31:乙女たちの宣戦布告
『しろがねの館』の教室にて、わたしは……乙女たちに取り囲まれていた。
なぜこんなことになったのか。
遡ること、朝。
わたしはいつも通り朝のお祈りを済ませたあと『しろがねの館』を訪れ、いつも通り乙女たちの歌や踊り、品性などを評価してまわっていた。
乙女たちも……朝一番には笑顔で挨拶を交わしたりと、いつも通りだったと思う。
ベアトリスのことが気がかりだったものの、彼女も特に変わりなかった。
そうして一日の仕事を終え、帰りの馬車に乗り込もうとしたときだった。
サンドラ先生から借りている筆記用具をそのまま教室に置いてきたことを思い出した。朝に借りて、帰るときに返却すると決まっているのに。
急いで教室に戻ると……中から乙女たちの話し声が聞こえた。
「本当なの? 先代聖女様とお会いしたことがないなんて」
わたしの話……?
思わず扉の前で立ち止まり、聞き耳を立ててしまう。
「そんなはずないわ。聖女はみんな『しろがねの館』を出ているんだから、私たちが聖女様に会ったように、聖女様も先代聖女様に会ってるわよ」
「それがあの聖女様、『しろがねの館』を出てないそうでしてよ。神官だった伯父から聞きましたのよ。なんでも、わずか二歳にして聖女に選ばれたとか」
「いくらなんでも幼すぎじゃない? ありえないわ」
「『しろがねの館』に出てないなんて……それって聖女と言えないじゃない。『しろがねの館』で学んだ者だけが聖女に選ばれる権利を得られるんだから」
「でも納得かも。ほら、この間の……」
「もっと神様と対等になったつもりで、でしょ? あれにはびっくりだわ、神様を何だと思ってるんだか」
「ひょっとしてセレーン様って、ニセモノの聖女なのかも」
「どうやってナナリエ様の跡を継いだのかしらね」
「それが訳ありみたいでしてよ。伯父いわく、セレーン様は先代聖女ナナリエ様から――あ」
と、一人の乙女がわたしの存在に気付いた。
教室には銀髪の乙女が全員揃っている。十人全員が全員、こっちを見た。
奥にはベアトリスもいて……。
「聖女様……ちょうどよかった」
彼女はわたしを見るなり、一番前に出てきた。
「お話があるんです。ねえ、みんな」
こうして今に至る。
他の乙女たちが戸惑いを顔に浮かべる中、ベアトリスだけは屈託の無い笑顔を浮かべている。
その笑顔につられてか、他の乙女たちも見る見るうちに顔色を変えた。
聖女らしさを体現するかのように、みんな微笑んでいる。
異様な光景と、さっき彼女たちが話していた内容が恐ろしくて……背中に嫌な汗が流れた。
「あたしたち、聖女様がここに来るようになってから張り切ってるんです。もっと聖女らしくならなきゃって。歌も踊りも、毎日練習時間を増やして頑張ってるんです。神様とどう接するのが一番良いか、意見交換も欠かさないです」
物言いは柔らかだけど、ベアトリスの目の奥はナイフのように鋭く光っている。
「でも、それだけじゃ駄目だって、今みんなと話してました。あたしたちは……もっともっと上を目指します。例えば……先代聖女ナナリエ様のような」
ベアトリスだけじゃない。他の乙女たちもみんな、瞳に何かがこもっている。
「ですので、これからもご指導よろしくお願いしますね、セレーン様。――さあみんな、寮に帰りましょう」
教室に一人残されたわたしは……緊張から解放されて、その場にへなへなとしゃがみ込んだ。
乙女たちは、わたしのことをあまりよく知らないみたいだった。だからこそ最初は尊敬の眼差しを向けていたのだ。
それが疎むような、蔑むような……そんな目に変わってしまった。
わたしはやっぱり、サンドラ先生が言うように聖女に相応しくない……のだろうか。
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