水神の姫君は転生者
北ノ双月
玄天ノ国編
第一章 水神の子供
第1話 転生
「おぎゃああぁ!」
「はーい。よしよし。大丈夫ですよー。」
え?なに?私、どうなったの…?
今私は誰かに抱えられて背中をとんとんと優しく叩かれながらあやされている。
自分の口から出るのは赤ん坊のような泣き声で、口を閉じようとしても体の自由がきかない。
今泣いているのは、私…?
意識せず口から漏れでている赤ん坊のような泣き声に困惑しながらも状況を確認しようとするが、襲ってくる強烈な眠気に逆らえず瞼が閉じていく。
もう、ダメ。眠すぎる。
眠りに落ちる直前、はっきりとしない意識の中で私は前世の記憶を思い出していた。
その日は視界の悪い雨の日だった。
当時大学生だった私は、ファンタジー小説が好きな友達から勧められた本を書店で買い求め、傘を差しながら横断歩道の信号が変わるのを待っていた。
早く家に帰って本を読みたかった私は、信号が青に変わると、ろくに周囲を確認もせずに横断歩道へと踏み出した。横断歩道を渡る前に左右を確認しなければいけないことなんて、小学生ですら知っていることなのに。
最後に覚えているのは、目の前に迫るトラックと眩しいほどのライト、そして凍えるほどに冷たい叩きつけるような雨だった。
そうか。私、死んだんだ。
はっとして意識が覚醒し目を覚ますと、私は知らない場所にいるようだった。
ふかふかの柔らかい布団の上で寝かされているようで、とても気持ちがよくて油断するとまた眠ってしまいそうになる。
どう考えてもこの布団の心地よさは私の自宅のものより高いやつだと思う。
それにしてもここはどこだろうかと辺りを見渡せば、目に入ってくるのは隠すように周囲を囲う、綺麗な刺繍がされた明らかに高級そうな布。
なんだこれ?天蓋つき……布団?
なんでこんなものがここにあるのか不思議に思って手を伸ばせば、幼い子供のように短くなった片手が見えてぎょっとする。
本当に自分の手なのかとにぎにぎと動かしてみる。自分の意思に従って動くこれは、どうやら本当に私の手であるらしかった。
これって今流行りの転生というやつだろうか。
私はたしかにあの時トラックに轢かれたはずだし、この小さくなった自分の手を見れば、それしか考えられない。
まさか走馬灯で赤ん坊だった時のことを思い出しているわけでもあるまいし。
未だにはっきりとしない頭でぼんやりとそんなことを考えつつ、周囲から聞こえる話し声に耳を傾けた。
私の知らない言葉で話しているらしく、話の内容はさっぱりわからない。
ただ華やかな高めの声が多数聞こえることから、どうやら女性の集まりが布で遮られた向こう側にいるみたいだ。
その中の一人の声がやけに透き通るように耳に届くのが気になった。鈴の音のような声とはこういうのを言うんだろうなと思うほど、うっとりするような心地いい声は、まるで子守唄のように私を眠りの世界へと誘う。
あれだけ寝ていたのにまだ眠いのかと自分に呆れつつも、転生して赤ん坊になってしまったのだから仕方ないと自分に言い聞かせ、私はまた眠りの世界へと旅立った。
次に目が覚めたとき、私はまた誰かに抱えられているようだった。香水をつけているのかほのかに甘い匂いがする。
目の前に広がる服の生地からして、この前も思ったけど私は裕福な家庭に転生したのかもしれない。
どんな世界に転生したのかはまだ謎だけど、裕福な家なら食いっぱぐれることは無さそうで一安心。
やっぱり貧乏な家庭に生まれるよりは生活に困る心配がないお金持ちの家の方が断然いい。
この前目覚めた時よりも思考がはっきりしていて、色々なことを考える余裕がある。
これまではいつでも眠くて眠くて仕方がなかったけど、少しは成長したからか今はそんなに眠気を感じない。
そうなれば自分の状況が気になるもので、周囲を観察したくて身動ぎすると、私が起きたことに気がついたのか、私を抱えていた女性が顔を覗き込んできた。
「あら?お目覚めでしょうか?」
優しげに細められた目には慈愛の色があり、とても優しそうな表情をした美人だった。
もしかしてこの人がお母さんだろうか?もしそうなら自分の顔にも期待ができるのだけど。
黒く長い髪を緩く後ろに纏めており、着ている服は鮮やかな和装だった。
もしかして異世界転生じゃなく、過去の世界に転生したのだろうか?タイムスリップみたいな。
まさかの流行りに乗れない私。
魔法が使えるんじゃないかとちょっと期待していたのにそれも叶いそうにないな。
