第30話 都の空気
大通りには多くの人が行き交い、客寄せのために商人たちが声を張り上げている。
馬車ではなく牛車が道を走り、店前には家紋なのか布がかけられているところなんかは昔の日本っぽい。
美しい反物、米や餅、醤油や味噌…。最初は転生したのが西洋ファンタジー世界じゃないことにがっかりしたけど、和食を食べられると思えば転生したのがここで良かったなと最近は思っている。
「まあ!いろんなものが売っていて賑やかですね。里とは全然違います。」
歩く先々で様々な問屋や露店が並び、賑やかで華やかな様相に瞳を輝かせた水鞠が感嘆の声をあげる。
「水鞠のいた鱗族の里ってどんなところ?」
町でお忍びということで口調を変える許可を澪からもらった私は砕けた言葉でそう尋ねた。
「そうですね。一年のほとんどが雨が降っていて、とても静かなところでした。元々鱗族は数が少ない種族ですので。成人して神官や巫女になると地方の神社に派遣されますからあまり大人もおりません。ですから、このような賑やかなのは初めてで。」
そう話す水鞠は淡々としていて悲しんでいる様子はなかった。
水鞠から両親の話は聞いたことなかったけど、よく考えれば水鞠はまだ幼いのに親元を離れて内裏に出仕している。
もしかしたら水鞠の親も勤めで地方の神社に派遣されているのかもしれないけど、私が彼女を選んだせいで故郷を離れることになったのは間違いない。
でも今さら水鞠を帰してあげられないし、私にできるのはせめて水鞠に寂しい思いをさせないことだ。
「水鞠!あの団子美味しそうだよ!一緒に食べよう!」
「はい!」
水鞠の楽しそうな表情を見て、この外遊が少しでも水鞠の気分転換になればいいなと思った。
「ふぅ。美味しかったね。」
「はい。ですが少し食べ過ぎてしまいました。」
団子にお饅頭、水羊羹に煎餅など私たちは手当たり次第に食べ歩きをした。
美味しいものがたくさん食べれて満足な私とは反対に、私に付き合って食べ過ぎた水鞠は少し苦しそうだった。
神様って食べ物は嗜好品らしくてお腹膨れないんだよね。だからどれだけ食べても太らないという素敵設定だ。素晴らしい。初めて神様で良かったと思ったかもしれない。
ちなみに神なのでどんな毒も効かないらしい。水神は浄化も司どるため、むしろ触れただけで毒を浄化してしまうのだとか。そのため私には毒味役はいないのだ。
おかげで温かい料理は食べられるし、こうして町で自由に買い食いもできる。便利な身体を私は満喫していた。
「じゃあそろそろ右京のお土産でも…。澪?どうした?」
買いに行こうかと声をかけようとして澪の纏う雰囲気がいつもとどこか違うことに気づいた。
小さな変化。でも生まれた時からずっと一緒にいる私はその違いを見逃さなかった。
前にも一度似たようなことがあった。これは……警戒している?
「澪殿?どうかされましたか?」
私の言葉に不審に思ったのか邦彦も澪に声をかける。
「なんだか…。いえ、私の気のせいでしょう。お嬢様の初めての外出で神経質になってしまっていたようです。」
なにかが気になった様子の澪だったが、そう言って苦笑し緊張を和らげた。
「澪は過保護だからなあ。」
「ははは!ですがそのお気持ちよぉく分かりますとも。ここ最近は今日の外出が無事に終わることだけをずっと祈っておりますからね。」
そういっておどけたように話す邦彦だけど、それは多分紛れもない本心だろうなと私は苦笑いを浮かべた。
これでも一応、自分の我が儘で周りを振り回しているという自覚はある。申し訳なく思う一方で後悔はしていない。
だって皇宮に閉じ込められた生活は嫌だ。私だって自由に町の中を歩きたいし、なんだったらせっかく異世界に転生したのだから世界中を旅してみたい。
でもそれが叶わないのは私も理解している。だからお忍びくらい許してほしいと思うのだ。
周りの人たちは勘弁してくれと叫びたいところだろうけど。
「うん?なにやら騒がしいですね。」
今度は邦彦までもがそう言うので本当になにかあるのではないかと考えていると、そのざわめきが私の耳にも届いた。
どうやらなにか揉めているみたいで、男が怒鳴り散らし、町民は面倒事には関わりたくないとばかりに遠巻きにしている。
