第16話 儀式の日
同年代の女の子と出会ってから数日が経った。
宮の中をぶらぶらしていたらまた会えるんじゃないかなと思って散歩しているけど、残念ながらあれから一度も遭遇していない。
ここは本来皇族の住まいで誰でも来れる場所ではないし、あの子は偶然迷い混んでいる節があったからまた迷子にでもならない限り会うことはないのかもしれない。
お偉いさんの姫君ぽかったしそうそう一人になることもないだろうからまた会うのは難しいかな。
私が5歳になって後宮殿から出られるようになったらまた会えるといいけど。
そんなこんなで宰相さんの授業を受ける以外は、ほとんど寝ているかお菓子を食べているか遊んで過ごしているというなんともぐうたらな生活を続け私はようやく5歳になった。
「もう姫も五つか。時が経つのも早いものじゃな。」
感慨深く私を見る母上の目はとても優しいけど、少し寂しそうにも見える。
やはり自分の子供が大きくなるのは嬉しいと同時に寂しく感じるものなんだろうか。
前世ではまだ若かった私にはよくわからないけど、いつか私にも子供ができたら分かる時がくるのかな?
「姫。今日は大事な儀式の日じゃ。分かっておるな?」
「はい。母上様。」
話し方もしっかりとしてきた私は神妙に頷いた。
今日この日のために私は礼儀作法を学んだり、式典用の正装をあつらえたりと色々と準備をしてきた。
もちろん私だけじゃなく皇宮全体がこの日に向けて準備を進めてきたといっても過言ではない。
この国では5歳のお祝いというのは人生の中でも特に特別なものだ。
5歳になった子供はその一族の一員としてその日初めて認められ、家門の名簿に名前を記すことになる。
だから5歳のお祝いの儀式を名納めの儀と呼ぶ。
そして皇帝の唯一の娘である私は5歳の儀式をすることで正当な皇位後継者になる。
つまり今日が立太子の日ということだ。
5歳で立太子とか早くないかな?と思うけど、神である皇帝は人生で一度だけ子孫を残すことができるため私以外に子供はできないから、立太子するなら早いほうがいいということらしい。
もう皇帝になるのは逃げられない。
いや、元々私が次の皇帝になるのは決定事項でそもそも逃げられなかったけど、実際に皇太女として任命されると自分の気持ちとしても腹をくくったというか諦めたというか。
私が皇帝にならないと物理的に国が滅びるとかどういうことやねん!と思わないでもないけど、私一人のわがままで国を滅ぼすとかそちらのほうが怖くてできなかった。
本当に神様が実在する世界って想像したこともなかったけど、理屈じゃ説明できないようなことが多くて前世の知識が全然役に立たない。
この国は大陸の最北端に位置するにも関わらず全く寒くないし、もしかしたら惑星が球体ですらないのかもしれない。
もし私に前世の知識がなかったとしたら、この状況も当たり前のこととして受け止められていたんだろうか?
今の私には国やそこに住む人々の命や生活を背負うほどの覚悟はまだない。
こんな私が皇太女になっていいのか不安になるけど、どちらにしろ皇帝の娘として生まれてきた私には他に選択肢なんてないと言われてしまったから、せめて国が滅亡するような事態にはしたくないと思う。
目標が低いって言われてしまうかもしれないけど。
「姫様。御召し変えをいたしましょう。」
澪が儀式のための衣装を持ってきた。
いつもの軽装とは違い前世の教科書で見たことのあるような十二単と少し似ている印象の豪華な服装だった。
こちらの世界では天衣というらしい。
ただ違うのは前世の十二単は赤が基調だったのに対して、天衣は黒が基調になっている。もちろん様々な色の布を使ったカラフルな衣装だけど、黒をメインとしたデザインになっているのだ。柄が鮮やかなので暗い印象はないけど。
これは黒が玄天ノ国の貴色であり皇帝を象徴する高貴な色とされているからだ。式典では必ず黒を身につけるらしい。
私の中では黒い服って喪服のイメージだったけどこの世界では特にそういった意味は持たず、逆にこの世界の喪服は白いのだそう。
私はぼーっとしているだけで優秀な侍女たちはてきぱきと私を着替えさせていく。
