第11話 講義1━帝国とは━

 10時になる少し前。そろそろ講義が始まる時間だ。

 

「失礼いたします。宰相がお見えになっております。」

「お通ししなさい。」

「はい。」


 女官が宰相さんの来訪を告げると、私の顔をちらりと見た澪が侍女に指示を出す。

 えっと、ここは私が言った方が良かったのだろうか。


 そんなことを考えていると、宰相さんが部屋までやって来て挨拶をした。


「お早うございます姫様。昨日ぶりでございますな。この度は姫様の講師となる栄誉を賜り恐悦至極にございます。」

「宰相、担当者が決まるまでの代理ですよ。姫様に嘘を吹き込みませぬよう。」

「ほっほっほ。存じておるよ澪殿。」


 澪の窘める声にもどこと吹く風で朗らかに笑う。

 澪が事前に教えてくれていなかったら、私は宰相さんが私の教育係になったのだと勘違いしていただろうな。さすがにここで私に認めさせるだけでそのまま教育係に収まるようなことはないとは思うけど。

 さすがに国の重鎮だけあってなかなかに肝が太い。


「それでは時間もあまりありませぬゆえ、早速始めるとしましょうかのう。」


 そういうと宰相さんはなにやら持ってきた荷物の中から一枚の大きな巻物のようなを取り出した。


「姫様はまだ3つで本格的な講義は5つになってからですので、今は難しく考えずそういうものだと知っておいてくださればよろしいかと思われます。」


 だから今はまだ理解できなくても問題ないのだと告げる宰相さんに私はこくりと頷いた。


 宰相さんも3歳児にはまだ勉強は早いのではないかと思っているのかもしれない。

 …そう思われているとわかると、驚かせてみたくなってしまうけど、怪しまれても困るので我慢、我慢。


「ではこちらをご覧下さい。」


 机の上に広げられたのは地図のようだった。


「これは世界地図でございます。」


 え?これ世界地図なの?!

 そう言われ改めて見てみると、この書いてある文字は国名なのだろうか。見たところ少し横長の大きな大陸がひとつしか描かれていないけど、この世界には大陸がひとつだけなのか、それとも航海技術がなく他大陸を発見できていないのか。

 とはいえ、見た目的には地形もちゃんと書いてあるし、かなり正確なものに見える。実物を知らないのでなんとも言えないが。


 この地図がどこまで正確なものかは分からないけど、この世界には既に地図を書けるだけの技術力があるということだ。

 見た感じ平安時代みたいな景観だったから、そこまで文明が進んでいるとは思っていなかった。


「ほっほっほ。驚かれましたかな?地図というのは、その土地をできるだけ正確に絵にしたもなのですが、地図はとても貴重なものでしてな。所持するにも制限がかけられているのです。ここまでしっかりした世界地図があるのは大国であるからこそです。」


 そう話す宰相さんは誇らしげに見える。

 確かに地図って、簡単に見れる現代の地球とは違って相当貴重なものだろうし、軍事的にも広めることは難しい代物のはず。


 この国は帝国と名乗るだけあって思った以上に力のある大国であるようだ。


「簡単に主な国をお教えしましょう。いずれは全てを覚えていただく必要がございますが。」

「え"。」


 こ、これ全部…?

 さすがに地球ほどの数はないようだけど、それでも全部の国の名前を覚えないといけないとなると、結構な難題では。既に眩暈がしてきた。

 うう。やっぱり私に皇帝とか無理じゃないかな。


 項垂れる私などお構い無しに宰相さんの講義が始まった。


「世界には帝国を名乗ることができる国が4つございます。」


 宰相さんは大きな国を指差しながら説明する。


「東の帝国で東方諸国の宗主国、神竜帝国アゼルヴァン。西の帝国、神聖エーシェリオン皇国。南の帝国、朱彩国。そしてここが我らが北の帝国、玄天ノ国。」

「げんてんのくに……。」


 それが今いる私たちの国で、母上が治める帝国の名前。

 最北端に位置する大きな国を見て、ここが今の私の故郷なのだと噛み締めるように国の名前を呟いた。


「これらの四帝国がそれぞれの地方で最も大きな国力を持っていると言ってよいでしょう。統治方法は違いますが、周辺諸国においても絶大な影響力を持ちます。」


 帝国って名乗るくらいだもんねえ。私の帝国に対するイメージだと、周辺諸国を支配下においたり、属国を持ったりとあまりいいイメージはないけど。


 私の思考を読んだわけではないだろうけど、宰相さんは「では、帝国と王国の違いは分かりますか?」と意地悪な質問をしてくる。


「ええっと、ていこくはこうていがおさめていて、おうこくはこくおうがおさめている…?」


 恐らく求められている答えはこれじゃないような気がしつつも答えると、宰相さんは微笑みながら頷く。


「左様です。そのようなことをもうご存じとはやはり姫様は賢くあらせられますな。では、皇帝を名乗ることができる条件とはなんでしょう?」


 皇帝を名乗る条件…?

