第3話 琴の音色


私が人間じゃないことを知ってから数ヶ月が経った。

結局あれから詳しいことは聞けなくて、私も話を切り出すタイミングが掴めずにずっとモヤモヤしている状態だった。

なんだかここ最近、なにかあったのかそれどころじゃない雰囲気だったし。 


仕方ないから、自分なりに整理して考えてみるしかない。


お母さん、いや母上は神命宝樹に名前が刻まれるのは神の一族だけだと言っていた。

つまりその言葉をそのまま解釈すると、母上と私は神様ということになるけど、それってあり得るんだろうか?

だって私だよ?母上はともかくこんなのが神でいいの?


それに、私の現代日本人としての感覚が抜けきっていないからかもしれないけど、神が現実に実在するとは素直に思えない。いるとしても、人間が住む世界にいるような存在じゃないと思う。


異世界なんだから、神様が統治するような世界がひとつくらいあっても不思議じゃないと言われれば、そうなのかなと思わないでもないけど。


というわけで、私や母上が神の一族と呼ばれる理由について考えてみた。

考えられるパターンとしては2つかなと思っている。

ひとつめは、日本みたいに建国神話のようなものがあり、その子孫が神格化されているパターン。

日本でいう皇家みたいな。日本だって昔は天皇は神様の子孫だと考えられていたからね。


でもこの考えだと、私が一国のお姫様的な身分になってしまうんだよね。

ずっと柄にもなく姫と呼ばれていて今さらかよと思うかもしれないけど、みんなが「どこどこの家の姫君がお生まれになった」と話していたから、てっきり身分の高い家の娘はみんな姫と呼ばれるのだと思っていたのだ。

そしてたぶん、その予想は間違っていないと思う。


だから私もそこそこいいところのお嬢様なのかなと思っていたんだけど、どうだろうね。

もしかしたら神の一族っていうのも私と母上だけじゃない可能性だってあるわけだし。

少なくともまだ見ぬ父親は家族なのだから、その神の一族というやつのはずだ。


父親について聞いてみたいとは思っているんだけど、未だに一度も会ったことがないってことは、離婚とか死別している可能性もあるよね。

一度も会話に上ったことすらないから、意図的に話題にしないようにしているのかもしれないし、気軽に聞くのも気が引ける。

これでも、地雷だったらどうしようと子供ながらに考えているのだ。


そしてふたつめの考えられる理由として、なにか普通の人にはない特別な力を持っているパターン。

母上と私が母子で神の一族なのだから、その能力は血筋によるものだと考えられる。

はっきりいって私は後者の可能性が高いんじゃないかなーと思っている。

私たちが本物の神様というのは考えにくいし、実際、私の体は普通の人と生態が違うみたいだし。


だって母乳やミルクを飲まない赤ちゃんとか普通いる?飲まず食わずだからか排泄物も出ないし。

食事はともかく、トイレに行かなくて済むのは便利だからいいじゃないと思うかもしれないけど、当たり前のことがないというのはちょっとすっきりしない。

私、大丈夫かな?って今でも思うもん。

母上たちが普通にしているから、この状態が普通のことなんだろうけど。


色々自分なりに考察してはみたけど、結局のところ誰かに聞いてみないと正解はわからないわけで。


今日こそは!と意気込んでタイミングが掴めず刻一刻と時間が過ぎていく。

こんなとき、流され体質な自分が恨めしい。


「みおー。」

「はい。姫様。」


話しかけると澪はいつものように微笑んで返事をした。

よし。ここまではいつも通り。ここまでは行けるんだけどね。


「えーっと、あのね」

「あ、そういえば姫様。今日は母上様がお琴を演奏なさるそうですよ。」

「え!ほんと!?」


いやっふー!やったね嬉しい!

母上は琴が凄く上手なんだよね。初めて聴いたときは琴ってあんなに綺麗な音がするんだと感動したくらいだ。

なんでも母上は琴の演奏が趣味でよく弾いていて、国でも一番の琴の奏者なんだとか。

母上の琴を聞いたら幸せになれるとか都市伝説があるくらいには有名なんだって。


って、あ!しまった。また流された!

うぅ。でも母上の琴は凄く聞きたい。まあ、話を聞き出すのはいつでもできるしね。なんて毎日言ってるような気もするけど。 


この前は絵本に釣られたんだったかな? 

子供向けで文字が少なく絵ばかりとはいえ、異世界の文字がどんなものなのかとても気になってしまったのだ。


「姫様。始まってしまいますよ。」  

「あい!」


今行きまーす!


