第ニ章 水神の子と神隠し
第29話 皇宮の外へ
「うわー。凄い…。」
屋形の外を流れる景色を見て私は何度目かの感嘆のため息をついた。
傍らには私と同様に景色に目を奪われ瞳を輝かせている我らが姫巫女もいる。
美しく整えられた庭には紅や白、桃色といった満開の梅の花が咲き乱れ、散った花びらが地面を染めている。
皇宮の梅の花も見事なものだったけど、ここの景色も負けず劣らず美しい。
梅の花の色と青い空のコントラスト、そして薄くかかる白い雲が幻想的な光景を生み出していた。
「本当に美しいです。まさかわたくしが皇族所有の『霊亀』に搭乗する日が来るなんて想像もしておりませんでした。」
空中移動要塞『霊亀ー零式ー』。
霊獣と呼ばれる霊力を持つ動物の一種で、その姿は空を飛ぶ巨大な亀。
霊獣は人の言葉を解するほど知能が高く温厚な性格のため、古くから人と霊獣は共存してきた。
本当かどうかは分からないけど、霊獣は神から溢れ出た霊力から生まれたとも言われている。そのため人類に対して友好的なのではないかと。
実際のところは誰にも分からないらしいけど。
そしてこの霊亀は、皇族と華族が使役している玄天ノ国にしか生息していない貴重な霊獣で、長距離の移動に重宝されている。
私は今霊亀の背中に建てられている御殿で空の旅を楽しんでいた。
「ですがまさか都に降りるだけですのに霊亀をお出しになられるとは。主上はよほど殿下のことを大切になさっておいでなのですね。」
「母上は外遊もよい機会だと快く送り出してくれたのだが。どちらかというと官吏たちが大袈裟なほど心配してしまってな。」
私は皇宮の外に出て都の町に行く許可を貰いに行った時のことを思い出して遠い目になった。
母上は大したことでもなさそうにしていたけど、官吏たちは私が都に行きたいと言ったら卒倒しそうなほど慌てて引き留めたので、本当のところは母上が言うほど皇族の外出は簡単なことではなかったのかもしれない。
なんだかんだとごねられてなかなか許可が出なかったが、官吏たちの煮え切らない態度に切れた母上の一喝もあり、こうして念願の外出が叶ったのだった。
ーー慣例じゃと?此方が外に出向かなかったのは関心がなかっただけのこと。その方らが勝手に作ったその慣例とやらに何故我らが縛らねばならぬ?思い上がりも甚だしい!
ーー努々忘れるでない!この国において此方こそが法である!
「あの時の母上は怖かったな…。」
言葉だけ切り取ればただの暴君でしかない母上の姿を思い出して私は体を震わせる。
自分に向けられたわけでもないのに、その場にいただけで母上から発せられた強烈な威圧感に押し潰され、立っていることすらままならなかった。
神の威圧は常人が耐えられるものではない。直接威圧を浴びせられた官吏たちなんかは泡吹いて気絶し、その凄惨たる有り様に私はその場で静かに黙祷を捧げたほどだ。
「しかし霊亀までとなるとさすがにやり過ぎな気も致しますね。」
しかしここで転んでもただで起きないのが官吏たちの凄いところ。
あんな目に合ったというのにすぐに立ち直った彼らは外出を阻止することは不可能だと悟ったのか、今度はあれやこれやと口を出し始めた。
さすがは長年母上に仕えてきた重鎮たちなだけはある。もはや慣れっことばかりに復活が早かった。
護衛の選抜から始まり、経路の選定、数日前から警備の強化と町の至るところに兵を配置。果てには空中移動要塞まで引っ張り出してきた時はさすがに母上も呆れていた。
ちょっと町を見物しに行くだけのつもりだったのに、公務で視察に行く時ですらここまでしないよ。
皆さん、お忍びって言葉知ってますか?
