第14話 迷子

 講義を受けるようになってから1年が過ぎた。

 私は毎日宰相さんから講義を受けているけど、それも1日のうちたった1時間だけで、それ以外は基本やることがない。

 4歳児なんてそんなものかもしれないけど、正直暇だ。


 暇なときに遊べるようにと玩具や本を与えられているし、澪も遊んでくれる。

 贅沢な悩みだとは分かっている。


 しかし考えてもみてほしい。

 私は確かに4歳だけど、中身は大学生なのだ。

 幼い子供がするような遊びを1日中、それも毎日続けている。


 …なんの拷問かな?


 母上に講義の時間を増やしてほしいとお願いしたけど、子供は遊ぶのも大切だといって許可してくれなかった。

 確かに、4歳児がずっと勉強しているのも不気味だけども。


 ふはは。まさか勉強が恋しくなる時がくるなんて。

 でもいつの日か、逆に遊び放題の今が恋しくなるときが絶対くるだろうとも思う。


 そんなこんなで現在、澪とかくれんぼをして遊んでいる。

 今のところ私が隠れて澪が鬼をしているけど、見事に全敗中。つまらん。

「もういいよ。」と言った数秒後には後ろに澪がいるのでかくれんぼというよりホラーだ。

 瞬間移動でもしているのかな?


 何故いつも私に甘い澪がかくれんぼを本気でやっているのかは謎である。

 もしかしたら、遊びであっても手を抜くのは失礼だとか考えているのかもしれない。そんな気遣いいらんけども。

 もうちょっと手加減してくれても私は大いに構わないよ?


 しかしこれ、私が鬼役になった暁には永遠に澪を見つけられないような気がしてならない。

 そんなわけで私がずっと隠れる役をしていたわけだけど、これじゃあ遊びにならないよね。

 実際、澪が私を探す時間より澪が数を数えている時間の方が長い。


 そこで私は考えた。


「澪!」

「はい。姫様。」

「これからルールを変更します!鬼が数える時間は5分。もういいよも言いません。だから澪は5分経ったら探し始めること。」

「かしこまりました。」

「それと隠れる範囲もここの庭から広げます!東宮殿と後宮殿全部です!」


 ここの庭も十分広いけど、それでも澪はすぐ私を見つけてしまう。

 なので、隠れる時間を10秒ごとから5分に。隠れる範囲も大幅増大。鬼の難易度をこれでもか!というほど跳ね上げるという暴挙に出た。

 なんの虐めかと思うほど鬼に不利な条件だけど、澪からすればこうまでしないと遊びにすらならない。

 むしろ必要なハンデである。


 澪も少しはやりごたえがあって嬉しいんじゃないかな。たぶん。


「…かしこまりました。ですがあまり遠くにはお行きになりませぬよう。宮殿は警備が厳重とはいえ、姫様になにかあっては大変ですから。」


 澪にそう言われて、以前講義で聞いた中央の帝国のクーデターの話を思い出した。


「う、うん。気をつける。」


 開始早々ちょっと不安になったけど、かくれんぼスタートである。



 私は東宮殿を抜け出し、後宮殿の廊下を歩きながら、隠れるところがないかとキョロキョロと探している。

 澪から一通り後宮殿を案内してもらってはいるけど、かなり広いためあんまり覚えておらず軽く迷子状態である。

 一応自分の家のはずなんだけど。


 5分の猶予をもらってはいるけど、ぐずぐずしているとあっという間に過ぎてしまう。

 このままでは隠れることができないまま澪に見つかってしまうだろう。

 これだけハンデをもらっておいてなんとも間抜けな話である。それだけはなんとしても避けなければ。


 私は少し気が急いて小走りをする。

 けれどそれがいけなかったのだろう。「どんっ!」と誰かにぶつかってしまい後ろに尻もちをついた。


「あいたー…」

「ちょっと!誰よこの私にぶつかるなんて!」


 私とぶつかって同じように尻もちをついている相手を見ると、そこには私と同じくらいの年頃の可愛いらしい女の子がお尻をさすりながら私を睨みつけていた。


「あ、ごめんなさい。大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ!廊下で走るなんてどういうつもり?!」

「ご、ごめんなさい。」


 廊下を走るなという最もな指摘を幼い子供からされて、恥ずかしすぎて言葉もない。

 ああ、穴があったら入りたい気分だよ……。


「ちょ、ちょっと。そんなに落ち込まなくてもいいじゃないのよ。」


 私が恥ずかしくて顔を覆ったから泣いているとでも思ったのか、女の子は先ほどまでの勢いが嘘のようにおろおろと狼狽える。

 言葉はきついけど、案外いい子なのかな。


「本当にごめんね?怪我はない?」

「こ、これくらい大したことないわ。」


 ふんとそっぽを向いたけど、私のことが気になるのか視線はちらちらとこちらを向いている。

 これが世にいうツンデレというやつか。確かにこの反応は可愛いかもしれない。なんだか無性にからかいたくなるというか。


 女の子はどこかのお嬢様なのか花柄の綺麗な着物を着ている。髪は藤色で目は気が強そうな性格を表しているかのように少しつり目だけど、その瞳は紫水晶のように綺麗だった。

 将来絶対美人になるだろうなと思わせるような容姿をしていた。


 初めて同年代の子に会えたことで少しわくわくしていると


「ちょうど良かったわ。あなた、私を父上のところまで案内なさい。」


 なんかちょっと偉そうに命令された。どこかの貴族のお嬢様だろうか?