澪に呼ばれて母上様が琴を弾く準備をしているところへ、トテトテと歩いていく。


ふふふ。私はまだ2歳にもならないのにこんなにも上手に歩けるようになったのだ。

成長の基準がわからないんだけど、私は勝手に転生補正で成長が早い方だと思っている。

だって、前世の記憶があるということは、歩き方とかも覚えているということだもんね。普通の赤ちゃんより有利なはずだ。


いつものように澪の膝の上へと乗せられて、琴を演奏する母上の前に陣取った。澪の膝の上は私の指定席である。羨ましかろう。

観客は私たちしかいないので、目の前の特等席でプロ顔負けの母上の演奏を聴くことができて凄く贅沢だ。

こういうのをしていると上流階級だなぁとしみじみと思う。前世は普通の一般家庭だったし、やっぱりお金持ちっていいね。


ちょっとした優越感を覚えつつ、大人しく演奏が始まるのを待った。

なかなかこんなにお利口な一歳児もいないと思う。


「さて。今日は何を弾こうかの?」


そう母上は言いながら、綺麗な白く細い指でポーン…と音をならした。

もうそれだけで部屋に響き渡る優しい音が私の心を揺さぶった。


ああ。やっぱり母上の琴の音色は好きだなあ。


瞳を輝かせて身を乗り出す私を一瞥して少し微笑むと、母上は曲を奏で始める。


その曲の名前を私は知らないけど、母上の奏でる調べはまるで静かな水のようだ。

穏やかな水面に波紋ができて、やがて雨でも降りだしたのか波紋が大きく、そして少し激しくなる。


清らかな水の流れが母上の指が弦を弾くことで表現され、聴いているみんなも、もちろん私も、心が澄みわたる思いで、その波長にうっとりと目を閉じた。


そして曲がクライマックスに入ると、穏やかだった水が荒々しく激しくなり、水の脅威を顕にした。弦の音が強く激しく水流はその勢いを増す。


最後にピーン…と高い音が響くと、その余韻を残したまま曲は終了した。



しばらく誰も口を開くこともできずに曲の余韻に浸っていると


「これで仕舞いじゃ。」


その母上の言葉に現実に引き戻され、わっと歓声が上がる。


「すごい!ははうえすごくすごい!」


もう語彙が崩壊しているような気がするけど、今はそんなことも気にならないくらい興奮して「すごい」を連呼していた。

くそう。語彙力のない自分が恨めしいくらい。


「ええ本当に。何度お聴きしてもその感動が薄れることはございません。」


うっとりとした表情で澪は母上に拍手を送っていた。

さすが澪。褒める言葉も一級品。

でも澪さん。いつもの清楚な表情が恍惚として色気がヤバくて見ているこっちがそわそわするので、もう少し抑えてくれませんかね?


他の3人も惜しみ無い拍手を母上に送っていて、母上はちょっぴり照れくさそうだ。

「褒め過ぎじゃ。」と言ってそっぽを向いているけど、少し赤くなっている耳は隠せていない。


母上の演奏が終わるとこれはいつもの光景だけど、澪のいう通り、母上の演奏は何度聴いても飽きることはなくて、何度も万感の思いで惜しみ無い拍手を送る。


聴く度に何度でも感動できる母上の演奏はもはや才能だと思う。


私は前世でピアノをやっていたけど、なかなか上達しなかったことを思い出した。

あれだけ凄い曲がさらっと弾けたら、きっととても気持ちいいだろうな。 


そんなことを考えながら母上のいかにも高そうな琴をじっと見つめる。

これ、一体いくらするんだろう?


「姫も弾いてみたいか?」

「ふえ?」


突然母上からかけられた言葉に弾かれたように顔を上げると、いつの間にか母上が私をじっと見ていた。

もうテレテレタイムは終わったのかな?いつもより短い気がするけど。


えぇっと、そうじゃなくて、母上はさっきなんて言ったんだっけ?

たしか私も弾いてみたいかって聞かれたんだ。

弾いてみたいかって…え?私が?この琴を!?


「ええ!?むりでしゅ!」

「ホホホ。また随分と時差があったのう。」


いや、だって考え事してたからであって、私だっていつでもポケーとしているわけじゃなくてですね


弁解したい思いはあるものの返事をするまでに時差があったことは事実なので、言い返せずに頬を膨らませる。


最近、母上は私のことを笑いすぎだと思うんだよね。

「そなたとおると可笑しゅうてかなわぬ。」なんて失礼なことをいう母上だけど、別に笑わせているつもりもないし、実際笑っているのは母上だけなので、母上のツボが浅いだけだと思う。


「ふふ。もう少し姫が成長して、その可愛らしい小さな手々が大きゅうなったら、琴を弾いてみるとよいじゃろう。その時は此方が上等な琴をプレゼントしよう。」

「えっと、わたしは」


母上がそんなことをいうけど、琴なんて難しい楽器を私が弾けるとは思えなくて遠慮しようとするけど、それを聞いた澪たちが瞳を輝かせた。


「まあ!それはよい考えです!お二人で演奏なされたらきっと素敵でしょうね。」

「姫様もきっとお母上に似て素晴らしい奏者になられますよ!」

「ええ。今からその時が来るのが待ち遠しいですわ。」

「それでは姫様の為に最高級の琴を用意しなくてはなりませんね。」

「え、ええ・・・」


戸惑う私を置き去りに、母上たちは私に琴を習わせる方向で話が進み、もう既に私の琴をどうするかで話題は盛り上がっていた。


なんか、もう断れる雰囲気じゃないよ…。


近い将来、琴の練習に苦戦する自分の姿が簡単に想像できて、思わず遠い目になる私だった。

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