第22話

 九重が結愛からの電話を受け取る数時間前。




 絹衣が目を覚ますと、すでに椅子に縛られて拘束されていた。童器は奪われている。


 絹衣は辺りを見渡す。


 まるでエレベーターの内装みたく無機質な壁に囲まれている。部屋の広さは約六畳。


 ただひとつの扉がこの部屋にはあり、絹衣が目を覚ました直後、ガチャリと扉が開いた。


 スーツ姿の男と白いコートを身に纏った長身の人間が姿を現す。白コートの方はフードを被っていて、そこから鳥のくちばしのようなマスク、ペストマスクが覗いている。


 ペストマスクはマッチに火をつけようと、何度も挑戦しているが、一向に成功しない。


「あっれぇつかないよォ」


 声音で男だと絹衣は判別した。口調とは裏腹にかなり渋い声に感じた。


 コツコツと足音を立て、絹衣の前まで来た。


「いつもは一発でつくのに今日はつかなイ。それってお前が息吹きかけてるからだよネ!」


 ドスッ。


「あっは!?」


 ペストマスクの男は唐突に、絹衣の腹に蹴りを入れた。もちろん絹衣は息なんて吹きかけていない。


 細身の彼が放ったとは思えないほど重い威力で、不覚にも絹衣は目尻に涙を浮かべる。


 どういうわけかペストマスクは怯えた子犬のように身震いしている。


「ああぁ。思わず蹴っちゃったけど、これってお前の差し金だったりスル? 僕チンに蹴らせることが反撃の伏線だったりスル? あぁ、やだなァ。これだから他人はイヤなんダ」


 結局、ペストマスクはマッチをポケットに入れ、代わりに拳銃を取り出した。


 銃口を絹衣ではなく、背後の黒スーツに向けてためらいなく発砲した。


 額を撃ち抜かれ、即死。


 だが、ペストマスクは執拗に銃弾を死体に打ち込む。計五発。


「よし、これだけ撃てば死んだよね、ウン」


 汗をぬぐうような仕草をする。


「何を……しているの?」


 おそるおそる絹衣は言葉を紡ぐ。


 溌溂はつらつにペストマスクは答える。


「だってお前の仲間かもしれないよねェ。紛れ込ませたスパイかもしれないよねェ。だから僕チン、撃ったんだよォ」


「そんな可能性、一パーセントもないでしょう? それなのに仲間を撃つなんて……」


「えぇナニ? これも何かの作戦? 僕チンを貶めようとしているノ? って、まあそりゃそうか、だってお前、僕チンに誘拐されたんだもんネ」


 ペストマスクは椅子に縛られた絹衣の周りを歩きながらしゃべる。


 誘拐、という言葉を聞いて、絹衣はハッとする。


「そういえばあの後、学生たちはどうなったの? まさか……殺したの?」


「えぇ? あれは僕チンの作り出した幻影だから、最初から存在してないヨ。ま、土の悪童は僕チンがそそのかした本物だけどネ」


 絹衣は安堵する。


「よかった。傷ついてる人たちはいなかったのね」


「のんきだねェ。騙され囚われたのはお前だというのに、他人の心配するノ? 何考えてるかわかんないのニ。きっと僕チンをいつか殺そうとしているに違いないヨ、あれは」


 ペストマスクは足を止める。


「って、うっかり僕チンの童魔の特徴しゃべっちゃったよォ。あ、でもどうせこの女は今から壊すし関係ないカ」


 ポケットからスタンガンを取り出すペストマスク。


 そして躊躇することなく、電源を入れたスタンガンを絹衣の腕に押し付ける。


「んあああああああ!?」


「おっホ! いい悲鳴」


 気絶しないよう調節された弱い電流が絹衣の身体を襲う。


 一旦、スタンガンを離して、ペストマスクは悦に浸っている声で言った。


「僕チンはネ。たくさんの無童係を殺したいんダ。だからいつもひとりの無童係の悲惨な姿を送り付けて、たくさんの無童係をおびき寄せてるんだヨ。これまで殺した数は二十一人。お前もすぐに殺そうかと思ってたけどなァ……」


 視線で絹衣の全身を舐めまわした。


「殺さず、痛めつけている姿を見せた方がよさそうだなァ」


 スタンガンを再び押し付ける。


「あああああああああああはぁッ!?」


「ヤッばいなァ。こりゃクるもんがあるっテ。もう目的なんてどうでもいいから童貞捨てちまおうかなァ。でもここまでの努力を無駄にするわけにもいかないシ……」


「……はぁ、こ、このゴミ……あとで、あああっ……絶対殺すからっ……」


「じゃあちょっと電力強めますねェ」


 スタンガンの無慈悲な稼働音が少し大きくなる。


 小一時間ほど経った時には、絹衣はかなり消耗していた。


 なめらかだった黒髪は乱れ、汗だくの首筋に細い髪が張り付いている。痛みのあまり涙目で頬は上気している。ビクビクと小刻みに身体を震わせ、半開きの口からはよだれが垂れてしまっている。


「……っぁ……はぁ…………」


 不規則に行われる息切れが無機質な部屋に、虚しく響く。


 ペストマスクは絹衣の汗で濡れたスタンガンをハンカチで拭った。


「じゃ、いい感じに壊れ始めてるから、そろそろ無童係に送り付ける動画撮りますかァ」


 ペストマスクは黒色のスカーフを手に「僕チンのこだわりなんだァ。これつけるヨ」と絹衣の目を覆った。目隠しをされ、彼女の視界は奪われた。


「サ。第二ラウンドの開始だヨ」

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