4:神様の居所
朝を迎え、わたしはいつもどおり御神体の間で祈りの舞いを捧げた。
そこに御神体はないけれど、形式上、やっておかなくてはならなかった。
お祈りが終わると、神殿警護隊隊長の執務室、つまりニコルの仕事部屋にそっと潜り込んだ。
夜中の会議では追い出されたから、犯人の目星とやらが何なのか、皆目見当もつかない。
そんな状態でメルを捜しに出るのは無謀だ。
ニコルの部屋にそれらしい資料はないだろうかと机の中を漁る。
本当はニコル本人に直接聞けたらよかったんだけど、早朝、はっきりと断られた。
彼はわたしの保護者だ。同じ屋根の下で過ごし、同じご飯を食べる。
朝食を共にしながら、犯人のことが知りたいと伝えると……。
――駄目だ駄目だ。昨日も言っただろう、お前の出る幕はない。今は大人しくしていろ。
なんて突っぱねられてしまったからには、強硬手段に出るしかない。
棚、引き出し、机の上……部屋を漁ること数十分、探せど探せど手がかりになりそうなものは何一つ出てこなかった。
一旦家に帰って、紅茶を飲んで喉の渇きを潤す。
何の手がかりも得られなかったやるせなさを、温かい紅茶が癒してくれる。
相変わらずメルに話しかけても返事はない。
どうしてなの。
もしかしたら、誘拐犯に脅迫されてる――?
そうだとしたら今頃、怖い思いをしているんじゃないだろうか。
居ても立っても居られなくなった。
昨夜の会議で、神殿警護隊は町で聞き込みを行ったと聞いた。だったらわたしも聞き込みをすれば手がかりを得られるんじゃないだろうか。
わたしはニコルの私室に侵入し、ニコルが子供の頃に着ていた服をクロゼットの奥の奥から拝借する。
男もののを服を着て、キャスケット帽を被る。これなら誰もわたしが聖女だと気付かないはずだ。
侍女の目を掻い潜り、家を飛び出した。
待ってて、メル。必ずあなたを見つけるから。
***
セレーンの声が聞こえた。俺を捜すと言っている。
構うなと言ったはずだが、なぜ彼女は男ものの服なんざ着て、お尋ね者のようにこそこそと自宅を出るのか。
離れていても、セレーンの姿はよく見える。
セレーンだけじゃない。神殿も、町も、海もだ。小さな島を見渡すのは難しくない。どこにいようと全てが見える。
自分が今どこにいるのかもわかる。
ずっと暗い、人間だったら昼なのか夜なのかわからなくなるような場所――洞窟にいた。
出入り口のほうから、ゆらゆらと小さな灯りが近付いてくる。
俺を神殿から連れ出した男が松明を片手に戻ってきたようだ。
「町は以前と変わらず、驚くほど穏やかでしたよ。御神体が盗まれたって言うのに呑気なもんだ。ねぇ、メルエンテ様」
こちらに伸びてきた男の手を、俺は思い切りはじき返した。
「いってぇな……」
「接触は許可していない」
「神様は男嫌いって本当だったんですねぇ……。それより、いつになったら聖女様はここに来るんです? もうずっと待ってるってのに」
「まだ一日しか経ってない。それくらいで音を上げるな」
「……それもそうですね。神のありがたきお言葉、感謝致します」
男は忌々しげに舌打ちをしてから、こちらに背を向けて眠り始めた。
そうやっていつまでも来ない客を待ち続けていればいい。そして最後には無様に野垂れ死ね、無礼者が。
男は俺を連れ去るなり、真っ先にこう言った。
――選べ。自分が死ぬか、聖女を差し出して助かるか。
すぐにわかった。こいつが俺を連れ去ったのは、セレーンを人目につかないところにおびき出して殺すためだと。
だがそうはさせない。
俺は男に聖女を差し出すと答える一方で、セレーンに関わるなと伝えた。
男は俺の言葉を信じて来るはずのない聖女の来訪をのうのうと待っている。
この下賤にセレーンを差し出してたまるものか。
それなのにセレーンは町中の人間に不審者を見かけなかったかと尋ねて回っている。
このままセレーンが俺の居所を突き止め、無防備に洞窟に潜り込んだら。
男と鉢合わせて殺されるだろう。それだけは何としてでも阻止しなければ。
セレーンをここに来させるわけにはいかない。
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