第34話 作戦、開始…?

 私も自分が動く決心がついたところで、私たち二人は子供たちを救出するために協力することになった。


「俺は認めてねーぞ!」

「往生際が悪いなあ。自分の力で彼らを助けたいのは分かるけど、あなたみたいな子供だけじゃ無理だって何度も言ってるでしょ。」

「お前だって変わんねえだろ!」


 そんな威勢のいい姿を見せてはいるけど、今のままでは救出は困難であることを、聡いこの子は誰よりも理解しているはずだ。……してるはずだよね?


「そもそもお前には関係ねえだろ。なんでわざわざ首を突っ込もうとするんだよ?」

「なんでってそれはもちろん…」


 ーー私がこの国の皇太女として彼らを救うべきだと思ったから。


 ーー国の方針に納得がいかなくて、間違っていると思ったから。


 ーー彼らの境遇に同情してしまったから。


 そしてなにより、この子の覚悟とあり方を尊いと、私もそうでありたいと思ったから。


 挙げれば様々な理由があるけど、それを全部正直に伝えるわけにもいかない。

 それに彼が私にそう尋ねてくるのは、初対面の私がただの善意で自分に協力してくれるとは信じられないから。私という存在に対する不信感からに他ならない。

 彼らの境遇を考えれば警戒して当然だろうし、他人からの善意を無邪気に信じられるほど、彼は馬鹿じゃない。なにか思惑があると考えて当然だ。


 だから私が今答えるべきなのは、義務感や同情など不確かな感情からの理由ではなく、協力することによって私が得られる目に見える利益。


「言ったでしょ。あなたを貰い受けるって。」

「は?あれって本気なのかよ?そもそも俺はいいとこのお嬢ちゃんが欲しがるような容姿も能力ももっちゃいないぜ。」


 そんなものがあればこんなところにはいないと自嘲気味に鼻で笑う。

 そしてその目には今までなかった私に対する軽蔑の色が浮かんでいるのが見えた。


 …私も人攫いと同類に思われたかな。高貴なお嬢様が戯れに玩具を欲しがっているように見えたのかもしれない。

 それは、ちょっと、心外だ。色んな意味で。


「そう自分を卑下しちゃ駄目だよ。無謀だけど理不尽に立ち向かう勇気。一人で拠点を見つけ出した行動力と情報収集能力。その年で己すら危険にさらすほど仲間思いで自己犠牲もできる。訓練も受けていないただの子供が簡単にできるものじゃない。」


 そう。普通ならみんな自分の身が一番可愛い。だから他者を見捨てて知らないふりもできた。

 頼れる者もいないたった一人の平凡な子供が立ち向かうにはあまりにも非力。諦めたところで誰も非難はしないだろう。

 けれどそうはしなかった。それは誰にでもできることじゃない。


 突然向けられた賞賛の言葉に、彼は照れる以前になにを言われているのか理解できないといったように呆然としていた。

 褒められることに慣れていないのか、そもそも賞賛されることが予想外だったのか。

 もしかしたらそれはこの子にとって出来て当然のことだったのかもしれない。


「…別に、そこまでのことはしてねえよ。それに俺がいくら頑張ったってあいつらを助けることができるわけじゃない。」


 彼は居心地が悪そうに私から視線を外して口ごもる。

 私はそんな彼に自信満々な笑みを向けた。


「だから私が協力するんだよ。私には君の仲間を助けるための計画がある。もちろんただじゃないよ。全てが上手くいったら君は私に仕えてもらう。対価は君自身だよ。」

「俺、自身…?」

「君は言ったよね。剣士になって名を挙げる夢があるって。このままここにいてもその夢は叶えられない。私についてくれば知り合いに剣を教えてくれるよう頼んであげる。その代わり、君が得た力で将来私を守り、そして困難や理不尽を切り捨てる、私だけの剣になってほしい。」


 正直なところ、彼に剣の才能があるかは私には分からない。

 私を護衛するのは、この国で最高の実力を誇る選りすぐりの精鋭たちだ。私が引き取っても、その中で多くの才能のある者たちに囲まれ、実力を発揮できず埋もれていってしまうかもしれない。


 でも今重要なのは、素直に善意を信じられない彼のために、私が協力するに足る理由を彼が持ち合わせていると認めさせることだ。そうじゃなきゃ、彼は最後まで私の提案を拒むだろう。

 だから全てが終われば、その後の選択は改めて彼自身に委ねるつもりでいる。ここまで大見得を切ったのだから、少なくとも剣の師匠を紹介するぐらいはしないとなあとは思っているけど。

 純粋な子供を騙すような形になってしまい心苦しいけど、今は時間がないから許してほしい。


 まあ、それとは別に彼が自分を価値がある存在だと知ってもらいたかったというのもある。だから彼に送った賞賛は別に嘘ってわけじゃない。

 才能の有無とは別として、彼は皇太女である私の人生を変えた存在と言っても過言ではないのだから。


「俺をちょうだいってそういうことかよ…。」


 彼は目を閉じ少し考え込んでいるようだった。

 彼の選択を邪魔しないように私は口を閉ざし、少しの間私たちの間に静寂な時間が流れる。

 だけど、彼が答えを出すのにさほど長い時間は必要なかった。


「…分かった。どうせ俺は考えなしに突っ込むことしかできない。お前に策があるんなら乗ってやるよ。正直俺にそこまでの価値があるとは思えないけど、欲しいならくれてやる。それであいつらを助けてやれるなら、俺は構わない。」

「…よし。契約成立、だね。」


 私は厳しい顔をしている彼に笑みを浮かべて手を差し伸べた。


「これからよろしく。ええーっと、そういえば君名前は?」


 私はこれだけ話している相手を君とか彼とかしか呼んでいないことに気づいた。


「名前?浮浪児にそんな上等なものがあるわけねえだろ。そんなものは親に大切にされているやつが持つもんだ。」

「ええ?でもそれじゃ不便でしょ?今までなんて呼ばれてたの?」

「大将。」


 …大将。それって役職名じゃん。浮浪児たちのリーダーってこと?

