第35話
「イッヒッヒッ! 何だよこのNFの新作ラブコメは。なかなかにイカれた新人が出てきたもんだなぁ」
ある病院の一室にて。
九重は病衣を着て、ベッドに尻をつけている。上体だけを起こし、片手にラノベ。
入院して一日と経っていないが、傷はすっかり癒えている。肉体が回復の速さに追いついていないため、数日間の安静期間は必要になるが、それでも昔に比べれば非常に便利になったものである。これも童魔による技術が進歩したおかげだ。その進歩がルドベキアありきなのが、皮肉なことではあるが。
「心配して来てみればこの体たらく。あなた、人を小馬鹿にしないと気が済まないわけ?」
そう言ったのは絹衣だ。腰に手をやって、やれやれと首を振っている。
「ご無事で何よりでございます、飆灯様」
紙袋を両手に持っている帝三が目尻にしわをつくって笑う。
一応、九重は帰宅途中に事件に巻き込まれて、軽いやけどを負ったという事情になっているのだが、絹衣や帝三はまったく信じていなかった。
しかし、九重が頑なに真相を口外しようとしなかったため、絹衣たちはそれ以上追及してこなかった。
九重は読んでいたラノベをパタリと閉じる。
「二島がお見舞いとか笑えるな」
「どういう意味かしら?」
「おい待てって、戦闘態勢に入るの早すぎだから。誰もげんこつをお見舞いしろっつってないから!」
はあ、と絹衣はため息。
持っている袋からリンゴと果物ナイフを取り出し、シャリシャリと皮を剥き始めた。
「何か困ったことがあったらさ、たまには周りを頼りなさいよ」
「へいへい。サンキューな」
とん、と剥き終わったリンゴを、ベッド近くのテーブルに皿ごと置く。
「あ、困ったことできたわ」
「え、何?」
「何じゃねえよ。お前は病人にリンゴ丸かじりをご所望か!」
「ッッッ!? 贅沢言わないでくれる?」
「しかも皮剥くのに実をえぐりすぎて食べ残しみたいになっちゃってるよ? これを毎ターンずつ食べて、ちょっとずつHPを回復しろってこと?」
「たった今やるべきことが見つかったわ。あなたを
「誰かこの女からナイフ取り上げてー。皮をむきむきされるぅー」
「大声で変なコト言うな」
「変?」
「なんでもない!」
ゲラゲラと笑う九重。
ちょっぴりイラつき、眉根を寄せる絹衣はそそくさと果物ナイフをしまった。
「二島、今度は果物剥く練習をしてから来るんだな」
「それでしたら飆灯様。二島様はこの病院に向かう五分前まで練習しておりましたぞ」
「ちょ、ちょっと盾鷲さん、それは言わなくていい情報です!」
「お前、たまに健気で可愛いからずるいよな」
「なっ!?」
「まあだいたい睨んでくるけど……」
「それは九重が悪いからよ!」
絹衣はガサガサと荷物をまとめる。
「じゃ。また明日の昼に来るから。病院の人に迷惑かけちゃダメよ」
「田舎者坊主の母親か。かけねえよ、言われなくても」
「それでは飆灯様。最後に私から」
帝三は持っていた紙袋をふたつ、九重のベッドの傍に置いた。
「それではお大事になさってください。もう周りにはあなた様の身を案じる人間がいるのです。決してご無理なさらないよう」
「ありがとうございます、三じい」
別れの挨拶を済ませ、ガサゴソと帝三から預かった紙袋の中身を外に出す。
するとベッドの上に、着替えと戦闘用のナイフがばらまかれた。
(やっぱ俺が病院抜け出そうと思ってたのバレてたか)
帝三はどこまでも九重の考えや行動を許容してくれるというのだ。
九重の正しさは九重自身が決めろと。
裏を返せば、自分の人生の責任を余すことなくすべて背負えというメッセージでもあり、決して楽な道ではないが、敗北を喫した九重を鼓舞するには十分すぎた。
紙袋を漁っていると、奥に手紙が入っていたことに気付いた。
九重は丁寧に手紙を開き、中に記されていた言葉に目を通す。
目を通し終わって九重はフッ、と笑った。そこには――
『実はこの盾鷲、一念発起してライトノベルを書いて新人賞に送ることにしました。すでに原稿を書き終えており、ぜひ飆灯様に一度お目通しいただきたく存じます。ですので、すべてが終わったらラメダリにお越しください。いつでもお待ちしております』
達筆な字体でそう綴られていた。ラノベとは縁遠そうな字で、それが少し可笑しかった。
「六十代の書くラノベ読みてぇ」
九重は手紙を畳んで、袋に戻す。
それから、ベッド横にある、ほとんど芯しか残っていないようなリンゴを手に取って食べた。量は満足いかなかったが、味は甘酸っぱくて美味であった。
その日の夜。
飆灯九重が病室を抜け出したと、病院中で騒ぎになった。
病室の窓が開き、カーテンが怪しく揺らめいている。
月は厚い雲に覆われていた。
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