第9話 初めての食事

「それぐらいにしておくのじゃ。あまり姫をからかうでない。」


 恥ずかしがる私を庇ってか母上が宰相さんたちを窘める。

 でも母上。少し止めるのが遅すぎないですか?母上も楽しそうに話を聞いていたこと、私知ってますからね?


 恨めしげな私の視線に気づいているのかいないのか、しれっとしている母上は「では、祝いの宴を始めるのじゃ。」といって手元の盃を持ち上げる。


 乾杯でもするのかと首を傾げていると、澪が私にもなにかが注がれた盃を渡してくる。

 まさかお酒じゃないよね?


「桃の果実水でございます。甘くて美味しゅうございますよ。」


 桃の果実水ってことは桃のジュースってことかな。

 確かに甘くて美味しそうな匂いがする。

 良かった。立派な盃を渡されたから、てっきりお酒飲ませようとしているのかと思って、ちょっと驚いてしまった。白く濁っているから見た目もそれっぽいし。

 この世界でもさすがに3歳児にお酒は飲ませないらしい。


 周りを見ると他の3人も盃を持っている。


「今宵は顔合わせも含めた姫の祝いの宴じゃ。ささやかなものじゃが気軽に楽しむとよい。それではいただこう。」

「「「我らが神と北の帝国に栄光あれ!」」」


 うえっ?!


 母上の言葉の後に急に3人が盃を掲げて大きな声を上げたので、驚いて思わず変な声が出そうになったのを慌てて呑み込む。


 なんだろう?この国での『いただきます』みたいな食前の挨拶なのかな?

 でも、日本でする食前の挨拶とは意味合いが違いそう。栄光あれって言ってるし。

 まあ、日本のいただきますも独特な文化だからね。

 西洋とかでは神に感謝します的な挨拶だし、そもそも食前の挨拶がない国がほとんどだと聞いたことがある。

 私は、食べ物の命に感謝しますっていう日本の挨拶は好きだけど。


 この国は日本と似かよっている部分が多いけど、食前に『いただきます』という文化は、どうやらこの世界にはないらしい。


「どうされましたか姫様?桃の果実水はお気に召しませんか?」


 私が軽くカルチャーショックを受けて固まっていると、澪のどこか心配そうな声が聞こえる。

 はっとして意識を戻すと、既に母上も含めた他の人たちは手に持っていた飲み物に口をつけていた。


 私が桃のジュースを気に入らなくて飲んでいないと思ったのか、今にも新しい飲み物を持ってきそうな勢いの澪と、顔色を悪くする配膳係の女性たちが見えて、私は慌てて桃のジュースを飲みほす。


「あ、おいちい。」


 さすが皇族が口にするものというべきか、そのジュースは濃厚で、桃の甘さがぎゅっと凝縮されたような美味しさだった。本当に桃を食べているみたいで、正直日本のものより美味しいかもしれない。


 ぽろっと私の口から漏れ出た言葉を聞いて、澪や周りの人たちは安心したように表情が和らぎ、なんだか少し申し訳ない気持ちになった。

 身分のせいもあるけど、かなり気を遣わせてしまっているらしい。


「さあ姫様。なにからお召し上がりになりますか?」


 箸を持ちながら澪はにこやかに尋ねてくる。

 もしかして、私に食べさせようとしている?


 体は幼女とはいえ、精神的には大人のつもりでいるので、食べさせてもらうのはさすがに恥ずかしい。

 自分で食べれると言おうとして、はたと止まる。

 

 転生した私にとって今回が初めての食事で、もちろん3歳児な私は箸なんて使ったことがない。

 それなのに、教えてもいないはずの箸をいきなり完璧に使ってしまえば、いくら母上が使用している様子を見てきたとはいえ絶対に怪しまれるだろう。


 うむむ。どうしよう。これは究極的な問題だ。


「姫様…?」


 拙い、下手なふりをすればいけるかな?

