第24話 神の婚姻事情

 この国には皇帝である母上を頂点にして、その下に3人の権力者が存在する。


 行政を担い執政機関である八省を統括する宰相。


 皇宮を管理し女官たちを統率する女御。


 国防を担い全軍の指揮権を持つ将軍。


 皇帝から直接任命を受け国の中枢を担う彼らは、この国の権力を握っていると言っても過言ではない。


「でもまさかその3人があの宴に出席していた人たちだったとは。」


 今日の講義はこの国の官職についてだった。

 特に地位の高い高官や重職を中心に学んでいた際に真っ先に出てきたのがこの宰相、女御、将軍の3人の権力者だったのだ。

 宰相がじいじであることは私もよく知っていたことではあったんだけど、女御と将軍の名前を聞いた時に初めて3歳のお祝いの宴に出席していたあの二人、紫乃さんと伊三郎さんの正体を知ることになった。


 ここで今日の授業を振り返るためにも玄天ノ国の政治体制について軽くおさらいしようと思う。

 まずは行政から。

 国の行政を担うのは八省と呼ばれる、その名の通り中務省、式部省、兵部省など全部で八つの部門から構成される行政機関。

 そして八省を取りまとめるのが皇帝から直接任命を受ける宰相と呼ばれる行政における最高責任者だ。

 日本に例えるなら、八省は内閣で宰相が総理大臣と似たような役割を担っており、政治体制も似通っている。

 主に英才教育を受けた貴族の中から優秀な官吏が選ばれ、皇帝のお膝元である大内裏の官庁に勤めている。


 女御というのは皇族の住まいである内裏に勤める女官たちを統括する役職で、その機関を後宮司府という。

 まあ女官に限らず皇族のお世話をする男性の官吏もいるにはいるけど、男性のほとんどは行政府や軍といった役職に就いているので主に女性が多い。

 ちなみに後宮殿は皇帝の生活の場であり私が東宮殿に移る少し前まで暮らしていた場所で、後宮司府は女官たちが所属する機関の名前なので少しややこしい。

 日本の歴史で登場する後宮は皇帝の奥さんたちのことだったけど、この世界での後宮司府は皇宮勤めの女官全般を差し、皇帝の配偶者ではないため普通に既婚者も存在する。

 その仕事内容は簡単に言えば主に皇族のお世話係。食事や服、薬といった身の回りの世話から家具や宝具といった財産管理までその仕事内容は幅広い。


 将軍はその名の通り、軍を統括する最高司令官。

 日本で将軍といえば徳川幕府が思い付くけど、この世界での将軍は執政権を持たない純粋な軍の指揮官であり世襲性でもない。

 皇帝以外で国の全軍を動かせる唯一命令権を持つ人物として大きな権力を持っているのは間違いないけれど。

 ちなみに衛府は皇帝直属の護衛で都の警護を担っていて、国の守護を担う軍とは別の管轄のため、将軍に衛府の指揮権はない。

 衛府を動かせるのはそれこそ皇帝だけなのだ。


「ふー。疲れた…。」

「お疲れ様です殿下。少し休まれてはいかがですか?」

「ありがとう。澪。」


 今日習ったことを復習していた私はノート代わりに使っている紙の束を閉じる。

 澪が入れてくれたお茶を飲んでほっと一息をつくとだらーっと体をだらけさせた。

 伽耶が見たら「はしたのうございます。」と怒られてしまうこと間違いなしの格好だけど、澪は私に激甘なので人前でなければ目を瞑ってくれる。

 やっぱり澪が世界一!


「殿下はとてもよく勉学を頑張っていらっしゃいますね。さすがでございます。」

「知っている人が出てくるとつい気になってしまって。じいじはともかく、あの二人がそんなに偉い人だなんて知らなかったよ。」


 あの二人とは私の3歳の誕生日のお祝い席で初めて会った。

 自己紹介はしてくれたけど、役職までは聞いていなかったからなあ。

 身内だけの席とは聞いていたから親戚かなにかかと予想はしていたけど、皇族の身内なんだから偉い人なのは考えてみれば当然なのかも。


「確かに宴の席ではお二人方とも名前を名乗っただけでございましたね。お二方の肩書きは周知のことでしたからお伝えするのを忘れておりました。申し訳ございません。」

「澪が謝ることじゃないよ。私も初めての食事にすっかり夢中になっちゃってそれどころじゃなかったから。」


 美味しそうな料亭にも勝る和食を目の前に並べられて我慢できるはずがない。

 それが久しぶりの待ちに待った食事であるならなおさらだ。


「それじゃあ宴に参加していたあの三人も皇族なの?」

「正確には準皇族と呼ばれる身分でございます。」

「準皇族?」


 また新しい単語が出てきて首を傾げる。

 皇族とはどう違うのだろう?準というぐらいだから分家とかだろうか?


