第35話 そして32話の冒頭に戻る
回想を終えた私は再度深い、それは深いため息をついた。
何度振り返ってもこうなった経緯が分からない。
私が誘拐されたことを衛兵に知らせるという重大な役目を担うこととなった刃。私は刃が誘拐犯の拠点から離れて、衛兵の詰所に向かうところを見送った。
そして、たった一人で拠点にこっそりと侵入を果たした私は、子供たちが捕まっているだろう部屋を探して歩き回っていたが無事見つかってしまい、数名の誘拐犯との逃走撃を繰り広げた。
追いかけてくる人数が増えてきたところで捕獲され、明らかに浮浪児ではない私を見てやや戸惑った様子の誘拐犯たちにとりあえずという形で、狙い通り子供たちが収容されている部屋に放り込まれた。
そう。私は完璧に任務を遂行したのだ。
さあ、あとは助けを待つだけだと、一人達成感に浸りながら意気揚々と衛兵の到着を待っていた。
痩せこけてみすぼらしい服を着て絶望にくれている子供たちの中、一人だけ綺麗な服を着てニコニコと上機嫌な私を、たまに来る見張りらしき人物から頭のおかしいヤベーものを見たかのような視線に晒されながらも、文句も言わず大人しく待っていたのだ。
暫くして鍵のかけられた扉が再び開けられ、また子供が攫われてきたのかと思った私は、乱暴に放り込まれてきた子供の姿をちらりと確認して、そしてもう一度見て自分の目を疑った。
見間違いかと思って何度も目をこするが現実は非情だった。
「何してるん?」と尋ねる私に、「へへ。捕まっちまったぜ☆」と舌をペロッと出して言われたときには、思わずその顔面にパンチを炸裂させるところだった。とりあえずこめかみグリグリは喰らわした。
取り乱して叫び出さなかった私を誰か褒めて欲しい。
そしてこの馬鹿…、じゃなかった。刃の話によると、私と別れてからは当初の予定通り衛兵の詰所に向かっていたらしい。
だけどその途中で、頭から足元まで真っ黒な上着をすっぽりと被った怪しげな人物が目の前に現れた。
ここら辺では見たこともない出で立ちに不審に思った刃だったが、役目を優先して走り去ろうとしたところその人物に行手を阻まれあっさり捕まり、人買いに引き渡されてしまったとのことだ。
よりにもよってなんでこのタイミングでー!?と絶叫した私は悪くない。
「ということは、その怪しい人物は人買いの仲間だったってこと?」
「さあ?奇妙な服を着てたし余所者なんじゃね?でもあいつはただ者じゃねえよ!この疾風の刃と恐れられる俺をああも簡単に捕まえたんだからな!」
と何故か威張るように語る刃に私はジト目を向ける。
そもそもあんた、刃って呼び名がついたのはほんの数時間前でしょうが。むしろ刃って呼んでいるのは私だけだろうに。
勿論、私は疾風の刃と呼んだことは一度もないことは明記しておく。
「はあ…。これからどうするべきか。」
私が深刻な顔をしてため息をついたせいか、さすがに計画が失敗したのは自分のせいだと分かっているため、刃も後ろめたくなったようでバツの悪い顔をして謝った。
「悪い。あいつらを助けないといけねえのに捕まっちまって。俺もまさかあんな手だれが潜んでいるとは思わなくてさ。」
「……。」
子供一人捕えるのにどれほどの手だれが必要かはおいておくとして、これで完全に当初の計画は頓挫してしまった。
助けを待つだけの簡単なお仕事のはずだったのに、助けが来ないとなるとどうにかして刃だけでも脱出させる必要がある。
「分かった!俺が脱出できればいいんだな!」
「え?あ、いやちょっと待っ…」
私の制止の言葉も聞かず一人勇んで扉に突撃していった刃はすったもんだの乱闘劇を繰り広げ……
そしてボッコボコにされてボロ雑巾のようになって戻ってきた。
「何してんの…。」
ボコボコに殴られ顔を腫らして気絶している刃は元々みすぼらしい姿だったが、さらに酷い有様になっている。
うん。これは一個くらいたん瘤が増えたところで大した違いはないんじゃなかろうか。と、拳を握りしめながらそんなことを考える。
ちょっと離れている間にあんなにシリアスを漂わせていた刃のポンコツ感が増しているのは何故だろう?
とにかくこの騒動のせいで見張りが厳しくなり、脱出しようにも身動きが取れなくなってしまった。
いい考えも思い付かずどうすることもできないまま私は誘拐された子供たちと、ついでに気絶した刃も一緒に荷車の荷物入れに押し込まれた。
どうやら場所を移動するようで、ガタゴトと荷車がゆっくりと動き出す。
刃もここは数ある拠点のひとつに過ぎないって言っていたし、これからもっと大きい拠点に向かうのだろうか。もしかしたらそこには刃の仲間もいるかもしれないし、ここまで来たのならいっそ情報収集に切り替えた方が利口かもしれない。
と前向きに考えながらも、やはりため息が出るのは抑えられそうになかった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
頭を抱える私を一人の子供が心配そうに見上げている。
「ああ。ごめんごめん。私は大丈夫だよ。」
隣にいる子供に笑顔を向けて頭を撫でると、その子は嬉しそうに「えへへ。」と笑った。
この人懐っこい子供はパロという名前で、名前から分かる通り外国から商隊と共にこの国へやってきたらしい。確かにそう言われると、日本風のこの国の人たちとは違ったエキゾチックな顔立ちをしている。
私がここに連れてこられた時、パロの外見がこの国の人とは違うからか、他の子供たちに一人遠巻きにされていたので話しかけたところ意外にも懐かれてしまった。
表情も体格も、ガリガリに痩せこけて不幸オーラを纏った浮浪児たちとはあまりにもかけ離れているため不思議に思っていたが、そもそも浮浪児ですらなかったのならそれも納得だ。
人買いたちは、外国の子供なら足はつかないとでも思ったのだろうか。それとも珍しいから高く売れるとでも考えたのか。外交問題とかにならないかちょっと不安だ。
ともかく、ただでさえこんなにもまだ小さな子供が祖国を離れて外国を旅しているなんて大変だろうに、こんなところで誘拐されてしまうなんてこの子が不憫でならない。
「絶対お姉ちゃんがパロを助けてあげるからね!」
「うーんとね、ぼくはお姉ちゃんがいるから怖くないよ。」
「ええ子や…!」
怖いだろうに笑顔で健気に振る舞うパロをひしっと抱き寄せる。
こんなにも可愛らしい子になんて仕打ちを!人買いども許すまじ!
