりで下位クラスの無童係三人を戦闘不能に追い込むことが勝利条件。
結論から言うと、絹衣の圧勝だった。
中学の頃から培った身体能力は無童係でも十分通用するものだった。
実戦における感覚が鋭かった絹衣はメキメキと力をつけ、あっという間に高ランクへと昇進したのだった。
――雨の二島。
そう呼ばれたきっかけはまさに甲賀屋事件からだ。
事件当日は土砂降りの雨だった。
「島ちゃんの持つ『瀬織津姫』は雨の時に本領を発揮すると思うわ~」
ピエロのその助言は正しかった。
誰も手に負えなかった悪童をたったひとりで相手取ったのだ。
(この力があれば、いつか復讐を果たせる……)
この復讐心はピエロにすら打ち明けていない。
虎視眈々と機会を待ち続け、絹衣が二十歳になった時だった。
――髑髏と邂逅したのは。
ある任務を遂行中、単独行動をしていた絹衣に、白コートの髑髏が接触してきた。
「この顔に見覚えありませんか?」
差し出してきた、オッドアイの男の写真を一目見ただけで確信した。短髪になっていてもあの時の憎い顔は想起された。同時に髑髏への殺意も湧いた。白コートは奴の仲間の印だからだ。
絹衣は『瀬織津姫』で髑髏の喉元を切り裂こうとしたが、童素による身体硬化で防がれた。絹衣は髑髏が格上で、かなりの手練れであることを悟った。
髑髏は不気味なほど落ち着いた口調で、絹衣に提案を投げかけた。
「僕と君で彼を殺しませんか?」
「……何を企んでいるのかしら?」
「言葉通りの意味です。僕は彼を殺したい。そして君も、彼を殺したい。だから協力しよう、それだけのことです」
「勘違いしないで。復讐の相手は何もオッドアイの彼だけじゃないわ。あなたも粛清対象なのよ?」
「その気持ちはよくわかります。ですが、君程度の実力ではあの『八丁荒らし』には勝てないですよ」
「そんなことあなたに言われる筋合いはない」
「僕は八丁荒らしのすべてを知り尽くしている。彼の趣味嗜好や価値観、童魔のテーマなどをね。そして、今のままでは僕が八丁荒らしに勝てないということも」
「だからわたしに協力を申し出たと」
「もちろん君が僕を恨んでいるのも知っています。ですので、八丁荒らしを片付けた後は僕を殺しに来ても構いません。それまで一時休戦とするだけです。どうですか? 魅力的な提案ではありませんか?」
まるで世界を嘲笑っているかのようにつらつらと言葉を並べる髑髏に対し、絹衣は苛立っていた。しかし、絹衣は感情とは裏腹に、どこまでも論理的に行動ができる人間だ。髑髏の話が真実ならば、手を組むのもやぶさかではない。というよりも必要な過程なのだろう。真偽のほどを見極めるために、絹衣は条件を提示した。
「なら一度この目で彼を見ておきたいわ。あなたが嘘をついていたとしても、彼の居場所さえわかればいつでも殺せるし」
「そのことでしたら心配は不要です。元々、君には彼としばらく接触してもらうつもりでしたし」
「しばらく?」
気がかりなワードを繰り返す絹衣。髑髏は冷笑した。
「君が彼と身体的接触を試み、彼の童素を奪う。これが君に課したい協力内容です」
「童素を奪うって……」
「別に性交渉を強要しているわけではありません。手をつなぐだけでも童貞は童素を弱めてしまうことぐらい、ご存じでしょう?」
「や、理屈は理解できるけど、そう簡単に近づかせてくれるかしら?」
髑髏はまたもやくくっ、とニヒルに笑い、こう続けた。
「もし追い払われそうになったらこう言えばいいんです。『昔、あなたと寝たことがある』と。これで童貞の彼はほっとけなくなります。トラブルに巻き込まれている人間を彼は絶対に放置しませんから」
「バカバカしい……」
絹衣は呆れたようなため息をつく。
髑髏と距離を取り、踵を返す。
「……ねえ」
「何でしょう」
「最後にひとつだけ条件があるわ」
首だけを髑髏に向けた。
「わたしに殺させてくれるのなら、あなたに協力してもいいわ」
「決まりです。作戦の詳細は後日また伝えましょう」
そうして、絹衣と髑髏の、九重殺害計画が生まれたのであった。
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