5:聞き込み

 つ、疲れた……。

 夜中に不審人物を見かけなかったか、町中の人に聞いてみようと思い立ったはいいものの、聞き込み調査は思ったより難しかった。

 まずわたしは神殿付近の家を訊ねた。神殿警護隊がとっくに調査したあとだったからか、うんざりした様子で「それは神殿警護隊の人に話したよ」と門前払いを食らうことが多かった。

 中には「夜中に起きてるわけないだろ!」とか「子供が神殿警護隊の真似事をするんじゃない!」と言って怒り出す人もいた。


 それもそのはず、御神体が盗まれたなんて彼らは知らないのだから。何が起きたのか知らされないまま不審者情報だけ聞き出されて、あまりいい気はしないだろう。

 もちろん親切に相手にしてくれる人もいた。赤ん坊を抱えた女性と、怪しい風貌の男性の二名だ。


 お昼前から調査を開始して、現在夕暮れ時。

 こんなにあちこち回って話せたのがわずか二名だなんて。

 他の家にも当たってみたかったけど、流石にそろそろ帰らなくちゃいけない。

 夜のお祈りをすっぽかせばニコルに怪しまれてしまう。


 早く帰らないと……だけど、さっきから膝が笑っている。

 立っているのがちょっと辛い。少し休憩してからにしよう。

 土手に座り込み、川のせせらぎを聞きながら足を休める。

 その間に仕入れた情報を頭の中で整理する。


 最初に話を聞いてくれたのは、赤ん坊を抱えた女性だ。

 庭で赤ん坊にお乳をやっているときに見たそうだ。怪しい人影を。

 どんな人だったかと聞く。

 ――垣根越しだし、暗かったからよく見えなかったけど……すごく背が高い人だったと思うわ。

 女性が横目で見た垣根は目測で男性の平均身長より少し高いくらいだった。

 そんな垣根を超えたところに人の頭が一個見えたそうだ。


 次に話してくれたのは怪しい風貌の男性。クマのできた目をギラギラと光らせて、妙に高い声で言った。

 ――びっくりしたよ。木が歩いてると思ったら、痩せ細った人間だったんだから。

 男性は更に続ける。

 ――あの人は何者なんだろうねぇ。夜中に大荷物を抱えて。旅人……だったのかな。


 その大荷物はきっと御神体だ。

 二人の話を統合すると、メルをさらった犯人は背が高く、痩せた男性ということになる。

 背が高く、痩せた男性……。

 この特徴を持った人と、どこかで会ったことがあるような……?

 場所は確か神殿だった。わたしが人と会うところなんて神殿くらいしかない。

 神殿警護隊の誰か……ではない。警護隊には背が高い人はいても、痩せ細った人なんていない、みんな筋肉質だ。

 じゃあ、誰?


 と、そこまで考えたところで顔に強烈な夕日が当たった。

 太陽が沈みかけている。

 まずい。急いで帰らなくちゃ。



 全速力で家に戻り、聖女装束に着替えて神殿に向かう。

 夜の『御神体の間』は暗い。壁に沿って並べられた蝋燭に一つずつ火をつけると、やっと薄明りに包まれる。

 わたしは御神体があった場所に向かって膝をつく。

 メル……今、どこにいるの?

 地面を蹴って跳ぶ。

 神様がさらわれたというのに、町は至って平穏だった。

 メルはどうしているんだろう。怖がってないだろうか。寂しくないだろうか。犯人にひどいことされてないだろうか。

 お願いだから無事でいてほしい。



 夜の祈りの舞いを終えると、わたしの足は本格的に震え始めた。

 想像以上に足を酷使したみたいだ。町中を歩き回るなんて初めてのことだったし、休憩も帰る直前に一度取ったきり。

 明日には回復してるといいんだけどな……。


 わたしは御神体の間を出て、階段を下りる。

 御神体の間は神殿の中で唯一、建物の二階に相当する位置にある部屋だ。

 神殿は、もともと丘の上に野ざらしだった御神体を守るべく、円で取り囲むようにして後から作られた。

 この階段もそのとき一緒に作られたものだ。

 白い石畳の階段は傾斜が緩やかで難なく下りられる……はずだった。


「あ……?!」


 石と石のわずかな隙間につま先を引っかけてしまう。

 足首はねじれ、体が宙に浮いた。

 落ちる――。

 階段の下も階段と同じく石畳だ。落ちれば全身に鋭い痛みが走るだろう。

 わたしは咄嗟に目をきつく閉じ、その瞬間を待った。

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