そんな訴えも虚しく結局推しきられてしまったわけだけど、一度も乗ったことのなかった霊亀に乗る機会ができたと思えばもうそれでいいやと思うことにした。
諦めたともいう。
「殿下。姫巫女様。都に到着致しました。」
山の麓に位置する皇帝のお膝元。水華都。その名の通り色とりどりの花々と、鯉の泳ぐ水路が張り巡らされた古風で幻想的な町だ。
その場所に私は降り立った。
「凄い人の数…。」
いつもの天衣姿ではなく、一般の町娘に扮した着物姿となった私と水鞠は初めて見る都に興奮してキョロキョロと周囲を見渡す。
水鞠も今日は巫女服ではなく私と色違いの着物姿だ。可愛い。
皇宮の様子から予想はしていたけど、歴史の授業で出てくるような古風な町並みに私は興奮しっぱなしだ。
でも古めかしい印象はなく、この時代では見慣れないような器具があるし、行き交う人々の服装は和風でありながらもどこか先進的なファッションであり、スカートのように丈の短い格好の女性もいる。
花の都と呼ばれるだけあって町の至るところに様々な花が植えられていてまるで花見に来たみたいな気分だ。
しかしそれ以上に目を引かれるのは、宙に浮かぶ提灯、ひとりでに動く屋形車、獣の顔をした人、空を飛ぶ帆船…
「ファンタジーだなあ…。」
ファンタジー要素満載な景観に私は少し遠い目になった。
和風ファンタジーの世界に転生したのだと理解していたけど、見慣れないものが多すぎてこの情報量は私の脳の理解を越えているらしい。
巨大な亀に乗ってきたくせになにを今さらと思われるかもしれないけど。
「では参りましょうかお嬢様方。」
「うん!」「はい!」
澪に伸ばされた手を左右で私と水鞠がつなぐ。
今日のお忍びのコンセプトは、いいところのお嬢様である私と水鞠の姉妹とその御付きの澪。+α。
「ぷらすあるふぁ、とやらはなにか分かりませんが、省略されたのは分かりましたよ。」
今回護衛を任された親衛府右大将の邦彦が苦笑いをして頬をかく。
彼以外にも近くに二人。そして町中に親衛府の兵たちが隠れて警護にあたっている。
万全な警備体制を整えてくれているのは有難いんだけど、おかげで町がどこか物々しい雰囲気に包まれている。
「すまない。悪気はないのだ。それにしてもあれだけ自分が護衛につくと駄々捏ねていた右京が留守番なんてよく許したな。」
護衛の話が出た時、絶対に左大将である自分が私の護衛につくと言い張っていて、全く聞く耳を持たず最近荒れていて大変だった。
一応親衛府のトップは右京だしそのまま推しきられるだろうと思っていたから、今回邦彦が護衛として付いてきたから私は少し驚いたのだ。
「ははは。あの方は有名ですからね。付いてきてしまったら注目を集めて大変だったでしょう。お忍びどころか要人の警護だと周囲に宣伝しているようなものです。」
「ほう。右京はそれほどまでに有名なのか。」
「はい。この国で三本指に入ると言われるほどの剣豪です。実家を出た後戦場を駆け巡り、その身ひとつで身を立てた立派な方ですよ。」
「ほへぇ…。」
師匠である右京の話をする邦彦の瞳は憧れに輝いてイキイキとしている。
普段そんな様子は見せないけれど、きっと師匠である右京のことを尊敬しているんだろうな。
「なるほど。しかし、確かにそれならお忍びの護衛には向かぬな。」
「はい。全く話を聞いてもらえなくてとうとう主上にまで遠慮するように言われて落ち込んでおられました。」
あの時の師匠の顔は見物でしたよ、とクツクツと笑った。
なんと母上にまで話が届いてしまったらしい。
どうりで急に静かになったと思ったら、さすがの右京も母上に言われてしまったら諦めざるを得なかったようだ。
「仕方ない。右京にお土産でも買っていってあげようか。」
「おお。きっと涙を流して喜ばれることでしょう。」
「いや、さすがにそこまでは……、とも言い切れないか?」
「そうでございましょう?」
右京にお土産を渡したら、そこら辺の石でも「家宝にします!」とか言って泣いて喜ぶ姿が容易に想像できる。
お土産選ぶ時は考えて選ばないとな。じゃないととんでもないものが右京の家の家宝になっちゃうかもしれない。
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