正装は何枚もの布を重ね着するため凄く重いんだろうなと覚悟していたけど、一枚一枚の布が羽のように軽くて全く重さを感じない。
皇族や貴族の女性だけが身に纏える特別な羽衣という布を使用しているため重さを感じないんだそうだ。
なんなら正装姿でジャンプできるくらいにびっくりするほど軽くて動く度に何枚もの布がふわっと浮いてとても綺麗。
最後に豪華な飾りのついた艶やかな帯をつける。
これでかなり華やかな印象になった。
着替え終わると今度は侍女たちに丁寧に髪をとかれる。
そして綺麗な髪飾りをたくさんつけられた。
大きな赤い牡丹の花と小さな白い梅の花が可愛らしい。
でもひとつだけ文句を言いたい。
「頭めちゃくちゃ重いんですけど!?」
「姫様。お言葉が崩れていますよ。」
「う。ごめ、じゃなくて分かっておる。」
5歳になって礼儀作法の勉強もする中で言葉遣いについても注意されるようになった。
さすがに母上のような古風な話し方はしなくてもいいみたいだけど、どことなく偉そうなのでなかなか慣れないでいる。
「飾りが重いのは理解いたしますが、少しの間辛抱下さいませ。」
少し申し訳なさそうに話す澪に頷いてみせる。ただ頭と服の重さのアンバランスさに驚いてしまっただけだ。
日本の平安時代にはあまり装飾品をつける風習がなかったらしいけど、この国ではそういったこともなく、みんな普通にアクセサリーを身に付けている。他国に比べると控えめであることは間違いないらしいけど。派手派手したものはあまり好まれないようだ。
しかし今日はいつもより結構盛っている。重さはともかく見た目は凄く綺麗だし、これも儀式の間だけだと思えば我慢できなくもない。
装いを整えた私は澪と多くの侍女を引き連れてしずしずと廊下を歩いていた。
澪もこの日のために綺麗に着飾り化粧もしていて凄く綺麗だ。
誰もいない静かな廊下はまるで私たちだけが取り残されてしまったみたいで少し不気味に感じる。
ここは内裏にある一角、幽玄の社。
普段は皇帝とその後継以外の立ち入りが禁じられている常世へと続く扉がある場所。
神命宝樹はその神しか立ち入ることができない常世というところにあるらしい。
そしてそこには澪たちすら入れず私一人で行くことになっている。
中央のぽっかりと空いた中庭のようなところに立派な扉がひとつだけある。
扉には見覚えのある亀と蛇が絡み合った迫力のある絵が彫られていた。
これが常世へと続く扉だと思うけど、不思議なことにそこには扉だけがあってその奥がない。
前もってそのことを聞かされていた私は取り乱すことはなかったけど、あんまり信じられない気持ちでいた私は本当に扉しかないんだなと実際に見て驚いてしまった。
「姫様。」
この普通ならあり得ないような光景に少し呆然としてしまっていた。
本当にこの先に別の空間があるのだろうか?
不安な気持ちを押し込めながら澪の声かけに頷いて私は一人前に踏み出した。
私はごくりと息をのみそっと扉に触れてみる。
するとギギギーー……と音がしてひとりでに扉がゆっくりと開いた。
扉の先はもちろん普通に向こう側があるはずもなく、なにも見えない空間が広がっている。
奥が見えないことでさらに私の中で不安が大きくなるけど、やっぱりやめたなんてできるはずもないので意を決してその先に触れてみた。
ちゃぽん…とまるで水面に触れたかのように揺らいで私の手は扉を通りすぎた。
その感覚に驚いて思わず引っ込めてしまったけど手はなんの異常もなかったし戻れなくなるというわけでもなさそうだ。
私は一度振り向いて澪を見ると澪は大丈夫というように力強く頷いた。
澪も付いてきてくれないかなと少しだけ思ってしまったけど今回だけは私だけで行かなくてはならない。
転生してからというもの、いつも澪が隣にいてくれたので、知らず知らずのうちにかなり頼りきってしまっていたらしい。
かなり心細いけどこれでも中身は大人なんだ。
一人で見知らぬ場所に行くなんてどうってことはない、はず。
深呼吸をして覚悟を決めた私は扉を通って常世の世界へと踏み出したのだった。
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