こいつらを逮捕したらドロップキックのひとつでもお見舞いしてやらないと気が済まない!
やる気を新たにした私はまずはこの状況を打破するための作戦を考えることにした。
刃はちょっと頼りにならないし私一人でなんとかしなくちゃ。このままじゃドロップキックを炸裂させるどころか、私が表舞台からドロップアウトしかねない。
再び静かになった荷車の中、私は小さい頭で必死に考えを巡らせる。私たち以外の子供たちは全く喋らないので正直不気味だったけど考え事をするにはちょうどいい。
ガラガラと一定に続く車輪の音と子供たちの息遣いだけが耳に届く。
やがて荷車は段々と速度を落とすと目的地に着いたのかゆっくりと停止した。
荷車の速度と時間からしてそこまで遠くまでは行っていないはずだ。中からは外の様子が分からないので絶対とは言えないけど、街の外にすら出ていないんじゃないだろうか。
もしかしたら子供たちが売りに出される場所はこの街の中なのかもしれない。ここは帝国の都というだけあってこの国で最も広い都だし、多くの人が集まるからここで競売が行われても不思議じゃない。
そう考えると希望が見えてきた。
ここがどこかは分からないけど、街の中ならば衛兵の詰所は街の至る所にあるから、状況を知らせるチャンスは必ずあるはずだ。
少し気持ちに余裕が出るとふと周りの音も聞こえてくるようになった。
どうやら外にいる見張りが交代するようで話し声がボソボソと聞こえてくる。中にいるのは子供だと思って油断しているのか、今までも見張りは度々荷車の近くで普通に会話していたので少しでも情報が欲しい私にとっては好都合だ。
見張りの声が聞こえる場所に移動して私は耳を澄ませた。
◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れさんです兄貴。今回は結構時間かかりやしたね。」
「おお。お前か。ギリギリまでガキの追加があってよ。しかも今回はやけに威勢がいいやつがいやがる。ったくめんどくせぇったらありゃしねぇ。」
「へえへえ、それはそれは。どいつもこいつも死んだ目をしているかと思えば、まだそんなやつもいるんですねえ。それで、こいつらも競売場に運べばいいんですかい?」
「あ?…そういやぁ、お前は最近ここの配属になったばかりだったか。こいつらはいい。もう行き先は決まってるからな。」
「へ?そうなんですかい?こいつらにもう売り手が?しかもこんな数?」
「ああ。ガキを一定人数やつらに売り渡す予定だからな。ちっ、しかも今回は無理難題をふっかけやがって。金払いはいいがいけすかねえやつらだぜ。」
「兄貴、やつらってぇと…」
「ほら。あの頭から上着を被った顔も見せねえ不気味なやつらがいるだろ。あいつらのことさ。」
「ああ。あの怪しいが腕の立つっていう集団ですかい。」
「そうそう。そいつらだ。なんでも外の国の…、おい、ちょっと耳を貸せ。」
「…えぇ!?それって叛逆者の」
「しっ!声がでけぇぞ!万が一でも誰かに聞かれたらまずいだろうが!」
「で、でもよぉ兄貴。あいつらに関わるのは流石にマズイんじゃねえですかい?」
「ああ。即座に首が飛んでもおかしくはねえ。だが、俺たちに決められるようなことでもねえしな。さっきも言ったがやつらは金払いはいいらしい。なんでも倍以上の値でガキを買い取ってるって話だ。その先のことは知らねえがな。」
「だけど兄貴。それじゃガキ共は…」
「まあ、国の外へご招待ってな。やつらがガキを集めてなにをしているのかは知らねえが、売られたガキのその後までは俺たちの知ったこっちゃねえ。お前の言いたいことは分かるが、俺たち下っ端にゃあどうすることもできねえよ。そもそも仕事を選べる立場でもねえしな。」
「だけどよぉ兄貴。いくら浮浪児ってぇも、さすがにあんまりだ。神に見捨てられた地じゃあ、大人だって生きられねえよ。そんなところに」
「やめろやめろ。要らねえ情を持つんじゃねえ。ガキ共がくたばる前に、お前が組織に消されるぞ。俺たちは何も考えず黙って言われた仕事をこなしてりゃいい。そうすりゃ他より高い金が手に入る。いい飯も食えるし酒も飲める。女だって抱ける。そうやってガキのことは忘れろ。分かったな?」
「…へい、兄貴。」
◇◇◇◇◇◇◇
「めちゃくちゃ不穏なことしか言ってないんだけど?!」
軽い気持ちで聞き耳立ててたらとんでもない話が聞こえてきてしまった。なにも知らないままでいるよりは良かったと思うべきなんだろうけど、それにしたってあんまりだ。
できれば知りたくなかった会話の内容に私は今後どうするべきか頭を抱えたのだった。
水神の姫君は転生者 北ノ双月 @korokoro-omuraisu
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