第27話 未来を告げる瞳

 幼女に頭を下げられていることで自分が悪の親玉にでもなったような気分でいると、いつの間にか近くに寄ってきていた大巫女が「お気に召した子はいますか?」と耳元に口を寄せてこそっと聞いてきた。


 …ここはキャバクラかなにかか。犯罪臭がするのでその言い方はやめなさい。


 そもそも候補者たちは頭を下げているから顔も見えないし、言葉すら交わしていないのに次代の大巫女にふさわしい人をどうやって判断しろというのだろう?直感に頼れとでも?


 そんな気持ちを込めて「そんなすぐ分かるわけがなかろう。」とむっとした顔を大巫女に向けると


「やはりそうですか。わたくしが姫巫女として主上に選ばれた時は御前に上がってすぐのことでした。その理由を尋ねた際に、主上は一目見れば分かるとおっしゃったので、殿下ももしやと思ったのですが…」


「やはり主上はわたくしをからかっておられたのでしょうか?」と少し残念そうな表情を浮かべた。

 大巫女は母上からその言葉をかけられた時、その出逢いが運命のようで当時非常にときめいたらしい。

 確かに母上は男性のみならず女性にもモテそうな容姿、性格をしているし、実際のところ昔から母上は老若男女問わず信仰とは別に憧れの対象だったようだ。

 案外ロマンチストだったんだなとうっとりと母上の魅力を語る大巫女に、私は少しだけ距離を置いた。いや、他意はないですよ?


 しかし、まさかの母上直感で選んだ説がここで急浮上してきたわけだけど、果たして私もそれを参考にしてもいいものなのか。

 本当に見ただけで選ぶべき人が分かるならそれに越したことはないけれど。


 とにかく物は試しと、私は候補者たちのつむじをじーっと見つめる。

 …いやしょうがないんだよ。みんな頭を下げているからつむじしか見えないんだから。別にふざけているわけじゃない。


 私は手にしている扇子をくいっと動かし御簾の外側にいる澪に合図を送る。斜め横に待機している澪の位置からはこちらの御簾の中が見れる配置になっていた。

 これは気軽に会話ができない皇族に代わりに、側近が皇族の言葉を代弁するための措置らしい。正式な謁見でなければここまで面倒なことをしなくてもいいらしいけど、今回はその正式な謁見に該当する。

 たとえ何気ない一言であっても、神の立場から発せられる言葉はそれだけ重いものなのだと紫乃さんから口をすっぱくして言われている。

 冗談が通じない世界なのだ。恐ろしい。


「殿下からお許しが出ました。姫巫女候補者の皆様は顔をおあげください。」


 澪の言葉に七人の候補者たちがゆっくりと顔をあげる。

 濃さの違いはあるけど青系統の髪と瞳の色に、ヒレ耳という鱗族の特徴を持った可愛らしい少女たち。

 堂々と自信に溢れた表情をした子もいれば、今にも泣き出しそうな不安げな表情をした子もいる。


 そうして左から一人一人の顔を確認していって最後の一人


「……あ。」


 その子は一番右側に伏せ目がちに座っていた。

 怯えたように揺れる瞳は湖の水面のように澄んでいて、淡く薄い藍色のふわふわのウェーブのかかった髪をした儚げな美少女だった。

 その姿はまるで物語に登場する人魚姫のよう。


 私の視線はその美しい少女に釘付けになり


「…うっ」


「殿下?」


 頭が割れるように痛い。

 胸が締め付けられるように息苦しい。

 まるで久方ぶりに旧友に出会えたようなそんな喜びと切ない感情が溢れてきて気持ち悪くて吐き気がする。

 会ったことがあるはずもない相手に対して止めどなく溢れてくるこの感情は、自分のものではないようで酷く混乱した。


 そうだ。会ったことないはずなんだ。

 この少女のことを私はなにも知らない。

 それなのにどうして私は彼女に再会できたことがこんなに嬉しくてたまらないんだろう?


 ……本当に?私はこの子を本当に知らないのだろうか?



