29:なんであなたが
「何なの、あの答えは」
一日の仕事が終わると、真っ先にサンドラ先生に別室に呼び出された。
理由は朝一番の授業、神様との接し方について、でわたしが問題発言をしたから。
「神様と対等に、ですって? 模範解答として認められません。明日の授業で訂正してください」
あのとき、教室の空気は凍ってた。
聖女らしくないことを言ったのがまずかったんだと思う。それはわかる。
でもわたしはそうやってメルと信頼を築いてきたのだ。訂正なんてしたくない。
「それはできません。実際にわたしはメルとそのように仲直りしたので……」
「メル?」
しまった。
サンドラ先生の顔が見る見る険しくなる。
「あなた、メルエンテ様のことをそのように呼んでいるの?」
「……はい」
「ふざけるのも大概にしてちょうだい!」
「そんな、ふざけてなんかいません」
至って本気です、と言ったのは逆効果だった。
サンドラ先生はかんかんに怒り出した。
「あなたには聖女らしさとは何たるかを教えてきたつもりでした。でも全然わかってないようね!」
十三年経っても聖女らしくない。
こんな聖女は歴代でも類を見ない。
銀髪の乙女たちに悪影響だ。
サンドラ先生はくどくどとお説教なのか怒りなのかわからない言葉を吐き出し、最後にこう締めくくった。
なんであなたみたいな子が聖女なのかしら!
「さあ、今日はもう帰りなさい。明日は謝罪の言葉を考えてから来ることね」
部屋に一人残され、わたしは深いため息をついた。
昔からよくああやって怒られてきた。
なんであなたみたいな子が聖女なの、という言葉はもはや決まり文句で、何度も言われるうちに慣れたつもりだったけど、久しぶりに言われると心に来る。
明日、とサンドラ先生は言った。また明日も来なきゃいけないのか……。
正直、昨日と今日だけでもう勘弁だった。
わたしだって銀髪の乙女たちから悪影響を受けている。
彼女たちを前にして、わたしがどれだけの不安と恐怖と劣等感に苛まれるか。
明日、明日、明日。明日は嫌だな……。明日なんて来なければいいのに。
深いため息をついたときだった。廊下の向こうに人影を見つけたのは。
「聖女様、こんばんは」
「あなたは……」
「ベアトリスです。もしかして、サンドラ先生に怒られてました?」
「え」
どうしてそれを?
驚いていると、ベアトリスは「あたしもよく怒られるんですよ」と笑った。
「嘘、歌も踊りも一番上手なあなたが?」
サンドラ先生だって、ベアトリスを一番評価していたのに?
不思議に思うわたしとは対照的に、ベアトリスはくすくすと笑っている。掴み所がなかった。
「よかったら、少しお話しませんか?」
よっぽど気になる顔をしていたのかもしれない。
ベアトリスに誘われて、わたしは『しろがねの館』の食堂に向かった。
*
茶葉の良い香りが漂う。
食堂の席はざっと見て三十席。奥に台所があるらしく、そこで淹れたお茶をベアトリスが持ってきた。二人分。
「どうぞ」
「ありがとう」
広い食堂で二人きり、何だか変な感覚だ。
「さっきの続きなんですが」ベアトリスが切り出す。「大方、聖女らしくないとか言われたんじゃないですか?」
「そこまでは言われてないよ。ただちょっとご指導していただいただけで」
「誤魔化さなくたっていいですよ。サンドラ先生ってば、聖女様にまで聖女らしくだなんてあんまりだわ」
乙女たちの前でサンドラ先生を悪く言うのはどうかと思ったけど、ベアトリスは全部わかっているみたいだ。
わたしは観念して、苦笑いを浮かべた。
「本当にあの人はナナリエ様のことばかりなんだから」
「え? ナナリエ様?」
「あの人の口癖ですよ。『ナナリエのようになりなさい』って、いつもいつも」
どうしてここで先代聖女の名前が出てくるのだろう。
「あれ、ご存じないですか? サンドラ先生も『しろがねの館』出身で、しかも先代聖女ナナリエ様とは同期。良い競争相手だったらしいですよ」
初耳だった。ベアトリスは続ける。
「仲も良かった……というより、サンドラ先生がナナリエ様を尊敬してたんですって。よっぽど素敵な人だったそうで。だからってあたしたちにナナリエ様みたいになれって言われても困るんですけどね。あ、そうだ、聖女様はナナリエ様に会ったことありますよね、どんな人だったんですか?」
「ごめんなさい、知らないの」
「え」ベアトリスは驚愕を顔に浮かべた。
「会ったことないの。だから知らない」
「そんなはずは……ないですよね? 一緒に神様との接し方について学んだりしたのでは……」
そう言われて、わたしはようやく自分が失言したことに気が付いた。
普通、聖女は聖女になる前に『しろがねの館』で修行を積んでいる。
先代聖女ナナリエ様も、その前の聖女も、前の前の聖女も。
誰もが乙女時代を経験し、修行時には当時の聖女と会っているのだ……。
先代を知らないなんて、会ったこともないなんて、ありえないことだった。
ベアトリスは急によそよそしくなり、「付き合わせてしまってすみません。カップはそこに置いておいてください。さよなら」と言って食堂から出て行った。
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