第33話 それぞれの選択

「お前、頭おかしいんじゃねえの?」


 なんて真面目な顔で本気のトーンで、失礼なことをのたまう子供に私は笑顔のまま頭ぐりぐりをお見舞した。


「イタタタタッッァ!」


 大袈裟なまでに痛がって地面を転げ回っている。

 まったく…。貧弱でか弱い美少女に頭ぐりぐりされたぐらいで男の子が情けない。

 ちょっと頭から煙が出ているだけなのに。


「お、お前!まじで頭割れるかと思ったぞ!死んだらどうしてくれんだよ!鬼!悪魔!人でなし!」

「なに?もう一回ぐりぐり味わいたいって?」

「ごめんなさい。」


 私はにっこりと拳を握る。

 まったく。そんな言葉どこで覚えてきたんだか。こんなに愛らしい幼女に向かって鬼や悪魔だなんて。

 これは教育が必要ですなぁ。ふふふ…。


 突然体を震わせてしきりに首を傾げながら腕を摩り始めた少年を尻目に、私はこれからどう動くべきか考える。


 考え得る中で最も安全なのは、二人で一端この場を離れ衛兵に知らせて誘拐犯を捕らえてもらうことだ。

 少年は取り合ってもらえるはずはないとは言っていたが、それは私がいれば解決するはず。

 問題は私が皇太女だと身分を明かして信じてもらえるかどうかだけど、一応私は身分を証明するものは持ち歩いているし、たぶんそれがなくても今頃澪たちが必死に私を探しているはずだから、名乗り出れば連絡が届き即座に保護されるはずだ。


 だから本当に問題なのはその先。私が保護された後だろう。

 澪たちの話によると、人買いは半ば国の上層部に黙認され国中で密かに行われているらしい。勿論法律的には違法なので公然に行われているわけではないだろうけど。

 つまり私が訴え出たところで曖昧にその場を濁され、結局有耶無耶にされる可能性が高い。それどころか先ほどの澪みたいに、必要悪なのだと諭される可能性も十分にあり得る。

 いくら私が皇太女といってもまだ5歳。政治的な問題に口を出して聞き入れてもらえるとは思えない。もし行動を起こすとしても、信頼できる大人を味方につけた上で色々な根回しが必要になるだろう。

 だけど今は子供たちの身の安全がかかっているからそんな悠長にしている時間は今の私にはない。

 理想は私が身分を明かした上で、上に伝わる前に多少無理矢理にでも命令して即座に誘拐犯捕縛動いてもらいたいところだけど、難しいだろうなあ。

 まず私の身の安全が最優先され、即座に皇宮に連れ戻されるのが目に見えている。その後のことは、周りに隠されてしまえば私に知る術はない。


 それに……


 今にも拠点に乗り込んで行きそうな雰囲気の少年をちらりと盗み見る。

 この子が大人しく言うことを聞いてくれるとは思えないんだよなあ…。

 まあ、彼にとって家族同然の仲間たちを攫われているんだ。焦って無謀な行動に出たとしてもおかしくはない。

 それに彼のこの国の衛兵に対する信頼は地に落ちていると言っても過言ではない。私が衛兵を頼ろうと説得したところで聞く耳は持たないだろう。


「はああぁぁーー…。仕方ないね。プランBでいくか。」

「ぷらんびー?」


 聞き慣れない単語に不思議そうに首を傾げている少年に私はビシリと指を突きつける。


「その名も、『お姫様を救出しろ!大作戦』よ!」


「………。悪い。俺、この後用事があって。」


 いそいそとどこかへ行こうとする少年の首根っこを捕まえて引き戻す。


「ふふふ。つれないじゃないか〜きぃみぃ〜。お仲間を助けたいんだろう?お姉さんと協力しよーよー。」

「なんだよその胡散臭い口調は!それにお前の方が年下だろ!」


 前世も含めると私の方が精神年齢は年上なんですー。


「とにかく!君だけじゃ子供たちの救出は困難。それは間違いないでしょう?」

「…それでも俺はあいつらを見捨てねえよ。」

「はいはい。分かってるって。」


 私だってもう子供たちをこのまま見捨てるつもりはない。

 あの時、浮浪児たちの現状を聞いた時は仕方のないことなのかもしれないと無理矢理自分を納得させようとしていた。

 今も本当はこのままなにもせずに立ち去る方が賢い選択なのかもしれない。


 でも今は、知ってしまった。出会ってしまった。仕方ないで片付けられてしまう子供たちに。

 そして、そんな境遇の中でも必死に仲間を守ろうとする小さくて頼りないその背中を。この子だってまだ大人に守られていていい年頃だろうに。


 その姿を見て一瞬でも彼らを諦めた自分を恥じたのだ。この子よりも遥かに恵まれた環境にいた自分がなにもせず先に諦めていいはずがないって。


 これまで自分が皇帝になるなんて現実味がなかった。自分がなんのために生まれ変わったのか、どうして皇帝になれなければならないのか。知らない世界の中でずっと言いようもない不安が常にあった。