「準皇族というのは人間から神籍に入り神の一族に名を連ねた者のことを言います。つまり入内をした者のことですね。」

「入内…?」

「人でいうところの婚姻に近いかと。」

「こ、婚姻~~!?」


 ちょ、ちょっと待って!

 婚姻って私の知っているあの婚姻だよね?男性と女性が結ばれて家族になる、つまり結婚のことだよね?

 でも待って欲しい。それってつまり三人の結婚相手は母上ということにならない?


 伊三郎さんとじいじはともかく、いやじいじは年齢的にアウトな気がするけど、それはひとまず置いておこう。

 貴族とか身分のある人の政略結婚なら親子ほどの年齢差があるというのも昔はよくあったらしいから、私もそこまではなんとか理解できる。


 ーーでも紫乃さん。あなた女性ですよね!?え?この世界同性婚オッケーな感じなんですか!?


 衝撃的すぎて目を白黒させて混乱する私をなだめるように澪が背中をさすってくれた。

 そのおかげでちょっと落ち着く私。

 でも自分の母親が男だろうと女だろうと見境ない両刀だと知った時の衝撃は計り知れないものがある。

 私明日はどんな顔をして母上に会えばいいのだろう?絶対顔に出ちゃう気がする。


「…殿下がなにを考えていらっしゃるのか予想はつきますが、人の婚姻と神の婚姻は少々事情が異なります。」

「事情…?」

「はい。人の婚姻は子孫を残すためのものですが、神の婚姻は神の眷属になるためのものなのです。なので正確には婚姻とは似て非なるものといえましょう。」


 澪の説明によると、神というのは人のような生殖機能は持たず男女で結婚して子供が生まれるわけではないらしい。男型、女型はあれど神は本来無性なのだとか。

 じゃあ私はどうやって生まれたの?という疑問は当然ながらあるけど、それは将来学ぶことになるからと教えてくれなかった。

 でもこれで少なくとも私には父親がいないことが判明したわけだ。

 道理でこの歳になっても一度も父親に会わないと思った。そもそも最初からいないのだからそれも当然のことだ。


「じゃあ子孫を残すためじゃないなら、なんのために婚姻するの?」

「それは神である主上を永きに渡りお支えするためでございます。主上は神であらされるため不老不死の身であり寿命というものがございません。そしてそれは人とは異なる永遠とも呼べる長き時間を生きることを意味します。」

「え…。」


 澪の少し寂しげな瞳に私の姿が映って見えた。

 神であり皇帝である母上は当然不老不死ということになり、そしてそれは母上の後継である私にも当てはまることになる。

 私って不老不死だったの!?

 またまた衝撃の事実を知って今日は厄日かと頭を抱える。

 そんなの知りたくなかったよ。


 不老不死って人類の夢とか言われているけど、でも私はそんなのちっともうらやましいとは思えない。

 だって周りの人が年を取って死んでいく中で、自分だけが変わることなく親しい人たちの死を見送らなくてはならなくなるから。

 まるで自分だけが世界に取り残されてしまったかのようにみんなは私のことを置いていってしまうだろう。

 そんなの耐えられるか?と聞かれれば私は迷わず否定する。


「そ、そんなことって…」


 いずれ来るだろう孤独な未来を想像して声を震わせると澪は「失礼いたします。」と言って私の肩をそっと抱き締めた。

 赤ん坊のころから知っている慣れ親しんだ温もりにほっとして力が抜けた。


「殿下。皇帝は自らの気に入った者を神の一族に迎え入れて眷属にすることができます。眷属、つまり準皇族となった者は神の伴侶として不老長寿となり、皇帝を側でお支えし共に長い時を生きることができます。そして殿下もいつか同じ時を共に歩んで欲しいと思う相手が現れることでしょう。その時はその者を入内なさいませ。あなた様が孤独な思いをなさいませぬように。」


 澪の私の未来を案じるその言葉は優しいようでいて、言外にそれは自分ではないのだと突き放されたように聞こえて私は少し胸が痛んだ。






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