30:普通じゃない
『御神体の間』にて、舞う。
神様への感謝と、明日も一日平和でありますよう祈りを込める。
けど集中できない。
最後の一礼を済ませるなり、ため息が出た。
どうして今まで気が付かなかったんだろう。先代聖女ナナリエ様と面識がないことに。
先代を見習えと言われたことだってあるのに……興味も持たなかった。
それがおかしいことだって、『しろがねの館』に通い始めて――乙女たちを見ていてわかった。
わたしは普通じゃない。
〈どうしたセレーン、浮かない顔して〉
〈メル?!〉
ここ何日も聞いていない、メルの声がした。
あんまりにも会いたくて幻聴でも聞こえたのかと思ったけど、メルはあくび混じりに〈おはよう〉なんて言う。
メルだ。
紛れもなく本物の声だ。
メルが起きたんだ。
〈もう大丈夫なの?〉
〈ああ、久しぶりに目が覚めた。心配かけたか?〉
〈当たり前だよ! ずっと……ずっと寝てるんだもん……。本当はデゼラに何かされたんじゃないかって気が気じゃなかったんだから〉
〈それはないって言っただろ? セレーンはどうだ、元気にしてたか?〉
〈わたしは……〉
『しろがねの館』のこと、後継者のこと、先代のこと……。
話してもいいんだろうか。
話したらメルは何て言うんだろう。
少しだけ怖い。でも……。
〈あ、あのね、実は……〉
このまま一人で抱え込んでいるなんて、無理だった。
意を決してメルに話そうとした。それなのに……。
〈メル?〉
メルは姿かたちはなくとも、ないなりに気配を感じさせている。僅かな息遣いが聞こえる、とでもいうのか。
それが今、消えた。
〈ねえ、ねえってば。メル〉
〈ん……? なんだ?〉
よかった、戻ってきた。
〈あのね、『しろがねの館』のことなんだけど……〉
〈ふあぁ……〉
と、メルが大あくびをした。
〈悪い、セレーン。寝足りないみたいだ。また今度にしてくれないか〉
〈え……〉
〈眠いんだ〉
〈ちょっと待ってよ、聞いてほしいことが……〉
〈ごめんな。おやすみ――〉
〈メル!〉
気配が完全に消えた。
久しぶりに話せると思ったのに、メルはまた眠りについた。
ひどい……。
泣きそうになった。メルに話せば、少しは楽になれると思ったのに。
なんで寝ちゃうの。
「ひどいよ……」
呟いたところで、返事があるはずもなかった。
*
「あ、聖女様!」
「レオ」
『御神体の間』を出たところに、レオがいた。
「こんばんは」
「こんばんは、今日もお疲れ様」
今は誰かと話す気になれない。
挨拶もそこそこに去ろうとするわたしを、レオは「待って!」と呼び止めた。
「あの、これ読んでもらえませんか」
「手紙……?」
「はい。今日中に読んでほしいんです。それじゃ失礼します、おやすみなさい!」
家に帰るなりすぐさま封を切る。
たった一枚の便箋には、こう
セレーン様
婚約を断られた身で手紙を出すのもどうかと思いましたが、諦められませんでした。まずは非礼をお詫びいたします、お許しください。
本題に入らせていただきます。
先日、花壇のそばであなたとお話をしましたね。とても楽しかった。
もっとあなたのことが知りたいです。
よければ明日の夜、またお話しませんか。
あのベンチで待っています。
レオ・ラウラン
これってデートのお誘い……だよね。
困ったことになった。
一度は婚約の話をした相手だ。行けばどうなるか、簡単に想像できる。
レオには悪いけど……手紙は見なかったことにしよう。
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