 いや、でもそれだとせっかくの料理を楽しめないし、かなり時間がかかってしまうだろう。どうせなら心置きなく食べたいし。


「あの…?」


 やっぱり澪に食べさせてもらう?自分が恥ずかしいのをちょっと我慢すればすむ話ではある。

 それに私は3歳児で箸なんて使ったことないんだから、誰もおかしいとは思わないはずだ。

 それに澪みたいな美人さんにあーんしてもらえるなんてむしろご褒美ではないか。


「気が進まないようでしたらお下げいたしましょうか…?」

「このおこめからおねがいしましゅ!」

「は、はい。かしこまりました。」


 食いぎみに身を乗り出して詰め寄る私に澪は若干引いた様子で頷いた。


 危ない危ない。どうしようか迷って考えている間に危うく食事を下げられてしまうところだった。

 こんなに楽しみにしていたのにさすがにそれは笑えないわ。


「どうぞ。姫様。」


 ニコニコと機嫌が良さそうな澪になにがそんなに嬉しいのかと疑問に思いながら、あーんと口を開けるとほかほかの白いお米が口の中に運ばれる。


 モグモグ……


 うん。美味しい。

 久しぶり食べるお米は懐かしくて思わず涙が出そうになるけど、それをしてしまうとみんなに何事かと心配されそうだから涙腺が崩壊しそうになるのを必死に耐える。

 ほんのりと甘味があって優しいお米の味は、日本のものにひけをとらないぐらいに美味しい。


 やっぱり日本人にはお米が一番だよね。

 最初は転生したのがお決まりの西洋ファンタジーの世界じゃなかったことが少し残念だったけど、和食が食べられることを考えれば絶対和風世界のほうがいい。

 和食最高!


「いかがですか?」

「おいちい!」

「それはようございました。」


 満面の笑顔で答えると澪は嬉しそうに微笑む。


 ふと視線を感じて隣を見ると、何故か母上がこちらをじーーっと見ていた。

 私、またなにか変なことをした?というか、いつから見られていたんだろう。


 困って周囲を見渡すと、いつの間にか母上どころかここにいる全員が私に注目していてぎょっとした。

 無意識にやらかした!?と思っておろおろしていると澪がこそっと耳打ちをする。


「姫様の初めてのお食事なので、みなさま気になってしまわれるのでしょう。」


 気になってしまう…?

 そう言われて改めてみんなを見ると確かに微笑ましそうに見られている気がする。

 なんだか恥ずかしくなってきて、澪がせっかく差し出してくれているご飯を食べるのを躊躇ってしまう。


「むむむ。たべにくい。」

「お気になさらず。最初のうちだけですから。」

「たべているだけなのにそんなにきになるかな?」

「ふふ。姫様があまりにも美味しそうにお召し上がりになるので、ついつい視線が吸い寄せられてしまうのですよ。」


「幸せな気持ちが伝わってくるようです。」と言う澪は優しく微笑む。さっきから澪が嬉しそうなのはそのせい?

 うーん。たしかに懐かしいお米の味に感動してしまっていたけどそれがみんなにも伝わったんだろうか。


「姫を店の前においておけば客寄せになりそうじゃな。」


 私たちの会話を聞いていた母上が、呆れているのか感心しているのかわからない様子でそう言うと、周りの人たちも同意するように頷いている。


 それにしても客寄せって。母上ももうちょっとましな言い方はなかったのか。

 褒められているのか、からかわれているのか分からない。


「姫様。次はなにをお召し上がりになりますか?」

「うーん。じゃあこのおさかな!」

「はい。では身をほぐしますね。」


 私が次に選んだのは、まるまる一匹の焼き魚。

 見た目は鮎っぽいけど何て言う魚なんだろう。

 私は前世から肉より魚派で、炭火で香ばしく焼いた鮎の塩焼きが大好きだった。


「はい。お召し上がりください。」


 モグモグ。…うん!味は完全に鮎の塩焼きだ!

 ほどよい塩加減でめちゃくちゃ美味しい!白米との相性も抜群で凄く幸せな気持ちになる。

 できれば苦いところも食べたいし、がぶっと豪快にかぶり付きたいところだけど、みんな高貴な身分であるためか上品に食べているし、私だけさすがにそういうわけにもいかないよね。

