お転婆聖女が行く
桜れいさ
第一章「御神体窃盗事件」
1:神と聖女
わたしの朝一番の仕事は踊ることだ。
聖女として、神様に日頃の感謝と、今日も平和でありますよう祈りを込めた舞いを捧げる。
真っ白な柱が連なる神殿の最深部『御神体の間』にて、御神体の前で跪く。
御神体は一見ただの石のようだけど、間違いなくそこに神様は宿っている。
跪くのは神様への挨拶代わりだ。
挨拶を終えると今度は立ち上がり、地面を蹴って跳ぶ。
跳ぶたびに銀色の髪が乱れ、赤いマントが靡き、白いロングワンピースの裾が揺れた。
〈おはようセレーン、今日も美しい舞いだな〉
祈りの舞いを終えると、神――メルが語りかけてきた。
メルの声はわたしの頭の中にだけ響く。
〈そうでしょ。今日も一日、世界を平和にしてね〉
わたしも頭の中でメルに返事をする。
〈もちろんだ〉
二人の秘密の会話を終えてから、『御神体の間』を出る。
「聖女様」
すると二人の青年がわたしの前に立ち塞がった。
参拝者だ。
彼らは神様のお声が聞きたいとか、自分の声を神様に届けてほしいとか、明日の天気を神様に訊ねてほしいとか、とにかく神様と対話をすることを望んで神殿を訪れる。
神様との会話は御神体のそばまで行かないとできない。にもかかわらず一般人は『御神体の間』に立ち入ることを禁じられている。
そこで聖女の出番だ。
御神体と離れていても頭の中で神様と話せる聖女は、御神体の間に入れない参拝者に代わって参拝者の要望に応じて神とやり取りをし、結果を参拝者に伝える。
なんだけど……。
「いったいどういうことなんですか?」
今回の参拝者はメルではなくわたし自身に用があるみたいだった。
二人の青年は先日も神殿を訪れた人たちだ。その日は船を出すから天気を教えてほしいとやってきた。
今ここにいるのは無事に海から帰ってきたから……なんだろうけど、青年は二人とも、なぜか顔に怒りを滲ませていた。
「聖女様が晴れると言ったから俺たちは海に行ったんですよ。そしたら嵐に見舞われて、危うく死ぬところでした」
「聖女様を信じてねぇわけじゃねぇが、正しい天気を教えていただかねぇと命が……」
そんなまさか。
メルはあの日、確かに晴れると予言した。嵐が起きるはずがない。
〈困ったことになったな。けど焦るなよ、海の空は気まぐれだ、俺でも予測できない〉
混乱していると、メルが助け船を出してくれた。
メルの助言を糧に、わたしは毅然とした態度を保ちつつ二人の青年に向き合った。
「それは大変でしたね。けれどごめんなさい、天気は確実ではないんです。特に海の空は気まぐれですから」
「何だそりゃ。神様が俺たちを見放したってことかよ」
「そんなことはありません、神はいつだって我々を見守ってくれています」
とは言ってみたものの、青年たちは「当たり前だ」と怒り出してしまった。
「あんたが嘘を言ったんじゃないのか」
「神のお言葉を偽ったんだろう」
そんなの、言いがかりだ。わたしは「神に誓ってそれはない」と言い返す。
それでも二人の青年は不満を言い続けた。
こういうことはよくあった。
神に見放されたと思った者たちは決まって聖女に不満をぶつける。
聖女が嘘を言っているということにしないと、彼らの心は耐えられないらしい。
わたしにできることは、彼らの言葉をただ黙って聞くだけだった。
「とにかく、こっちは命かけてるんです。次こそは頼みますよ。それじゃ」
「神のご加護があらんことを」
よかった、やっと帰ってくれた……。
こんなのは慣れっこだ。慣れっこだけど、多少の疲労は残る。
〈災難だったな〉
ため息をついていると、メルが励ましの言葉をかけてくれる。
〈気にするなよ。お前は俺の声によく耳を傾けてくれる。決して俺の言葉を偽ってなどないのだから〉
〈……うん!〉
甘く、優しい声に、うっとり酔いしれる。
メルだけだった。幼い頃から聖女に相応しくない者として蔑まれ、疎まれてきたわたしを、こんな風に気にかけてくれるのは。
聖女というのは辛い立場だ。あんな風に参拝者に詰め寄られるたび、投げ出したくなる。けれども聖女であることがメルと一緒にいられる権利だ。
大好きなメル。これからもずっと一緒にいたい。だから頑張ろう。
その日の夜だった。御神体が盗まれたのは。
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