第15話 友達が欲しい

 私は結局女の子を連れて廊下を歩いていた。

 ちなみに裾はまだ離してくれていない。


 しかし残念なことに実は私も迷子状態なんだよね。

 案内している風だけど、私もどこに行けば検討がつかないという。

 ぶらぶらしとけば、そのうち澪が探しに来てくれるという謎の安心感があるからあまり心配してはいないけど。


 それにしても結構歩いているような気がするけど人に会わないな。


「ねえ、あなた。全然着かないけどちゃんと道が分かっているんでしょうね。」


 痺れてを切らした女の子が怪しむように胡乱な目を向ける。


「ううん。全然。」

「はあ!?ちょっと馬鹿じゃないの!?あんたなに考えているわけ?」

「適当に歩いとけば誰かに会うかなって。」

「分からないなら最初からそう言いなさいよ!」

「あはは。ごもっとも。」


 そっちが裾を離してくれなかったんじゃないかと言い返したいのを我慢しつつ、まあこの子の言うことも一理あるので反論できない。


「あのねえ、ここは皇宮なのよ。勝手にうろちょろしちゃいけないの。だから早く父上のところに行かなきゃいけないのに。」


 女の子は困ったようにため息をつく。

 小さな子供が疲れたようにこれ見よがしにため息をつくので、大人ぶっているみたいで申し訳ないけど少し笑いそうになってしまった。


「それにしてもおかしいわ。皇宮にこんなに人がいないなんて。普通は殿上人に会っても良さそうなのに。」

「殿上人?」


 聞きなれない言葉に首を傾げて聞き返せば、女の子は呆れた様子を見せた。


「あなた、なにも知らないのね。殿上人は帝に仕えることが許されている人のことよ。私の父上のようにね。」

「へー。凄いんだね。」

「当然よ!私の父上は凄いんだから!」


 お父さんを褒められたことが嬉しかったのか胸を張って誇らしげな女の子が微笑ましい。

 私は自分のお父さん知らないしなあ。ちょっと羨ましいかも。


「とにかくこれ以上あなたに任せてもいられないわ。早く案内できる人を見つけて父上にお会いしなくちゃ。し、仕方ないから迷子のあなたの面倒は私が見てあげるわ。」

「いや。遠慮します。」

「なんでよ!」


 笑顔できっぱり断ると女の子は目を吊り上げて声をあらげる。

 だって面倒見てあげると言われてもね。私が一人でいるから善意で言ってくれているのは分かるんだけれども。

 私は迷ってはいるけど迷子じゃないし。ここが家だから迷子になりようがないのだ。ふはは。


 まあ、この子をお父さんのところに届けてあげるためには、案内できる人が必要というのは間違いじゃない。

 私はここをまだ把握しきれていないし、案内できないのは事実なのだから。


「案外呼べば誰か来てくれるかも?」

「あんたねえ。そんなわけないじゃない。」


 呆れたような目を向けられるが、ものは試しとばかりに「誰かーいませんかー!」と叫んでみる。


「そんなので解決するなら苦労しな」

「お呼びですか?」

「いって、本当にきた!?」


 どこからかさっと現れた女官に、「こんなの嘘よ!」と後ろでわめく女の子をどうどうとなだめながらも私も内心ちょっと驚いていた。

 ある程度予想できていたけれど、まさかこんなにもタイミングよく来るとは思っていなかった。もしかしてずっと私たちの様子を観察していたのかな?


「この子をこの子のお父さんのところまで案内してほしいんだけど。」


「あと、私のことは内緒にしてね。」とそっと顔を近付け小声でお願いしたら、女官は心得ましたと頷いてくれた。


「責任を持ってお送りいたしましょう。」

「よろしくお願いしますね。」


 まだ混乱したままの女の子は「え?え?」と言いながら流れるように女官に連れていかれた。


「バイバーイ!また遊ぼーねー!」と手を振りながら見送ると、「誰も遊んでなんかないわよ!」と女の子が叫ぶ声が聞こえた。

 なんだか面白い子だったなー。

 クスクスと笑ってから急に静かになってしまったことに少しだけ寂しさを感じる。

 ここにいる人はみんな物静かで大人しい人ばかりだったから、あの子みたいな元気な人は転生してから初めて会った。賑やかだった前世での記憶を思い出してちょっぴりしんみりとする。

 また会えたらいいけどそれは難しいかな?