「なにかあったのかな?」
「私が見て参りましょう。」
野次馬根性で気になってそちらに行こうとしたのを引き留められ、邦彦が自分が行くと申し出た。
ちょっと残念だけど諦めて頷き返すと邦彦は部下に声をかけて離れていった。
「お前たち。ここは任せた。」
「「「はっ。」」」
邦彦の背中を見送りそわそわしながらその場で待つこと数分。男の怒鳴り声も既に聞こえず、ざわついていた空気も元に戻ったことを肌で感じていた頃、少し疲れたような顔をした邦彦が戻ってきた。
「なにがあったの?」
「それが、まあよくあることと言えばよくあることなのですが。」
珍しく煮え切らない態度の邦彦の様子に首を傾げていると
「待って!待ってくれよおっさん!」
そんな子供の悲痛な声が耳に届く。
大人たちの間をするりと切り抜け、私と同じ年ぐらいの男の子が必死な形相でこちらに駆け寄ろうとしていた。
町人に扮して護衛していた兵らしき人たちに止められているみたいだが、それでもその男の子は諦めず拘束から逃れようともがいている。
目に今にも零れそうな涙を貯めて悲痛な顔で必死に手を伸ばしている姿があまりにも痛々しくて私は思わず手を伸ばし
ーー俺◾️お◾️を◾️◾️剣◾️◾️◾️
「…え?」
「お嬢さま、どうかなさいましたか?」
なにかが聞こえた、いや見えたような気がして立ち止まると、私の異変に気づいた澪が顔を覗き込む。
「え、いや。」
「あの子供がどうかなさいましたか?」
「あの子供…。」
そう言われて意識を戻すと私の伸ばした手の先には既にその子供の姿はなくなっていた。慌ててキョロキョロと辺りを見渡して小さな背中を探すが見当たらない。
私がボーッとしている間に既にどこかに行ってしまったのか。
「えっと、さっきの子供はどうしたの?なんだか助けを求めているように見えたけど。」
さっき見えたものがなんだったのかは分からないけど、もしかしたらあの男の子に関係しているのかもしれない。
でもそのことを自分でも上手く説明できる自信がなかったから、とりあえずそう尋ねたけど…
「ええと、ですねぇ…。」
なんとも歯切れの悪そうな邦彦の様子に首を傾げる。周りを見ると何故か全員困ったような表情で、なんと伝えるべきか迷っているようにみえた。
どうやら理解していないのは私だけのようで、他のみんなは状況をある程度把握できているようだ。
「…私には教えられないこと?」
「そ、そのようなことは…!」
なんだか仲間はずれにされたような気分になって思わず不貞腐れたように呟くと、私の機嫌を損ねたと思ったみんなが狼狽えた様子を見せる。
それでも困った様子を見せるだけで一向に答えようとしないみんなになんだか不穏なものを感じた。
「…澪。」
「はい。」
「あの子になにがあったのか教えてほしい。」
あんな幼い子供が涙ながらに必死に助けを求めているのに、誰もが目を逸らして知らないふりをする姿に私は苛立ちを覚えた。失望したと言ってもいい。
私の若干低くなった声色から真剣さを感じたのか、澪はそれまでのお忍びとしての態度を変えて私を見据えた。
「それはご命令でしょうか?」
まさかここでその言葉が出てくるとは思わなくて、澪の問いかけに私は言葉を詰まらせる。
私がそうだと答えれば澪は嘘偽ることなく正直に答えてくれるだろう。この国に皇太女の命令を拒否できる者など存在しない。例えそれがどんな内容だったとしても。
しかしあの澪が命令でもされなければ答えを渋るということは、それだけ私に知って欲しくない内容だからなのだろう。私の知らない大人の事情があるのかもしれない。
それでも…。
脳裏に浮かぶのは助けを求める非力な子供の姿。あんなの見てしまったら、気になってしまって呑気に観光なんて気分じゃない。
なにより前世で培ってきた倫理観がそれでいいのかと私を諭す。
「命令だ澪。私の前で一切の嘘偽りを述べることも許さん。」
「…御意。」
まさか初めての命令をこんなところですることになるとは夢にも思ってもいなかったけど。
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