第3話
「あたしは左から、香山は右から引き付けて。加藤は隙を見て後ろから奴を押さえろ!」
「「了解」」
駅前の大きな広場からやや離れたところに位置する大通り。普段は仰々しく自動車が走っているが、今は暴れている悪童とその対処に追われている『
「ハンッ。邪魔すんじゃねえクソ野郎ども!」
悪童と呼ばれているその男は、両手を前に突きだして、掌からメラメラと燃える炎を放つ。その様子は火炎放射器とそん色なく、周囲に建築物がある街中だと非常に危険であることは、想像に難くない。
「
魔法のような存在である童魔。
そしてその童魔を使って悪事に働く人間のことを、世の中では『悪童』と呼ぶのだ。
「くっそ。これじゃあ迂闊に近づけねえ」
悪童と対峙する無童係の内のひとり。茶髪で軽薄そうな男性、香山が不満をこぼす。
「グダグダ愚痴ってる暇はないよ」
三人の内のリーダー、黒髪ショートの川坂がたしなめる。
「でもさ」
「でもじゃない。できない理由を探すのはすべてが終わってから言えばいい。今はどうしたらできるかだけを考えなさい。あたしたちは街の治安を守る『無童係』なんだから」
――無童係。
これはあくまで通称。
正式な名称は警視庁公安部公安第一課第五公安捜査。
童魔の発達によって人類は様々な恩恵を受けている。だが同時にデメリットも存在していて、そのひとつが悪童である。童魔は確かに有用な力だが、護身用であるはずの拳銃が犯罪に悪用されるように、童魔も悪事に度々利用されることがある。
被害事例は多種多様だが、そのどれもが許される事態ではなく、それらを食い止めるために日本ではいたるところに『無童係』が設置されたのだ。
未だ炎で牽制してくる悪童から目を離さないまま、香山と川坂は会話を続ける。
「うぃっすリーダー。頼もしいっす」
「って言ってみたはいいものの、あたしも絶賛困惑中なのよね」
「マジっすか」
「マジです」
川坂は乾いたくちびるを舐める。
その乾きは悪童が放つ熱のせいか、はたまた緊張ゆえか。
いずれにせよ、そこに弛んだ空気は介在していない。
「おそらくあの悪童、クラスは4くらいあるんじゃないかしら」
「クラス4!? そんなの我々だけじゃどうにもできないじゃないですか」
「こーら。またそうやって弱腰になる。悪い癖だよ」
「そうは言ってもっすね、リーダー」
「大丈夫。もう応援は呼んであるわ。だからあたしたちがすべきことはあの悪童を倒すことではなく時間を稼ぐこと。できるだけ、いや人的被害は皆無で。いいわね?」
「よくないわけないんだよなー。だってそれが仕事ですし。……よしっ。覚悟は決めましたよ、リーダー。終わったら焼肉おごりっすよ」
「生意気な後輩だこと」
互いに口元をニヤリと歪めただけの笑み。正直なところ、彼らには死が見えているのだ。それほどまでにクラス4という事実が絶望たりうる判断基準なのである。
悪童は犯した罪の数や童魔の種類、威力によって危険度が分かれている。
1~6に危険度が分類され、1~3は下位、4~6は上位に振り分けられるのだ。
川坂、香山、加藤の三人はせいぜい下位クラスの悪童が専門だ。上位の悪童を相手取れるほどの力を有していない。
川坂が叫ぶ。
「加藤が背後に回り込んだわ。次はあたしたちの番よ、香山!」
「うぃっす!」
二手に分かれて、禍々しい炎を纏う悪童へ突っ走っていく。
「近づいたら灰に変えるって言ったよなああぁあぁ!」
怒号と共にバスケットボールほどの大きさをもつ火球を連続で放つ。
川坂も香山も全力疾走で、時に回避行動を取りながら火球を躱していく。そして逃げるだけでなく反撃も欠かせない。
腰に付けたホルスターから拳銃を取り出し、すかさず発砲。悪童も人間なので拳銃でも十分戦える。だがそれは相手が下位クラスなら当てはまる事実。
『
炎の悪童は激しい炎で全身を覆い、迫りくる銃弾をすべて受け止めた。どういうわけか銃弾は炎を貫通せず、まるで盾で弾かれたかのような音を立てて防がれた。
「なんだよ。銃弾がきかねえってホントに人間かよ」
電信柱に身をあずけながら、香山が毒づく。
「おいおい。某相手に拳銃だけ? 舐めてるの? 『
炎の悪童は余裕そうに嘲笑する。
「油断大敵」
川坂がそう独り言ちる。
「隙の無い強者が最も油断する時っていうのは、弱者を相手にしている時よ!」
川坂が目を光らせたのとほぼ同時。
炎の悪童の背後から唐突に加藤が現れた。
「影薄いことだけがウチの取り柄やから」
炎の悪童は加藤に対する反応が致命的に遅れ、振り向いた時にはすでに加藤の『童器』が振り下ろされていた。
『スカディ……凍らせて』
加藤が振り下ろしたモノは、斧の形をしていて、刃物の部分が確実に炎の悪童の肩口に到達した。加えて、傷口から徐々に凍り始めている。
「な、なんだこれはぁあぁ!?」