「5分経ちましたがいかがなさいますか?」

「あ。」


 少し感傷的になっていると突然後ろから澪の声が聞こえてびくりと肩を震わせる。

 しまった。かくれんぼしていたこと完全に忘れてた。


「あー。ごめん澪。まだ隠れてなかったの。」

「左様でしたか。」


 5分かけて隠れる場所ひとつ見つけられないなんて文句をいってもいいくらいだけど、澪は嫌みひとつ言わず優しげに微笑んだ。

 立場上難しいのかもしれないけど、ちょっとくらい文句を言ってもいいんだよ?私はそれくらいで怒るほど心の狭い人間じゃないし。


「姫様。そろそろかくれんぼは終わりにいたしませんか?」

「うん。そうだよね。澪はつまらないよね。」


 澪はかくれんぼの才能でもあるのかすぐに私を見つけてしまう。かくれんぼが成立しないくらいに全く勝負になっていない。

 澪、気配察知とかできるんじゃないの?


「滅相もない!私が姫様との遊戯をどうしてつまらないなどと申せましょう!」

「あ、うん。えっと、それはごめんなさい…?」

「姫が謝りになる必要はごさいません。ただ私が未熟なだけなのです…。」

「え?未熟?」


 それだけ全戦全勝しておきながら?

 どの辺が未熟なの?私が下手すぎて上手く手加減できなかったとか?え、私泣くよ?


 何故かしょんぼりと落ち込んだ様子の澪に私は呆気にとられて言葉も出ない。

 澪ほどの清楚系美女がしおらしくしている姿は絵になる……じゃなくて、そんなこと言われたら逆に私の方が落ち込んじゃうよ。 


 澪は私の心情を知っているのかいないのか。

 顔を少し伏せたまま話を続ける。


「姫様のお姿が見えないととても不安になってしまうのです。どこかで迷っていらっしゃらないか、お怪我をされてはいないか、知らない者についていってしまわれないか……。色々良くない想像が頭を駆け巡り居ても立ってもいられなくなり。」


 え、どんだけ心配されてるの私!?

 もしかして私、澪の中でとんでもない問題児認定されてないか…?

 迷子…は確かになりかけてたけども。そんな短時間で怪我をするほどドジじゃないし、ましてや知らない人についていくとか私は幼い子供か!

 …あ。そういえば今は幼い子供だった。


「かくれんぼは少しの間姫様から目を離すことになります。ここは宮殿ですから私以外の目もあり安全であることは分かってはいるのです。ですがどうしても不安な気持ちは抑えられず、私は持てる能力を駆使してまでも姫様を探してしまうのです。せっかく姫様が遊戯に誘って下さっているのに申し訳ありません…。」


 澪は申し訳なさそうな顔をして深々と頭を下げて丁寧に謝罪した。

 澪のこんな姿は珍しい。いつも優しく微笑んでいるイメージしかなかったから。

 それだけ澪にとっては大きな問題なのだろうか。


 でもごめん澪。私はそれよりもさっき澪が言った持てる能力というのがなんなのかどうしても気になります。

 今までの神業的かくれんぼの才能にはなにかからくりがあったのだろうか?めちゃくちゃ気になる!


 ああ。いやいや待て待て。

 澪が真剣に悩んでいるのにちゃんと話を聞いてあげなくてどうする!かくれんぼのコツなんていつでも聞けるじゃないか!

 それより今は澪の悩みを解決することが重要でしょうが!


 で、なんだったっけ?私の姿が見えないと不安になるっていう話だったか。

 心配される私からすれば過保護だなーと思わないでもないけど、心配になるのはそれはそれで別にいいんじゃないかな。

 幼い子供は目を離すとなにをするか分からないし、不慮の事故で死んでしまう子供だって少なくない。

 だから心配しすぎるくらいで丁度いいと私は思う

 子供が成長すればそのうち慣れてくるでしょう。それも今のうちだけさ。


 というのをそのまま言うのはさすがに子供らしくないので、子供っぽく言葉を言い換えて澪に話してみた。

 うーん。言い換えても心配される側の4歳の私がそれを言うと違和感が半端ないな。


「ふふ。そうですか。ずっと自分の未熟さに嘆いておりましたが、心配しすぎるくらいで丁度いいのですね。ありがとうございます。少し気が楽になりました。」


 澪がいつもの笑顔でふんわりと笑う。

 良かった。さっきの慰めが正解だったかはわからないけど、一応いつもの澪に戻ってくれたみたいだ。

 でもまさかいつも優しい澪が手加減なしのかくれんぼをしていた理由がそんなことだったなんて。

 澪が心配しすぎるくらいに私のことを心配してくれているのがよくわかった。


 たしかにこんな幼い子供が見えないところでうろちょろしていたら不安にもなるよね。

 しかも相手は皇帝の娘という。

 もしなにかあったときは澪も責任を問われるだろうし。


 うん。これからはなるべく心配かけないように行動には気を付けよう。

 私だって澪を困らせたいわけじゃないしね。

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