 ーー隣に■れずともわた■しの■は常にあ■■様と共に



「殿下!」

「あ…」


 体を強く揺さぶられ、私を呼び掛ける心配そうな声に私ははっとする。


「殿下、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫。少し考え事をしていただけだ。」


 大巫女が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

 いつの間にか御簾の外にいた澪も側で私に付き添っている。どうやら澪が近くに来たことも気づかないほど集中して考え事をしてしまっていたようだ。


「険しい顔をなさっておられましたが、なにかございましたか?」

「そう、だな。なんというか、その…。信じてもらえぬかもしれないが、あの一番右にいる巫女候補。何度も夢で見たような気がするのだ。」

「夢、でございますか?」

「ああ。一目見た時からどこか見覚えがあるような気がしたが、皇宮から出たことのない私があの少女に会ったことがあるわけもない。だが、ふと最近よく見る夢のことを思い出したのだ。私はあの子と夢の中で何度も会っていた、…ように思う。」


 夢は朧気で内容を鮮明に覚えているわけではなかった。

 だから自分で話していながら、ただの気のせいなんじゃないかと思う自分もいて、段々と自信をなくした私の語尾は小さくなっていった。


「気のせいではございませんよ。」

「え?」


 うつむいていた顔を上げると、にこにことどこか機嫌の良さそうな大巫女の顔が映った。

 その様子は少し興奮しているようにも見える。


「さて。どうやら姫巫女も決まったようですし、ひとまずこの子たちを下がらせましょう。話はそれからですわね。」

「え?決まったとはどうして…?」


 私が戸惑いを含んだ疑問の声をあげると、大巫女は思わず見惚れてしまうような美しい満面の笑みを浮かべた。


「未来がそれを告げているからですわ。」


 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 神眼。

 それはその言葉の通り神の瞳を指す言葉であり、同時に神の瞳が宿す力を示すものでもある。

 現世から姿を消した地神も含め全部で五種類の神眼があり、そして水神の神眼は千里眼と呼ばれるものだった。


 それは過去、未来、そして果てなく遠い場所のことまでも見通すことのできる瞳。

 ゆえにその力を持つ水神は人々に予言の神とも呼ばれていた。




「…つまり、私が見た夢もその神眼の力が見せた未来だと?」


 大巫女から神眼についての説明を聞いた私は、そのあまりにも強大すぎる力が自分に宿っていることを知って思わず低い声が出た。

 まあ自分が神として生まれた以上強い力を持っているというのは今さらのことなのかもしれないけど、それにしたって未来まで見えるというのは恐ろしいものだった。


「ええ。おそらく。」

「では、神は皆未来を見ることができるのか?」

「いいえ。未来を見通す能力をお持ちなのは水神のみ。すなわち主上と殿下だけです。他の神はまた千里眼とは違った神眼になります。」


 他の神眼がどういった能力なのか気になるところだけどそれはまた今度の機会に聞くことにして今は自分のことだ。


「夢を視るようになったのは最近のことだが、その内容もあやふやであまり覚えておらぬ。あの子のことだって顔を見て初めて思い出したくらいだ。本当にあれが未来のことなのかどうか。」

「それはまだ神眼が覚醒して間もないからでしょう。殿下が成長なさるにつれ、神眼もその力を安定させていくはずです。今はまだ弱くコントロールもできていない状態。そしてその未熟な力は殿下に様々なものを見せることでしょう。…見たいものも、見たくないものも。」

「見たくないもの…。」


 私は再び曖昧で既にほとんど忘れかかってる夢を思いだそうとする。

 でもその度にそれを拒絶するかのように頭が痛んで邪魔をする。


 あの子はきっと姫巫女として選ばれるだろう。私の夢の中で私と共にあり続けたということはきっとそういうことだろうから。

 でもそれが正しいことなのかどうか、断片的な記憶が私を思いとどませる。


「大巫女。私は…」

「殿下。」


 優しく柔らかかった大巫女の声がいつもより鋭どさを持って響いた。


「あなた様も理解されているはずです。誰を選ぶべきなのか。」


 私の瞳は既に答えを映していた。


 今私の目の前にいるのは大巫女で、そして今の私の瞳に映るのも大巫女のはずなのに……


 ふわふわの淡い藍色の髪を靡かせた清らかな女性が澄んだ瞳で優しく私に微笑みかけていた。

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