第31話 最善ではなく最良

 話せば長くなるということで、私たちは近くにあった茶屋へと場所を移していた。

 もちろんその茶屋は貸切りだった。お団子の美味しいお店らしい。後で絶対食べよう。


「おそらくあの幼子は浮浪児でしょう。」


 そして、その言葉から始まった澪の話は、私が転生して初めて耳にするこの国の闇の側面だった。


「この都…いえ、この国の至る所には、貧困により育てられなくなった子供や、花街で生まれた子供など様々な事情で親を失くした子供たちが貧民街や裏路地で暮らしています。金も食べるものもないため盗みを働く者や犯罪に走る者が多く、治安の悪化の原因でもあるのですが、なかなか手がつけられないのが現状です。」

「あの子もそんな子供たちの中の一人だと…。」

「左様でございます。」


 異世界とはいえここは平安の世のような時代だ。

 福祉の制度のある前世の世界ですらホームレスや、他国にはスラムなども多数存在していた。

 一歩外に出ればここにも当然のように貧困層は存在していて、私がこれまで目にする機会がなかっただけだった。

 少し考えれば当然のことだ。私が外の世界に浮かれて気づいていなかっただけ。


「では、あの子供はお金や食べ物を恵んで欲しかったのか?」

「そちらは私がご説明いたします。」


 子供から事情を聞いたのだろう邦彦が代わりに説明をかって出た。


「あの子供は人買いに連れて行かれた同胞を助けて欲しいと申しておりました。」

「人買いだと!?」


 そんな人買いだなんて一大事じゃないか!

 そう思って声を荒げた私だったけど、過剰に反応しているのは私だけで周りの誰も驚いている様子はないことに気づく。

 そのことに嫌な想像をしてしまった私は無意識のうちに唇を噛み締めていた。


「人身売買は違法だったはずだが?」

「…その通りでございます。ですからこれは人身売買などではなく、身寄りのない浮浪児の職業の斡旋として見過ごされているのです。」


 職業の斡旋か…。しかも見過ごされているということは、つまりそういうことなんだろう。


「そこに金銭のやり取りは?」

「…ございます。」

「そこに本人たちの意思は?」

「…ありませぬ。」

「行き先に自由は?」

「……ありませぬ。」


 本人たちの意思に関係なく連れていかれ、売り物のように金でやり取りされる。そこに本人の意思も自由もない。


「それの一体どこが人身売買と違うというのだ…?」


 誰に問いかけるでもない私の呟きに誰もが口を閉ざし目を逸らす。

 それは間違っていると分かっていながら国の上層部が黙認していることに対する後めたさからか。私の周りにいる人たちは全員が国のお偉いさんたちだ。私のその言葉は彼らを非難しているのと変わらない。


 しかしその中で変わらずに真っ直ぐに見つめてくる視線がひとつ。


「間違っていると思われますか殿下?」

「ではそなたはこれが正しいことだとでも言うのか澪。」


 澪だけは表情を変えず私から目を逸さなかった。その目には他の人たちのように罪悪感や後めたさのような感情の色はなく、その瞳からはなにも伺い知ることは出来なかった。


「正しいことか…と問われますと、否と答える他ないでしょう。しかし国を導く為政者ならば、正義のみを貫くことだけが正しいとは限りません。それは殿下もお分かりのはず。」

「だが!」


 正論をぶつけられて堪らず声を荒げたが、そんな私を澪は許してはくれなかった。


「よくお考え下さいませ、殿下。人買いを取り締まるとなれば、町には浮浪児が溢れることとなりましょう。最悪の場合、飢えた子供たちの死体が道に積み上がるやも知れませぬ。ですが、人買いに連れていかれれば少なくとも飢えることはございません。これは行き場を失くした子供たちにとって生きるための最終手段なのです。」

「生きるための、手段…。」

「もちろんこれが正しいこととは申しません。ゆえにこれは最善ではなく最良の手段なのです。」


 躊躇うことなくそう言い切る澪の言葉に言い返すことができなくて私は口をつぐんだ。

 言いたいことは分かる。私だって未来の皇帝としてその辺りのことは学んでいる。国を運営する上で必要なことだと理解しているつもりだ。

 だが、知識としてではなく実際にそのようなことが当然のように行われているのを目の当たりにして私は怖気付いてしまった。

 それはきっと私に平和な世界で生きてきた記憶があるから。そんなことをしなくても子供たちが平和に暮らしていける未来があることを私は知っている。

 だからこそ、幼い子供たちが奴隷のように扱われている現状を仕方がないこととして受け入れることがどうしても出来なかった。

 もちろん、今の私にはどうすることもできないのは分かっているけれど。


「浮浪児であっても、この国の民で庇護するべき存在であることには変わりないのに…。」


 私のその呟きに返ってくる言葉はなかった。

 結局私はそうか細い声で一言溢すだけでろくに言い返すこともできないまま、この話は終わりをむかえてしまったのだった。






 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、私は歩きながらもっちゃもっちゃとお団子を頬張る。

 いつもならお行儀が悪いと小言が飛んでくるところだが、今はお忍び中で市民に紛れるべきとき。

 そして先ほどのこともあってか、珍しく澪から注意が飛んでこなかった。



 ーーチリーン……



 あんなに胃が痛くなりそうなシリアスな雰囲気だったのにお団子は食べれるのかって言われてしまいそうだが、それはそれ。

 むしろ甘いものを食べないとやってらんない。

 前世では普通の一般市民としてお気楽に暮らしていたんだ。突然為政者としての考え方を持てと言われても難しい。

 前世の記憶があるのは大きなアドバンテージだけど、常識が食い違う時は擦り合わせが大変だ。



 ーーチリーン…



 それにしてもこのお団子かなり美味しいな。

 私はお団子といえばみたらし団子が一番好きだけど、このもちもちした生地に甘い餡子がたっぷり詰まったシンプルな団子も捨てがたい。

 さすが皇族の外出先の休憩所として選ばれるだけのことはある。


「お腹いっぱいかもしれないけど、水鞠も一口だけでも食べてみな、よ…?」


 団子を握りしめ後ろを振り返った私の目に飛び込んできたのは、人通りのない閑散した道。と、黒猫が一匹。さっきからチリンチリンいってたのはこいつか。


「あっるぅれぇ…?」


 いつの間に大通りを離れてこんなところまで来てしまっていたんだろう?しかも誰もいないし。

 たしかにあんなことがあって色々考えこみながら歩いていたし注意散漫になっていたことは否定はできない。

 でもそれにしたって誰か一人くらい声をかけてくれても良くない?


 うーむ。もしかしたら私が気づいていないだけで隠れて護衛がついているのかもしれない。


「おーい。誰かいませんかー!帰りたいんですけどー!」


 ーーシーン…


 はい。返事なし。迷子確定です!


「まじかぁ…。」


 初外出で早々に迷子になるとは。中身は大人を自負している私としてはさすがに居た堪れない。

 まあ私が恥ずかしいだけならまだいいけど、これって結構まずい状況ではなかろうか。


 私はこれでも皇太女。自覚はないけど一応この国で二番目か三番目?くらいに偉い人だと思う。

 だからこそ外出するだけでも一大事で、護衛だってたくさんいた。

 うう。どうしよう。私のせいで護衛の人たちの首が物理的に飛びかねない。


「帰ったら、護衛の顔ぶれが変わっていたとかあったら怖すぎる。」


 そうならないようにするためにも早くみんなと合流しなければ。

 私は慌てて元来たであろう道を戻り始めた。

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