第15話
「どうしよう、ダーツにハマってしまったわ。あなたもあとでやる?」
「俺はもうちょいキックターゲットやっとくわ……ってちげえだろ! なんで俺らは別行動してるんだよ!」
受付を済ませた九重たちは屋内の施設に興じていた。
色々な機械類が稼働しているからか、ゲームセンターのように賑やかである。
サッカーゴールが九つに分割されていて、それぞれの的がチカチカと人工的に光っている。そのそばで、よほどダーツにハマったのか、ホクホクとした顔の絹衣に物申した。
「俺らは二島の謎の記憶について探るためにわざわざふたりで遊びに来てるんだろ? 離れてたら意味なくね?」
「大丈夫、ちゃんと遠くからあなたのこと監視してたから」
「なにが大丈夫かわかんねえし、監視されてる俺、理不尽に疑われすぎ案件」
絹衣に鋭くツッコみつつも、九重は次のボールを指定位置にセットする。
この男もなにげにハマっている。だてにぼっちをやっていないようだ。
キックターゲットの施設外から絹衣が声を掛ける。
「何? じゃああなたはわたしとデートがしたいっていうの?」
スカッ。
九重の蹴りは見事に空振った。
「ま、待て。飛躍しすぎだ。俺ぁあくまでお前の記憶の真実を明らかにしたいだけであって、デートが目的ってわけじゃねえ、うん」
もう一度、助走距離を確保。走り込み、右足を軸に大きく左足を振りかぶった。
ボールの芯をしっかりと捉え、ゴールの右上に吸い込まれていった。
これですべての的を撃ち抜いた九重はそそくさとキックターゲットの施設を出る。
「か、勘違いすんなよ! 別に俺ぁ二島とデートがしたいわけじゃねえ。決して女の子とふたりきりでいれることにドキドキしてるわけじゃな、ないんだからねっ」
「ふーん」
九重がわざとらしくツンデレっぽいセリフを吐いてごまかそうとする。
絹衣は疑わしげに眉根を寄せて、じっと見据えてくる。
「うっ」と居心地悪そうに九重が一歩身を引くと、絹衣も一歩にじり寄ってきた。
そして上目遣いで一言。
「そっか。じゃあドキドキしてるのはわたしだけか」
「え!?」
一瞬、言ったことが理解できなかった。知らない英単語を聞かされたような気分だった。
パチパチと九重がまばたきを繰り返しているうちに、彼女は畳みかける。
「記憶の中とはいえ、わたしはあなたと付き合っていて、その上……エッッッなこともしてるのよ? そんな特別な相手、意識しないと思う?」
「な、な、な、なに言ってんだよ。いや、待てって……」
もはや、ふざけたり茶化したりする余裕もなく九重はひとりの童貞として焦っていた。
絹衣の呼吸音が聞こえるほど顔が近い。彼女のまつ毛が長いことを知る。制汗剤の匂いが鼻腔をくすぐる。
壁際まで追い込まれ、もう後ずさりはできない。
(やばいやばいやばい!!)
九重は無理やり絹衣を押しのけられない。
うかつに触れてしまえば、童素が弱体化してしまうためだ。
重力に引き込まれるかのように彼女から目が離せない。口も異常に渇いている。
「なーんてね」
絹衣は満足そうに後退し、制汗剤の匂いが遠ざかった。
九重は間抜けに口をポカンと開けているだけ。
いたずらが成功した子どもみたいに絹衣はクスクスと笑っている。
「まさかそんなに本気のリアクション取られると思わなかったわ、面白かった」
「こ、この! 童貞をからかうんじゃねえ!」
九重の声はまだ若干震えてはいるが、そこを絹衣に咎められることはなかった。
後ろ手を組んでいる絹衣は、九重の方を振り向いて言った。
「はいはい。それで? 次はどこに行くの?」
絹衣らしくない穏やかな問いかけに狼狽しつつも、九重は屋外の一角を指差した。
「あ、あれ、やろう」
「あら、奇遇ね。わたしもあれ、気になってたの」
意見が偶然一致し、ふたりとも初体験の『あれ』へと足を運ぶ。
またほんのり、制汗剤の匂いがよぎった。
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