 それでも今は、この子のおかげで自分がなにをするべきか少しだけ見えてきたような気がする。


 私は安心させるように厳しい目つきをしている少年の頭をポンポンと軽く撫でた。

 撫でられたことがないのかキョトンとしている様子が、精一杯勇ましく振る舞ってはいてもこの子がまだ幼い子供であることを教えてくれる。

 ならば、私だってこの子のように自分のできることをするまでだ。

 つまり…


 ーー無責任な無茶や無謀って子供の特権だよね!


「この話の最大の問題は衛兵がまともに取り合ってくれないこと。ならばどうするか?君には分かるかね、ワトソンくん。」

「わ、わとそんくん?」

「そう。要は衛兵が動かざるを得ない状況を作ればいいのだよ。分かったかね、ワトソンくん。」

「いや、だからわとそんくんって誰だよ!?」


 小声で叫ぶとは器用な少年だ。作戦内容よりもワトソンくん呼びの方が気になるらしい。

 さすがに地球産のネタは難しかったかな。まあ元ネタを知らないから分かるはずもないんだけど。

 いいんだ。私が言いたかっただけだから。まあ、おふざけはその辺にして…


「衛兵が動かないのは君たちが身寄りのない浮浪児だから。あなたは不本意かもしれないけど、彼らの考えとしては、あなたたちがこのまま裏路地で苦しい生活をするより、どこかに引き取られて庇護を受けたほうがいいと思っているの。例えそれが自由のないものだったとしても。」

「な、なんだよそれ!そんなの俺たちは頼んでねえよ!」


 悔しさに歪む表情と硬く握りしめられた拳が彼らの意思を表しているようだった。

 自分たちのことなのに、周りに勝手にいいように決められちゃうのって確かに腹が立つと思う。


 だけど冷静に考えてみれば、国の方針や衛兵の対応としても理解できないものではない。自由がないとしても死ぬよりはましということなのだろう。

 現代社会のようにまだ倫理観という考え方がない時代では、こういった対応はよくあることなのだ。


 衛兵たちだって一時の情けでその場限りで子供たちを助けたとしても、その後の責任までは持てないと考えるはずだ。後日自分が助けた子供が道端で餓死しているところを見かけたら目覚めも悪いし、かと言って助けた子供たちを全員引き取って面倒を見ることも現実的ではない。


 私だって、これから自分がしようとしていることが正しいことなのか自信はない。むしろ子供達の未来を奪うことに繋がるかもしれない。そう考えると小心者の私は凄く怖くなる。

 それでも、無茶や無謀でも、自分にできることもあるんじゃないかって、この子に出会ってそう思えたから。


「人買いについていけば、少なくとも飢えることはないと思う。このまま優しい人に引き取られて大切にしてもらえる未来だってあるかもしれない。それでもあなたは彼らを連れ戻したい?」


 私の質問に少年は意表を突かれたような顔をしたが、なにかを耐えるように拳を握りしめて顔を伏せた。よく見るとその身体は小さく震えている。

 かける言葉を間違えてしまっただろうかと思って言い直そうとしたけど、その前に少年から言葉が溢れた。


「ヒョロはお腹いっぱい食べたいって、そしていつか食事所を開いて自分のような子供たちに食べ物を分けてやりたいって言ってた。チビは体を悪くして死んじまった姉ちゃんを助けられるような医者になりてえって言ってた。」


 そして再び上げられた少年の顔には、不安も、迷いも見られなかった。


「そして俺は強い剣士になりたい。兵士になって名を上げて、誰にも馬鹿にされないぐらい強くなって……、それであいつらを守りてえんだ。なんもない俺たちだけど、そうやって夢を語って肩寄せ合って生きてきた。地べたを這いつくばって泥水をすするような、お前らからすれば底辺の生き方かもしんねえけど、それでも夢は俺たちにとって生きる希望だった。人買いに連れて行かれるってことは、そんな夢すら見れなくなるってことだろ。少なくとも俺は、あいつらの意思を尊重してやりたい。あんな攫われるような形じゃなくてちゃんと送り出してやりてえんだ。それで俺たちが別々の道を選んで離ればなれになっても、俺は文句は言わねえよ。」


 その表情はあまりにも大人びていて、とても子供の言葉とは思えなくて。

 そして彼をあまりにも早く子供でいられなくしてしまったのは、私たちなのだと理解して。



 その言葉を聞いて、此方の決心はついに固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る