第18話
蜘蛛の子を散らすように、学生たちが逃げ惑う。
全員己の安全しか頭になく、人の波を必死にかき分ける者や「どけ」と暴言を吐く者で溢れた。
九重たちも一度人の濁流に呑まれた。目の届く範囲で、転倒した者や怪我をした者を庇い、避難誘導に尽力した後、何とか人のいない大講義室へと脱出できた。
外は阿鼻叫喚の様相で、九重たちものんびりとしていられない。
絹衣は冷静に、かつ震えた声で訴える。
「体育館の場所なら知ってるわ。早く行って悪童を捕縛しないと」
震えているのは怯えているからではなく、怒りからだろう。彼女の正義感の強さが垣間見える。
九重も絹衣の気持ちに呼応し、「ああ」と頷く。
しかし、こうも続ける。
「まあ一瞬だけ待ってくれ。嫌な予感がする」
「待つなんて時間――」
絹衣が言い終わるまでに九重は手で制す。
ただ九重ものんびりとしたいわけではないのだ。
おもむろに人差し指を天に向け、呟く。
「花火の音が聞こえなかったことはあるか?」
すると、人差し指の先に白い童素が収束し始める。
「
集まった童素が飴玉ぐらいの大きさになったところで、宙へと打ち上がる。
大講義室の天井すれすれまで舞い、弾ける。
白い童素は花火のように光を散らし、白い蜜のような線を空中に描いた。ただし、弾けた際、花火のような爆発音は一切生じていなかった。
九重はそっと目を閉じる。
その瞬間、彼の聴覚以外の感覚器官は機能を停止した。
視界は真っ暗。無味。無臭。肌と空気の境目は溶けたようになくなっていた。
ただ聴覚だけは異常なまでに鋭敏になっており、すべてを知覚している。
目が見えなくても空気の流れを音として感知し、空間を認識できる。
ゆえに絹衣の呆気にとられた表情も九重にはすべてお見通しである。
「敵は五人いる」
「どうしてそんなことがわかるのよ」
「そういう童魔だからだ」
九重が感知したのは約五名。
騒ぎの中心であるからして、ひとりはおそらく主犯の悪童。
だが気になるのは残りの四人。厳密にいえば一人と三人に分かれている。
逃げ惑う学生の波に逆らうようにその場に留まっていて、なおかつ心拍が安定している人間は怪しむための根拠として十分だった。
九重は非常に落ち着いていて、感情に流されず的確に今やるべきことを思考する。
ふう、と短く息をつき、九重は指示を出そうとするが、絹衣に遮られた。
「わたしが主犯の悪童を止めるわ」
「大丈夫か、悪童についての情報はひとつもないんだぞ」
「舐めないでくれるかしら。これでも元無童係の白服だったんだから」
無童係はレベルにより制服の色が異なる。以前、炎の悪童と対峙していた無童係の制服は黒。黒は簡単に言うと下位レベルに当たる。反対に、白の制服は上位レベルであり、クラス4以上の悪童討伐の任務を受け持つことが多いのだ。
つまり絹衣は相当な実力者である。
かといって完全に安心できるわけではない。悪童についての情報がまったくないため、不測の事態に対応できるかどうか、九重は心配なのだ。
九重は重々しい口調で問う。
「任せていいのか?」
「ええ、もちろん」
「これって『わたしがひとりに注力するから、他の四人はお前が片付けろよ』って暗に命令してたりする?」
「わたしをなんだと思ってるのよ……」
呆れ混じりにため息をつく絹衣。
九重は大講義室の出口へと身体を向ける。
絹衣の方へ振り返らずに、言った。
「俺ぁ三人の方をちょっくら見に行ってくる。なんか嫌な予感がするんだよなぁ」
「わかったわ」
「俺と二島じゃこれが限界だ。もうひとりには手を割けねえし、そいつが参戦してこねえとは限らねえ。気ぃ張っとけよ」
「あなたに言われなくてもそのつもりよ」
九重と絹衣は大講義室を出た直後、各々の目的地へ向かった。
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