 兄弟はいないって母上が言っていたから、私の姉妹ってわけじゃないと思うけど。


「えーっと、迷子かな?」

「な!?迷子ですって?私を馬鹿にしているの?ちょっと父上とはぐれただけよ!」


 それを迷子というのでは…?と思ったけど、それを言っても認めそうにないので「そうなんだね。」ととりあえず頷いておく。

 私だって空気を読めるのだ。


「じゃあ君のお父さんはなんていうの?」

「ふん。私の父上も知らないのかしら?私の父上はあの三条家の当主なのよ!私は父上の仕事場に用事があってきたの。」


 三条家の当主ね。うん、ごめん。知らないや。

 えっへん!と誇らしげに胸を張る女の子には申し訳ないけど、貴族なのかなということくらいしかわからない。

 そもそもこの女の子の父親が誰かわかったところで、どこにいるかなんてさっぱりなんだけど。


 しかもここは皇族の住まいである後宮殿なので、この子が言う父親の仕事場はおそらくここにはない。

 この子は父親に会いに本殿に行こうとして間違えて迷いこんでしまったのだと思う。


「わかったのなら早く案内なさいな。」


 どうしようかと考えていると、反応のない私に痺れを切らした女の子が不機嫌そうな様子を見せる。

 が、しかし。知らないものは知らないのだ。


「えっと、ごめん。あなたのお父上がどこにいるか私にもわからないんだ。」

「はあ。使えないわね。」

「あはは…。」


 どこからも上から目線な態度に乾いた笑いが出る。

 さすがに小さい子供相手に腹が立ったりはしないけど、いい家柄の子供はみんなこんな感じなのかな?

 面白そうだし、私が帝の娘だと言うことは黙ってようっと。

 後で知った時どんな反応するかな?うひひ。


「仕方ないわね。他の人に聞くことにするわ。」

「あ、じゃあ私はここで……」

「ま、待ちなさい!」


 用事は済んだようなので立ち去ろうとすると女の子が私の裾を掴んで引き留める。

 大分時間をロスしてしまったから、澪が来る前に早く隠れたいんだけど。


「まだなにか?」

「え、えっと、だから…そうよ!あなたが私に同行することを許すわ。人がいるところまで案内してちょうだい。」

「いえ、私忙しいんで。」


 かくれんぼでね!とは、さすがに恥ずかしいので言わないけど。

 すると断られるとは思ってなかったのか、得意げな顔が目をつり上げてぷくぅと頬を膨らませ、いかにも怒ってますというような顔をした。

 残念ながら全然怖くない。むしろ可愛い。いやもしかして狙いはそっちか…?


「この私が許すと言っているのよ!?つべこべ言わずに一緒に来なさいよ!」

「だから忙しいんだって。べつに私が案内しなくても誰かしら大人がいると思うからその人に聞いて?」


 私がそういうけど、女の子はただをこねて嫌々というように首をふる。裾を掴む手も離してくれそうにない。

 なぜこの子はこうも頑なに私を連れていこうとするのだろう。案内ならべつに私じゃなくてもよくない?


「うーん。もしかして心細いの?」


 理由を考えたけど、自分で言っててそれはないかと苦笑する。だってこんなに気が強い子なんだし。

 しかしそんな私の考えとは裏腹に、女の子の顔はじわじわと真っ赤に染まりプルプルと震え出す。


「そ、そんなわけないでしょ!心細いとか、寂しいとか、知らない場所で怖いとか、全然これっぽっちも思ってないわ!」

「……。」


 語るに落ちるとはまさにこのことを言うのではないだろうか。女の子の反応を見てそう思った。

 でもそっか。知らない場所に一人で心細かったのか。確かにまだこんなに小さいんだもんね。うんうん。


 なんだか優しい気持ちになってなんとなく女の子の頭をナデナデする。

 髪がふわふわで気持ちがいい。


「にゃ、にゃにすんのよ!そんな目で見ないでちょうだい!馬鹿にしてるの!?」


 こちらを警戒する猫みたいにフシャー!と威嚇しているように見える。

 真っ赤な顔をして睨んでいるけど、相変わらず掴んだ裾は離そうとしない。


「仕方ないな、もー。」


 転生してから周りにいるは大人ばかりだったので、初めて同年代の女の子に会って私は嬉しくなっていた。そのせいで少しからかいすぎたかもしれない。


 しばらく撫でたりからかったりして、私がそう反省したのは女の子が涙目になってからだった。

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