第12話 講義2━神話━

 次の日。昨日と同じように授業を受けるため、朝食を済ませると東宮殿へと向かった。

 今日は講義に使いなさいと母上からもらった筆記用具を手元に置いている。

 筆記用具といっても、地球のもののように便利で使いやすいものではなく、紙の束が綴られたノートと小筆といった古風な筆記用具だ。

 とはいえこの時代では貴重なもので、紙はともかく筆はかなり高価でいいものをもらってしまった。

 幼い子供に持たせるようなものではない気がするけど、まあロイヤルファミリーなので仕方がない。


「おはようございます姫様。今日も講義を始めますぞ。」

「よろしくおねがいします。」


 もらったばかりの筆記用具を並べて講義を受ける準備は万端だ。

 昨日から気になって仕方がなかった神についてようやく教えて貰えるので少しそわそわしているのは否めない。


「では今日はお約束していた通り神話について勉強いたしましょう。」


 そうして宰相さんは本を取り出し神話を語り始めた。

 私がまだ3歳だからか子供にも分かりやすいように言葉を砕いて話してくれる。もしかしたら、神話を描いた子供用の絵本でもあるのかもしれない。


 ちょっと長いので神話の内容は私の言葉で短く解釈したいと思う。


 遥か昔、この世にまだ神が存在しなかった時代があり、世界には生物が生きられないような荒れ果てた大地だけが広がっていたらしい。

 ある時天から五柱の神が地上に舞い降りた。東の地には木神が、西の地には雷神が、南の地には火神が、北の地には水神が、そして中央には地神が降臨した。

 神々の力により荒れ果てた大地には豊かな自然が生まれ、生物が生存できる環境ができたことで自然の中から様々な動植物が誕生した。そして五柱の神は自分の姿を模した人間を創造し、祝福を与え信仰を得た。人間は神が直接創造した生物のため、神の加護を受けることができるそうだ。

 神々の庇護を求めて人々は集まり、やがて神を君主とした国が出来上がったのだった。


「そしてその始まりの国が、のちの帝国となったのです。」


 宰相さんはそう締めくくると本を閉じた。


 話の内容は地球にもよくある建国神話だった。

 王権を高めるために国のトップを神格化するのはよくある話だ。

 神が王権を授けたとされる王権神授説が有名だけど、国主が神の子孫であるとするこの世界の神話は日本の建国神話に類似するところがある。


 この国の初代皇帝は、神話に出てきた北の地を守護する水神なので、つまり私は水神の子孫ということになるのだった。

 ちょっと神格化するにしても無理のある話だとは思うのだけど、まあ皇帝の権威を高めるには大袈裟にするくらいがちょうどいいのだろう。

 宗教を利用して国を治めると人心も得やすいだろうし。


 ちなみに玄天の国の主神である水神が造った人間のことを水の民といい、水神の加護を受けているらしい。水神の加護は、泳ぎが上手くなることと水中で長時間活動できるというものだった。前者はともかく、後者はかなり凄い加護だと思う。


「はい!せんせいしつもんです!」


 気になったことがあったので私が「はい!」と手を挙げると宰相さんは微笑んだ。


「なにか気になることがごさいましたか?」

「しんわにはいつらしらのかみがとうじょうしてくにができたとありましたが、ていこくがよんこくしかないのはなぜですか?」

「それは……」


 宰相さんは言葉に詰まって言いにくそうに困った表情になった。見ると澪も顔をしかめている。

 私、また変な質問をしてしまったのだろうか?


