28:神様との接し方

 今日も今日とて『しろがねの館』で仕事だ。

 本当は行きたくない。あそこに行くと自信というものを吸い取られる。

 けれどもサンドラ先生に迎えに来られてしまっては行くほかなかった。


 今日は教室で乙女たちが議論を繰り広げるそうだ。議題は神様との接し方について。

 こういうとき、自分が聖女だったらどんな対応をするか? と言った問題に対して乙女たちが各々意見を出すのだそうだ。

 人格や知性を評価すればいいのだろうか。考えていると……。


「聖女様も乙女たちと一緒に考えてくださいね」


 乙女たち全員の意見が出たあと、最後に模範的な答えとして現聖女が実際にやっている対応を示すのだ、と説明された。


 教室に行くと、きらきらした目の乙女たちに出迎えられた。

 曇りなき眼差しに気圧されつつ、乙女たちと共にテーブルを囲って座る。

 一人の乙女が問題を読み上げた。


「神様と喧嘩しました。聖女として、あなたはどうしますか?」


 喧嘩したら、か……。

 思い返せばメルと喧嘩したことって殆どない。

 でも、いつだったかものすごい言い争いになったことがある。


 あれは三歳か四歳くらいのときだった。

 どうしてもメルの顔が見たくて、何とかして姿を見せろと無茶を言った。

 それをメルは無理だと冷たく突っぱねた。


〈なんで! 出てきてよ!〉

〈無理だって言ってるだろ〉

〈メルは神様なんでしょ! 何でもできるって習ったもん!〉

〈限度ってものがあるんだよ、セレーンは馬鹿だなぁ〉


 馬鹿と言われて、わたしは大泣きした。

 今思えば本当に無理な要求だけど、あのときはそんなのわからなかった。

 それから一日、口を利かなかったはずだ。

 仲直りをしたのは喧嘩してから二日後の朝のこと。わたしのごめんなさい、とメルの悪かった、が重なった。

 全く同じ瞬間に謝ったのが面白くて、二人笑ってるうちに、元通りになっていた。



 神様と喧嘩したらどうするか。そんなの簡単だ。普通に仲直りすればいい。

 と、わたしは思うのだけど……銀髪の乙女たちはみんな、難しい顔をしている。


「私なら、誠心誠意謝罪します」


 一人が切り出すと、みんな後を追うように「私も」と声を上げた。


「喧嘩したってことは神様を怒らせたってことでしょ。そんなのあってはならないわ」

「そうよ。寛大な神がお怒りになるなんて、人間が相当悪いことをしでかしたからだよ」

「聖女だからって許されるとは思えない。即座に謝らないと」

「ええそうね。世のため人のため、神と聖女の信頼関係は大事よ」

「神と聖女が喧嘩したままなんて、まずいものね」

「どうですか? セレーン様」


 あなた様の考えも聞きたいと、乙女たちが全員期待のこもった目でわたしを見つめる。


「わたしは……普通に仲直りすればいいと思います」


 みんな、下手に出ようと考えすぎだ。

 そんなことしなくたって大丈夫、メルは優しいから。


「喧嘩って、お互い譲れないことがあってするものでしょう? そんなに畏まらずとも、もっと神様と対等になったつもりで考えていいんじゃないかな」


 気付いたときには遅かった。教室は微妙な空気に包まれ、その中にいる誰もが信じられないと言わんばかりの顔をしていた。

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