第13話 講義3━滅びた帝国━

 昨日の講義がめちゃくちゃ中途半端なところで終わったせいで、気になりすぎて夜眠れなかった。

 宰相さんは時間をきっかり守るので、私が講義がちょっとくらい延びてもいいからと言っても聞いてくれない。

 まあ、宰相さんは仕事の合間に教えに来てくれている訳だから無理は言えないけど。


 というわけで、そわそわしながら宰相さんを待っているとようやく講義の時間になった。

 講義が待ち遠しいって思っていると、なんだか自分が頭が良くなったような気がする。気がするだけね。


「お待たせしてしまったようですな。それでは今日の講義を始めるといたしましょう。」


 宰相さんが昨日話してくれた、神を失ったことによる中央の地で起こった悲劇の始まりについて。


「姫様は昨日お話した神話を覚えておりますかな?」

「はい。もちろんです。」


 忘れるはずもない。昨日のことだし。

 私が頷くと宰相さんは微笑んだ。


「この土地は元々荒廃した土地であり、神の恩恵により恵みがもたらされております。ですが、地の民は自らが信仰する神を玉座から引きずり下ろした。結果、黄帝を失い神の恩恵を失くした中央の土地は再び荒れ果て、神により抑えられていた危険な魔物が跋扈するようになりました。」

「え?」


 黄帝がいなくなったことで荒野に戻った?

 それはまるで皇帝が本物の神様みたいじゃないか。


「土地や水は枯れ、疫病が流行り、魔物が現れ、人々の心は荒れ、内乱が起こり、そして……神を裏切った中央バロニア帝国は滅びました。」


 静かに、しかし怒りを滲ませるような声で歴史を語る宰相さん。

 私はなにも言えずにただただ絶句した。


 私は神話を皇帝の権威を高めるための作り話だと思っていた。神様の血をひくなんて実際にあるわけないと思ったから。

 だけどバロニア帝国の話が真実なのだとしたら、皇帝には本当に神のような特別な力があるのかもしれない。


 そしてそれはきっと私の中にもあって……

 そう考えるだけでなんだか眩暈がした。


 今まであなたは人間じゃありませんみたいなことを言われていたけど信じていなかった。

 今初めて、私は自分という存在が普通ではなかったことを実感したのだ。


 そう考えれば、今まで色々不自然だった点も説明がつく。

 私に食事がなかったのも、名前がないのも、母上が絶対に兄弟はできないと言ったのも、私が人間じゃなかったから。

 そしてあの時、私が皇帝になりたくないと言った時みんながあそこまで動揺していたのも、私が皇帝にならなければバロニア帝国のようになってしまうからなのだろう。


 最初から私に選択肢なんてなかったんだ。




 その後の授業はなんだか集中できなくてあんまり覚えていない。

 私が上の空なのがわかったのか、いつもより早く授業が切り上げられてしまった。

 宰相さんには申し訳ないけど、私も頭を整理する時間が欲しかったので有り難い。


 私は東宮殿の私室で机に頬杖つきながら一人ぼーっとしていた。

 いつも側を離れない澪も今日は珍しく「御用意があればお呼び下さい」と言って部屋から退出していた。

 多分近くにはいると思うけど。気を遣ってくれたのかな?


 そういうわけで、私は生まれて初めて一人の時間というものを過ごしていた。


 私はこの世界が地球ではない異世界だと予想はしていたけど、自分が想像していたよりここはファンタジーな世界だったようだ。

 神が実在していて、神が統治しているそんな世界。


 そんな神が統治している帝国が他の国より強大な国になるのは必然だと思う。

 周辺国は実質属国のようなものだ。神の恩恵がなければ生きていけないのだから。


 不可解なのは、なぜ地の民が自分たちが信仰していたはずの黄帝を引きずり下ろしたのか。

 最初はそれも時代の流れかと考えていたけど、普通に考えればおかしな話だ。


 黄帝がいなくなれば困るのは人間の方なのに、なぜ地の民は神による統治を終わらせようとしたのだろう?

 帝国としてのアドバンテージを捨てることになるし、そもそも信仰対象を引きずり下ろそうなんて思考に普通なるだろうか?


 黄帝がそれほどの圧政を敷いていたとか?

 でもそれで国が滅んでは本末転倒だ。

 それにその頃の帝国は繁栄していたという話だったし、クーデターをするメリットがない。


 それとも、代替わりで新しい黄帝を即位させることで実権を握ろうとした?あるいは他国の謀略?


 考えれば考えるほど、頭が混乱してちっとも頭を整理することができない。


 私は一旦思考を放棄すると後ろに仰向けに倒れ横になり、天井を見上げる。

 頭を使いすぎてオーバーヒートしたのか頭痛がする。


「あまいものがたべたいな…」


 糖分が足りていない。


 誰に言うでもなく寝転がりながらぽつりと呟くと「失礼いたします。」と澪が部屋に入ってくる。


「お茶菓子をお持ちしました。」

「おお!」


 なんてナイスタイミング!

 まさか今の独り言が聞こえていたとか?

 いや、言った直後だったしそれはないか。偶々だよね、偶々。


 …でもなんか、心のどこかで澪ならやりかねないと思っている自分もいる。


「栗羊羮です。甘くて美味しいですよ。」


 澪は机に美味しそうな羊羮とお茶を置いた。

 甘いものを欲していた私は早速羊羮を一口。


「うう~ん!」


 小豆と栗の優しく上品な甘さが口の中に広がり、あまりの美味しさに頬を押さえ身もだえる。

 これ絶対高いやつ!


 あっという間に全部ぺろっと食べてしまうと、お茶を飲んで一息。

 あー、このお茶も美味しいなあ。


「おいしかった!」

「それはようございました。」


 満面の笑みで美味しさを伝えると澪は微笑ましそうな顔をする。

 澪のふんわりとした笑みに癒される。


「大丈夫でございますか?」

「うん?なにが?」


 お茶をちびちびと飲んでいると、澪は少し心配そうに尋ねてきたけど、私は心当たりがなくて首をかしげる。


「その、中央の帝国と地の民の話をお聞きになって衝撃を受けたのではないかと。」


 ああ。そのことか。

 私が考えこんでいるのを見てショックを受けたんじゃないかと心配してくれたのかな。


「だいじょうぶ。びっくりはしたけど、おちこんではないよ。」


 確かに、神が人によって玉座から引きずり下ろされた話は、私からしたら自分もそうなるんじゃないかと不安になっても不思議じゃない。

 私としては、ショックを受けるというよりも、どうしてクーデターが起こったのかが不思議だったけど。


「どうしてちのたみはかみさまがいらなくなっちゃったのかな?」

「申し訳ありません。私にもその問いの答えは分かりません。」


 私が尋ねると澪は少し困った顔をした。

 うん。ごめん。子供のどうして攻撃は結構困るよね。


 しばらく澪と他愛ないおしゃべりをして、夕方になってから母上のいる後宮殿へと戻った。

 いつの日か、私は母上と離れてここで暮らすことになるのだろうと思いながら。



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