「そうですな。姫様にもお話しした方がよろしいでしょう。姫様の仰る通り、かつて中央にも地神を奉る帝国が存在しました。『中央バルロニア帝国』といいます。」

「ちゅうおうばるろにあていこく…」


 なんと中央にも帝国は存在したらしい。

 でも昨日の授業では、私の記憶違いでなければ帝国は4つしか学ばなかったはず。


「かの国は中央であることから交易が盛んで、学問や技術が発達している国でもありました。そのためか人間の力が他国よりも優っておったのです。様々な技術を生み出したことから中央の地の民は驕りがあったのでございましょう。やがて地の民は神に成り代わり人間による統治を謳うようになったのです。」


 私は思わずごくりと唾を飲み込む。

 人々が神による統治を拒否して、人間による国の統治を目指した。つまりそれって市民による革命。クーデターが起こったんだ。

 現在帝国が4つしかないということは、中央バルロニア帝国はクーデターによって滅んだってことになる。国の統治者が神ではなくなったから帝国とは名乗らなくなった。それは革命が成功して、皇帝が国主から引きずり降ろされたということに他ならない。


「そ、それでばるろにあていこくは、こうていはどうなったのですか?まさかころされたのですか?」


 私も皇族に転生してしまったから、クーデターは他人事ではない。

 神として信仰を得てきた皇族が簡単に殺されるとは思わないけど、実際過去にクーデターが起こったという事実が私に重くのし掛かる。

 結局帝国はどうなってしまったのだろうか。

 聞きたくないけど気になって思わず聞いてしまったのを少し後悔しつつ、宰相さんの言葉を待つ。


「さすがに地の民も自らの信仰する神を弑逆することは考えていなかったと言われております。彼らが望んだのは、国の統治を人間が行い、神を政治から離すことだったのでしょう。」


 宰相さんがそう言うので私は少しほっとしてしまった。どうやら皇帝は殺されずに済んだらしい。

『君臨すれども統治せず』という言葉が地球でもあったように、地の民は神には象徴としていてもらい、政治を自分たちで行いたかったのだろう。

 発展している国というだけあって、地の民は思想に関しても時代を先取りしていたのかもしれない。


「しかし、一部の少数派で人間の時代の到来として神の存在を否定する過激派がおったこともまた事実。そもそも代替わり以外で神が崩御なさることはございませぬゆえ、本来なら彼らの主張が実現することはなかったでしょうが。」

「…ん?」


 神を弑逆しようとする人たちが少なからずいたというショッキングな事実よりも、今気になることが聞こえたような気が……。


「えっと、ひとがかみをころすことはできないのですか?」

「もちろんでございます。人の身で神を弑しするなどできませぬ。」

「で、でも、こうバサッときられたらどうなるんですか?」


 私は手刀で体を切るジェスチャーをしてみせる。

 あ、宰相さんと澪の顔が曇った。


「…ただの刃物では神の身を切ることはできませぬ。精神に直接作用する霊刀を用いれば神であれども傷つきはしましょうが、消耗するだけで死に至ることはございませぬゆえ。」


 え、刃物で切られても神様って死なないの!?

 私はずっと神だというのは、皇室の権威を高めるための作り話だと思っていた。

 でも宰相さんの話が本当だとすれば皇族って本当に人間ではないのかもしれない。


 私がそんな風に考え始めていると、宰相さんは話を続ける。


「だからこそ、地の民は神を玉座から引き下ろすために、自ら退位することを迫ったのです。しかしそれは神にとっての死を意味する。」

「ん?」


 なんだか話の雲行きが怪しくなってきたことに私は少し不安になってきた。

 なんなの?皇帝は助かったんじゃないの?


「結局黄帝は自ら姿をお隠しになった。民に望まれていないと判断したのでございましょう。さらに黄帝は次代様を残さずに旅立たれてしまったのです。当然ですな。我が子がどのような目に合うかわかったものではありませぬゆえ。そしてこの世から黄帝は完全にいなくなってしまわれた。」


 黄帝は人に退位を迫られたことで自分から玉座を降りてしまったんだ。

 それも次の黄帝となる子供を残さずに。

 つまりそれは神の子孫である皇帝の血筋が途絶えることになる。


 私は他人事とは思えない話に暗い顔になった。

 時代の流れなのかもしれないけど、ちょっと考えさせられる。


 結局人々の望み通り神による統治が終わり、人が直接政治を行うようになったんだろう。

 民主制になったのかな?


「しかし彼らは理解していなかったのです。神を失うことがどういうことなのかを。神がいなくなりその守護を失ったことが地の民の悲劇の始まりだったのです。」





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