自分の残念さに落ち込んでいると、私を抱えている女性以外にも近くにいた何人かの女性が近寄って覗き込んできた。
「まあ。今日はおめめがぱっちりですね。可愛らしいわ。」
「次、私にも抱かせてくださいな。」
「本当に愛らしいですね。きょろきょろして私たちを見ているのかしら?」
視界いっぱいに笑みを浮かべた華やかな美人が多数映り、目の保養を通りすぎて視界が眩しすぎる。
ここには美人しかいないのだろうか。しかもたくさんの美人が私を見て可愛い可愛いと言ってくる。
ちょっと自分が惨めな気分になるのでやめてほしい。
それにしてもどの人が私のお母さんなのだろうかと一人一人の顔を観察してみるが、いまいちよくわからない。
裕福な家庭みたいだし、もしかしたらこの人たちはお世話をするメイドさん的な存在なのかもしれない。
いやいや。夢を見すぎるな。自分の母親が乳母さん的な仕事をしているだけかもしれないじゃないか。
自分が裕福な家庭だと断定するのはまだちょっと早いかもしれない。
きゃっきゃと女々しい美人さんたちを見ながら過度な期待をしないように自分を戒めていると
「おやまあ、ほんに珍しいこと。ほとんど寝ておったのに今日は目を覚ましたのかえ?」
決して大きな声ではないのに不思議と耳にすっと届くような綺麗な声は、あの時印象に残った声と同じものだった。
「ええ。そのようでございます。お抱きになりますか?」
私を抱えていた女性がさっきの声の女性に対しそう提案する。丁寧に話す様子や敬意を感じるその態度から相手は目上の人なのだろう。
この家の女主人なのかもしれない。
女性が立ち上がったことで体の位置が高くなり、急に視線が高くなって少し恐怖を感じたので、思わず女性の体にしがみついた。
それでも自分の母親かもしれない人がどうしても気になって、気持ち身を乗り出す思いで自分を抱き上げようとする女性に視線を向けて唖然とする。
「あらまあ。母がわかったのか。小さな目が見開いておる。」
コロコロと鈴の音のような笑い声とは反対に、話す言葉はまるでお年寄りみたいな古風な話し方だった。
しかしその顔立ちは驚くほど綺麗な顔をしていた。
濡れ羽色の髪というのはこういう髪のことをいうんだろうなというくらい艶やかな長い黒髪をしているし、その瞳はまるで宝石のような深い瑠璃色だった。
しかもよく見ると、黒髪の先の方は蒼くなっていてとても綺麗なグラデーションだ。
染めているのかとも思ったけど、そんな不自然さは感じない自然な色だった。
さっきの女の人たちも美人だったけど、この人はそれを凌ぐほどの美しさで、なんというか格が違う。
本当に同じ人間なのか疑ってしまうくらいに神々しくて、逆に人間味のないほどだった。
人間じゃなくて天女だと言われれば納得してしまうくらいには。
高貴の人らしく、服装も黒を基調とした簡素な十二単にも似ているような上品な着物を身に纏い、髪はアップにしていてこれまた高そうな花飾りや簪で飾られていた。
垂れ目のおっとりとした顔立ちに雪のように白い肌と赤い唇。化粧はしているだろうけど、たぶんなくても色白で綺麗なんだろうな。
まさに芸術品かくやというべき優雅で上品なその姿は、赤ん坊の私でも思わず見惚れるほどだった。
この人がお母さんはさすがに嘘だろう。いやでもさっき母がわかるのかと聞いてきたし。うーん。
「この子は優秀じゃな。もう馴染んできたようじゃ。これからは目を覚ましていることも多かろう。」
その言葉の意味はよくわからなかったけど、この前まで知らない言葉で聞き取れなかったのに、今更ながら今回は何故かこの人たちの言葉がわかることに気づいた。
日本語ではないようだけど、ここまで早く新しい言語を獲得できるなんて、これが赤ちゃんの学習能力というやつなんだろうか。
「まあ!それは喜ばしいことです。次代様は優秀でいらっしゃるのですね!」
「起きている時間が長くなるとお世話のしがいがありますわ。いつも寝ていらっしゃるのですもの。寝顔も大変お可愛らしいですけども、やはり目を覚まして反応があると嬉しくなります。」
傾国の美女に抱えられ、華やかな美女たちに囲まれながら、一体自分は前世でどんな徳を積んだのだろうと疑問に思いつつ、情報収集の意味も含めて彼女たちの話に耳を傾けているのだった。
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