 確かにさっき仲間のことをヒョロとかチビとか呼んでいた気がするけど。


「なんだったら、お前もそう呼んでいいぞ。」

「だが断る!」

「なんでだよ!」


 いや。なんか大将呼びはちょっと…。

 それに私がそう呼ぶのは色々とまずい気がする。


「じゃあもう勝手に好きなように呼べよ。」

「え?いいの?」

「呼び名くらいなんでもいいだろ。」


 面倒くさそうにそう言い放つ彼は、本当にどうでもいいと思っているように見えた。

 本当になんでもいいのかな?私がポチとかタマとか呼んでも怒らない?


 まあ、私が勝手に名前をつけるわけにもいかないし、コードネームみたいなものだと割り切って考えればいいか。…なにがいいかな?


 私はまだ幼い目の前の少年をじっと見つめる。


じん…なんて、どうかな?」


 今の彼を言葉で表すとすれば、未だ研がれていない、剣とも呼べないような荒々しい未熟なやいば。さっきは彼に私だけの剣になってほしいとお願いしたけれど。

 願わくば、私も含め誰かに使われる剣ではなく、彼自身が自分の信念を貫けるやいばとなりますように。


 そう想いを込めて私が名前を口にした瞬間、目を見開く彼の頭上から優しい光が降り注いだ。その光景はまるで神が彼を祝福しているかのように美しく神々しい光景。

 予想外の出来事に唖然としていると、やがて光は彼の中にすっぅと入って消えていった。


 …いや、今のなんぞ?


「…お前、なにしたんだよ?」


 明らかに私がなにかしたと確信しているような顔で見てくるので慌てて否定する。


「私はなんもしてない!」

「そんなわけあるか!」


 た、確かにタイミングから考えると私が怪しいと思うのも仕方ないけど。ほ、ほんとに私のせいじゃないよ?…たぶん。


「い、今はそんなことよりあなたの仲間を助けることが先決でしょ。」


 やや目を逸らす私をジト目で見ていた彼だったが、一度ため息をつくと諦めたように「分かった。」と言った。よし、勝った。


「じゃあ作戦を話すね。でも実際に助け出すのは私たちじゃない。どんなに足掻いたところで子供2人にできることは限られている。だからこの作戦の肝は、いかにして衛兵を動かせるかにかかってる。」

「でもあいつらが俺らのために動くことはねえぞ。」

「そう。だからまず、私が捕まる。」

「……は?」

「そして君が私が捕まったと衛兵に通報する。これで完璧。」

「まてまてまて!なんでそうなるんだ!?」


 衛兵が動かないのは、誘拐されているのがいなくなっても困らない浮浪児だから。

 ならば浮浪児ではない子供が誘拐されたら?さすがに衛兵も動かざるを得ないはずだ。


 問題は今回誘拐される予定なのが、この国の皇太女という点。

 だいぶ、いやかなり、いやとんでもないほどの騒動になる予感しかない。だからこの作戦を実行する決意をするのにだいぶ時間がかかった。

 別の子供を連れてきて、ちょっと誘拐されてきてくれなんて頼めるわけもないし。

 でもこれが、私が思いつく中で一番確実な方法だ。


「あなたの言うようにいい所のお嬢さんである私が捕まれば、さすがに衛兵たちも動くと思う。だからそれを知らせる役目を任せるよ。大丈夫。私はあなたのために全力を尽くすって決めたから。」


 私のその言葉に、驚愕に開かれていた彼の目に段々と覚悟がこもっていく。


「……あなた、じゃねえだろ。」


 ぷいっとそっぽを向きながら目の前の少年はぽつりと呟く。よく見ると耳の先がほんのりと赤く染まっていた。


「うん。そうだね。よろしく頼むよ刃!」


 私たちは二人でニカリと笑ってまだ小さな拳をこつりとぶつけ合った。


 もしかしたら、人買いたちも明らかに浮浪児じゃない容姿の私を誘拐しようとは思わないかもしれない。なので私はこれから一人で拠点に潜り込み、誘拐されている子供たちに紛れ込もうと考えている。

 その間に刃には衛兵に私が人買いに連れて行かれるところを見たと証言してもらい、ここの拠点まで案内してもらう。念のために私の持ち物を持たせて。

 そうすれば衛兵たちもさすがに見過ごすことはできず、浮浪児だけを狙うことで目溢しされていた人買いたちはお縄につき、晴れてみんな解放されて万事解決!



「……って、なるはずだったんだけどなぁ。」


 捕まった子供たちが押し込められている暗い檻の中、先程お互いの健闘を讃えあって別れたはずの少年が何故か私の隣で転がっているのを見て、私は何度目か分からないため息をついた。


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