 難しい質問に、前世での知識をフル動員しながら「うーん…」と考えこむ。


 地球において帝国は、王国よりも広い土地を治めていて、複数の国家を支配下においている国……だったような?

 私のこれらの知識は歴史というよりファンタジー小説のものに偏っているから自信はないけど。でもそこまで的外れな答えではないはず。


「……おおきなくにで、たくさんのくにをしたがえている?」


 我ながら子供っぽい答えだなとは思うけど、簡単に言ってしまえばそういうことなんだろうと思う。


 私の答えに宰相さんは「ふむ。」と声をもらした。


「確かに、帝国という性質上そういった特徴はございます。ですが、それは皇帝を名乗る資格にはなり得ませぬ。」


 むむ。どうやら不正解だったらしい。

 やっぱり地球とこの世界とでは違うところが多々あるようだ。結構自信あったんだけどな。

 前世の知識を利用してちょっと驚かせようかとか考えていた自分が恥ずかしい。


「例えばですが、とある国が急激に国力をつけ、周辺の国を侵略し支配下に置いたとします。そのまま勢力を伸ばし、結果帝国よりも強大な国へと成長した。」


 一旦言葉を区切り、宰相さんは目を細めて私を見る。


「さて、ではここで問題です。帝国よりも力をつけたその国は、今の帝国に成り代わり新たな帝国を名乗ることが可能でございしょうか?」


 まさかのここで問題がきたか……。

 突然の問題に思わず唸りたくなるのを堪えて、腕を組ながら必死に考える。

 宰相さんの私を試すかのような少し楽しげな様子に、なんとなく絶対に正解してやりたい気持ちになった。


 さっき宰相さんは、私が答えた皇帝を名乗る条件は間違いだと言っていた。

 ということは、一番国力があるからといって皇帝を名乗れるわけじゃない。そうなると、そのまま自然に考えたら、勢力を伸ばした国が新しく皇帝を名乗ることは不可能だと考えられるけど。


 むむ。二択の問題とはいえ、私は自分でも驚くほどマルバツ問題を外す人だったからな。自信は全くない。


「ええっと、ていこくをなのることはできないんじゃないかとおもいます。」


 自信なさげに小さい声で答えると、宰相さんはにっこり笑って「正解でございます。」と言った。

 ふう。良かった。


 安心してほっとして息をつくと宰相さんは少し困ったように苦笑した。


「姫様はまだ学び始めたばかりなのですから分からなくて当然でしょう。間違えることを恐れることはございませぬ。これから学んでゆけばよいのです。」

「それは……」


 そうなんだけどね。

 気を遣ってくれているところ申し訳ないんだけど。言えない。問題出されて向きになっていただけなんて。


「あはは。こんどからはもうちょっときらくにかんがえます。」

「そうなさいませ。」


 宰相さんに優しく微笑まれてどこか気まずい。

 なんだか幼い子供に言い聞かせているみたいだ。いや、たしかに幼いんだけど!これでも中身は大学生だから!


「そ、それでこうていをなのるじょうけんとはなんなのですか?」


 話題を変えようと質問をする。

 結局その答えは教えてもらっていないままだ。

 そして、私はその意外な答えに驚くことになる。


「皇帝とは、つまり神を指す言葉なのです。神が統治する国を帝国と呼びます。」

「へ?」


 神?

 ああ。そういえば以前、母上と私は神の一族だとかなんとか言っていた気がする。

 人が統治する国が王国で、神が統治する国を帝国と呼んで区別しているってこと?

 でも正直神の一族だなんだと言われても実感がないというか。


 私が微妙な顔をしていることに気づいたのか、宰相さんは「神がなんなのか分かりませぬか?」と尋ねた。 

 私の中で神様は、世界を造ったとか、強大な力を持つとか、人知を超えた存在といったイメージなので、私がそれだと言われても納得ができない。私の考えている神様とは別のものなのかもしれないけど。

 というわけで、私はよく分からなかったので素直に頷いた。


「ふむ。では次回は神の物語、神話についてお教えしましょう。」


 その後は、近隣の国を覚えて今日の講義は終了した。

 なんとも気になるところで終わってしまい、明日の講義まで私はモヤモヤして過ごすことになったのだった。

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