突如出現した刺客に驚きを隠せない炎の悪童。なんとか傷口から斧を離そうともがくが、凍ってしまっているため動けない。
そんな悪童の後ろで、雪のように冷静な加藤はギュッと『童器』の柄を握りしめる。
「ウチの『童器』は雪の童魔が組み込まれた代物やの。早く抜かへんかったら全身凍って仕舞いやで」
長い銀髪をなびかせる様はまさしく雪女のよう。無童係の下位クラスの制服が黒系統で統一されているため、よりいっそう彼女の銀色が美しく見える。
「や、やべえええぇ。凍っちまううぅぅうう」
加藤の優勢を目の当たりにした香山は「よっしゃーいけえ!」と盛り上がっていたが、川坂は居心地が悪そうに眉をしかめていた。
「なんだ、この違和感。ランク4がこんなにあっさりやられるか、普通」
川坂は拳銃をしっかり持ち直して戦闘態勢を維持する。そして相手をよく観察する。観察していたから気づけた。悪童の呼吸が異様に荒くなっていることに。
「加藤、離れろ!」
「凍っちま…………わねええぇぇえよぉおお。『
パチパチと小さな音が鳴ったと思えば、途端にバンっと爆発を起こしたのだ。
加藤は回避が間に合わず、至近距離で直撃。爆風による煙で加藤の安否はわからないが、先ほどまで炎の悪童を凍らせていた、斧の形をした『童器』が勢いよく香山の後方まで吹き飛ばされてきた。
しばらくして炎の悪童の高笑いが響いた。
直後、煙が晴れる。
川坂と香山は合流し、拳銃を構え、ふたりして目を凝らす。
「……ぁはっ、ぁぁ……」
「直前で童器の童魔を己の守護のために使ったか……。なかなかに判断能力の長けた女だ」
炎の悪童は苦虫をかみつぶしたような顔で、加藤の細い首を炎の触手で絞め上げている。彼女の足は地についておらず、まともに呼吸ができていない。危険な状態だ。
「あっちの二人は知らんが、お前は将来大物になりそうだなあ、某と出会っていなかったらの話だけどなあああぁぁあぁ」
「……っ、ぁ…………っ!」
悪童は触手の力を強める。これでは窒息死する前に首の骨が折れて死んでしまいそうだ。
「リーダー、ボクを止めないでくださいね」
「バカ。あんたが行っても何の役にも立たないわ」
「急に辛辣っすね」
「だからあたしが行く」
「それなら――」
「言うことを聞いて頂戴」
静かに、諭すように川坂は言う。
「あたしはね、もう部下が死ぬところを見たくないのよ」
「リーダー」
「あんたは生きて。可愛い可愛いあたしの彼氏さん」
それだけ言い残し、川坂は炎の悪童へ猪突猛進していった。
「うおおおおおお!」
「うるさいなぁ。タッパのある女がバカみたいに叫ぶな」
「そういうあんたはシークレットブーツで身長ごまかしてるみたいだけど、本当は何センチなのかしらね?」
「殺す」
川坂が銃口を向けたタイミングで、炎の悪童は掴んでいた加藤を川坂に投げ飛ばした。おそらく炎をブーストのように使ったのだろう。投げられた加藤の身体が尋常ではないほどのスピードで、川坂を襲う。
ぶつかった加藤と川坂は大通りに面している老舗の餅屋に激突した。店の前に置かれていたであろう食品サンプルが散乱していた。
川坂は吐血しながらも命に別状はなく、投げられた加藤の状態を確認する。
「グハッ……。んっ、おい、加藤。大丈夫か」
「……リーダー。はい、ウチはまだ戦えます」
「もういい。あんたは香山を連れて逃げなさい」
「いやです」
「これはリーダー命令よ。従いなさい」
「ウチの知ってるリーダーはこんなにヨレヨレやないです」
川坂が確認したところ加藤の容態は打撲以上のけがはしていないようだったが大変痛ましい光景ではあった。散らばる食品サンプルや瓦礫を押しのけて、おもむろに立ち上がる。
「あとは……そうですね。ウチ、一回命令に背いてみたかったんですよね。こんな痛快な気分になれるんやったらもっとはよからやっとけばよかったわ」
「……下から見上げても、やっぱり加藤は美人だな」
「ちょっと、いきなりなんなんですか」
「いや、大したことじゃないわ。ただ、明日もあんたの綺麗な顔が見たくなっただけ」
がしゃがしゃと音を鳴らし、川坂も腰を上げる。ふたりの眼光が射抜くのは炎を空高く舞い上げる、推定クラス4の悪童。
ゆらゆらと不気味に揺らめく炎は川坂と加藤の目と鼻の先まで迫っている。
「動くなよ。無様に逃げられたら、某の炎が周りの建物ごと焼いちまうかもしんねえぜ」
なおも冷笑を続ける炎の悪童。
その惨状をただ見ているだけしかできない香山。
「くそっ。ボクは結局何もできないのか。この意気地なし! ゴミクズがぁ!」
固く拳を握り、みずからの太ももを不用意に痛めつける。
「動け! 動け、ボクの脚ぃぃぃぃ!」
「ん、どうした。歩き方忘れちまったのか?」
突然、香山の背後からのんきな声音が聞こえた。
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