 ちらりと見れば、あの豪快に食べそうな伊三郎さんでさえ、かぶり付かずにほぐして食べている。


「どうかされましたか?」

「ううん!つぎこれたべたい!」


 鮎にかぶりつくのを早々に諦め、次は天ぷらを選んだ。

 澪はつゆに大根おろしを入れると、天ぷらをひとつとってつゆにつけてくれる。


 モグモグ。…お、これ鶏天だ。多分だけど。

 お肉が柔らかくてふっくらしている。これもなかなかに美味しい。

 他には、レンコン、白身魚、山菜、茄子の天ぷらがあった。

 どれも美味しくて満足なんだけど、一番好きな海老とオクラがなかったのが残念。今度頼んで作ってもらおうかな。


 次に手をつけたのはまさかの茶碗蒸し。

 この世界に茶碗蒸しまであるなんて驚いた。恐るべし和風ファンタジー。

 でも私が一番驚いたのはこの時代にスプーンがあったことだ。世界金属製じゃなくて木材でできているけど、間違いなくこれはスプーンだった。


 パクっと食べるとぷるぷるとした食感で、口の中で直ぐに溶けていく。

 味は優しくて凄く美味しかったけど、日本のものより甘い味がした。デザートにしても良さそうなくらい。完全に日本のものを想像しながら食べたから、その味の違いにちょっとびっくりした。

 あと、この茶碗蒸しには、日本でよくある椎茸やかまぼこといった具材は入っていないようだった。上にみつばらしきものは乗ってたけどトッピングはそれだけだ。

 私は銀杏が嫌いなのでそこは良かったけど。



 次は汁物にしよう。透明なのでお味噌汁ではなく、お吸い物みたいだ。

 椎茸やなにかの魚が入っている。それにしても魚の料理が多いな。この地域は水産が盛んなのかもしれない。


 汁物はさすがに直接お椀に口をつけて飲むだろうと思ったけど、澪は「熱いですので火傷をするといけません。」といって小さな容器に少量のお吸い物をついで渡された。


 ……うん。まあ確かに熱そうだし火傷を心配するのも分からなくもないけど、できれば熱々を直接飲みたかったな。

 母上は普通にお椀に口をつけて飲んでいるので、これは私がまだ幼いための対応だろう。

 いずれ成長したら私も直接飲めるようになるはずなのでここは大人しくしておこう。


 お吸い物をごくりと飲めば、優しいうまみがふわっと口の中に広がって思わず頬が綻んだ。ほっとする味で体がじわぁっと温まる。べつに今が寒いわけじゃないんだけどね。

 それにしても、これなんのだしが使われているんだろう?わからないけどとにかく美味しい。


 次は煮物かな?筑前煮に似ている。というかこれ筑前煮だよ。

 味はちょっと薄いけど、それ以外はほとんど日本のものと一緒だった。違う世界のはずなのになんでこんなに食事が似ているんだろう?


「どうかなさいましたか?」

「…ううん。なんでもない。」


 澪に尋ねられたけど、異世界と料理が似ているから不思議に思ってたなんて言えないし。

 私としては今世でも和食が食べられるから嬉しいけど、やっぱりここまで食事がそっくりだとちょっと気になる。


「姫様。甘味はいかがですか?」

「かんみ!」


 難しい顔をして首をひねっていたけど、甘味、つまりデザートと聞いてガバリと顔を上げた。

 その一言でさっきまでモヤモヤして考えていたことが一瞬で吹っ飛んでしまったことに自分でも驚いた。

 甘いものが好きだから私の体が甘味に釣られてしまうのも無理はないと思う。


 瞳を輝かせながらウキウキして待っているとお待ちかねのデザートが運ばれてきた。


「おお!」


 それを見て思わず感動の声がもれる。

 デザートは、白玉とフルーツとあんこが盛り付けられた、まさに私の知っているあんみつそのものだった。

 見た目も涼やかで容器にも気を遣っているのかおしゃれな盛り付け。食べるのがもったいないくらいに美味しそう。


 澪が黒蜜を上からかけると思わず涎が垂れそうになりもう待ちきれない!


「白玉とあんこの黒蜜がけです。」


 ああ、あんみつとは言わないんだなーという感想もそこそこに、私は早速スプーンで差し出されたあんみつをぱくりと食べる。


「~~~!!」


 甘い!美味しい!

 久しぶりの甘味に頬っぺたが落っこちそう!


 思わず頬っぺたを押さえて悶えるとクククと笑いを堪えたような声が聞こえてきた。

 母上や宰相さんたちは肩を震わせて顔を背けているし、ほわ~とした表情を浮かべている人や悶えている人など様々な反応をしている。


 でも今の私はそんな反応もたいして気にならないくらいに夢中でデザートを味わっていた。

 やっぱり甘いものは正義だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る